第9話不安

 少しずつ夏が顔を覗かせてきた今日このごろ。暑くなったり寒くなったりする不安定な天候にうんざりしながらも瀬名は教室へとたどり着いた。

 スライド式の扉を開けて教室へと踏み入る。朝からブレザーを脱いでワイシャツ姿になっている男子生徒がちらほらと見受けられた。


「おはようダーリン。今日はあっちぃな…」


 瀬名の席の前でとろけた様子の奏斗が声をかけてきた。どうやら彼もこの暑さに殺られてしまったようで、ひんやりとした机に顔を伏していた。顔が見えない今の状況では女と勘違いしてしまってもおかしくはないだろう。


「最近じゃ暑くなったり寒くなったりで困っちまうよな。地球の空調壊れちまったのかな」


「地球温暖化の影響だろうし、あながち間違いじゃないな。…にしても、こんな天気が続いたら俺たちもそのうち壊れちまうかもな」


 瀬名はバックを置いて隣の席へと視線を滑らせる。そこに沙綾香の姿は無い。

 ここ数日間、沙綾香は学校を欠席している。一日二日ならまだしも1周間は学校に来ていない。理由など瀬名が知るはずも無いが、いつも視界の端にいる彼女がいないと違和感を感じざるを得なかった。


「…そういや月凪さん来てないな」


 瀬名の視線を追って気づいたのか、奏斗がそう呟く。続けて奏斗は瀬名に問いかけた。


「…寂しい?」


「え」


「顔に出てんだよ。俺が分からないとでも思ったか?」


 瀬名ははっとしながら表情を取り繕う。今そんな事をしても意味が無いのだが、顔に出やすい性格だとは思っていなかったために少し気恥ずかしかった。


「で、どうなのよ」


「…実際少し寂しいかな」


「理由とか聞いてないの?」


 瀬名は奏斗の問いかけに首を振る。奏斗はため息を一つ吐く。


「そっか〜…一週間ってなると、ただの病欠ってのは考えにくいよな。ってなると…不登校とか」


 不登校、というワードに瀬名は軽いショックを受ける。彼女ならない話出はないというのは重々承知の上だったが、いざそうなると思うと彼の心にはなにかモヤモヤした感情が芽生えていた。


「女子に聞けば分かるかなぁ…ダーリンさ、連絡先とか持ってないの?」


「連絡先…あ」


 そういえばと記憶を遡った瀬名はスマホの画面をタップしてロックを解除する。LINEを開くと、まだトークの履歴が無い沙綾香のアイコンをタップした。


「え、なに持ってんの?」


「ちょっと前に交換した」


「うぃ〜やるじゃん?…本命は俺だからね?」


 肩をぐいぐいと押してくる奏斗の目は笑っていない。どうやら瀬名に女が近づくのが気に食わないらしかった。瀬名は気づかないふりをしながらスマホの画面を操作してメッセージを打ち込んでいく。あれも違うこれも違うと思索しながら瀬名は送るメッセージを決める。


『お久しぶりです。お休みが続いてますけど、大丈夫ですか?』


 そう打ち込んだところで瀬名の手は止まった。

 冷静に考えてみれば、自分からメッセージが送られても迷惑なのではないか?理由はどうあれまだ知り合ったばかりの人間がそこに踏み込んでいくのはいささかおこがましいのではないか?そんな不安が脳裏に交錯する。


「何迷ってんだよ。ほれ」


「あ、おい!」


 迷う瀬名の代わりに、と奏斗が送信のボタンを押した。まだ会話のなかった画面に瀬名の打った文字が映し出される。

 沙綾香が見る前に、と瀬名はメッセージの取り消しを図ろうとした。だが、数秒と経たずに瀬名のメッセージには『既読』のマークがついた。


(やっべ、間に合わなかった…)


 瀬名に緊張が走る。

 うざがられたりしていないだろうか。きもがられたりしていないだろうか。数秒間の間に瀬名の頭は不安で埋め尽くされる。

 数秒後に返信は返ってきた。


『風邪引いちゃった』

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