第9話 第二皇女レリュース

 【死霊魔術師】の力を使い暗殺者集団を倒したハインリヒ。

 ハインリヒは自分が倒した暗殺者たちが皇女の護衛によって捕縛されるさまをぼんやりと眺めていた。


(参ったな。自分の姿を見せる必要はなかったんだが……)


 ハインリヒからすれば、皇女たちを襲った暗殺者たちを倒すことで経験を積むのが目的であり、それが終わったらさっさとここから姿を消すつもりだった。


 感謝の言葉だとかこれを機に仲良くなるだとか、そういう異世界転生あるあるイベントはご免こうむりたかったのだ。


「まずは貴方に想像を絶するほどの感謝を」


「は、はぁ……」

 

 目の前に立つ真っ赤なドレスを着た少女――護衛からレリュースと呼ばれていた少女はハインリヒに頭を下げる。


 しかし、ハインリヒは人に感謝を向けられることに慣れていない。前世も含めてそんな経験は片手で数えられるほどだ。


「自分の命を救った人物に失礼であることは重々承知なのですが……貴方は何者なのでしょうか?」


(まぁ、そうなるよな……)


 レリュースたちからしてみれば、今のハインリヒは颯爽と現れスケルトンたちで凄腕の暗殺者たちを撃破した謎の男だ。

 この質問はハインリヒも予期していた。


(しかし、ああも簡単にいくとはな……。【死霊魔術師】って実は強い祝福ギフトなんじゃ……。いや、ここはさっさと会話を終わらせるとしよう)


「……通りすがりの者だ。君たちが無事でなにより。それでは」


「お待ちください」


 できるだけ早くここから立ち去りたかったハインリヒだが、その目論見はレリュースによって阻まれてしまう。


「……なにか」


「今のスケルトン……しかも盾や弓を持った非常に珍しいスケルトン。貴方によるものだったのでしょう? そんな御方がただの通りすがりであるはずがありません。それに、命の恩人である貴方に何のお礼もせずに立ち去ることなど、エンゲリア帝国を背負う者の一人としてできません。どうか、お答えください」


「うっ……」


 そのレリュースの瞳はとても真っすぐで、誤魔化せる気はしない。ハインリヒが本当のことを言うまで粘ってみせる、そんな意思を感じた。


「はぁ……。分かった。俺はファリーラ王国、第三王子のハインリヒ・フォン・ファリーラだ」


「やはり……」


 やはり、と言うからにはレリュースは自分の正体に一定の確信があったようだ。

 

(まぁ、【死霊魔術師】なんて祝福ギフト、良い意味でも悪い意味でも有名だろうからな……。悪い意味しかないか)


「レリュース様。ファリーラの第三王子と言えば、穢れた祝福ギフトを持つろくでなしではないですか」


「……」


(聞こえてるが?)


 レリュースの横に立ち、彼女の耳元で大きな声でそう言うのは親衛隊の隊員。

 レリュースにはサラッサと呼ばれていただろうか。


「……サラッサ。そういうことを言うものではありません」


「しかし、ファリーラ王国と言えば我が祖国の仮想敵国。我が国の方針は遠交近攻ですから。それにファリーラの王太子は帝国への憎悪を隠そうともしません。ここは警戒を――」


「…………サラッサ。少し黙ってください」


 短い会話だったが、このサラッサという人物が余計なことを言ってしまう性格だというのは分かった。


「すみません。我が国へと届く貴国からの噂は随分と歪曲して伝わっているようです」


「……まぁ、そうとは言い切れないのではないか? 俺が穢れた祝福ギフトのろくでなしというのはあながち間違っていないと思うぞ」


「……いえ、私は決してそうは思いません。なんの縁もない私を助けてくださった貴方をろくでなしと言う者がいれば私が処します」


 そう言って、レリュースはグイっとその顔をハインリヒに近づける。


「しょ……!? い、いやだが、俺は【死霊魔術師】の祝福ギフトを持っている」


「だから、なんですか?」


「いや、俺も深くは知らないが、皆は俺がかつての魔王と同じ魔術を扱っていると、だから俺は穢れた存在だと言うぞ?」


「そうですね。神話に伝わる魔王は死霊魔術を得意魔術としていた……それは私も知るところです。ですが、それがなんなのですか? 逆に問いますが、もしあなたの大切な人がナイフで殺されたのなら、あなたはナイフを持つ全ての人間を憎むのでしょうか?」


「――!」


「私は、魔王と同じ魔術を使う人間としてではなく、私を救ってくれた勇気ある者としてあなたを見ています」


 ハインリヒは思わず一歩後退ってしまう。

 そんな言葉を投げかけられたのは初めてで、どう対応すればいいのか分からない。


「あぁ……自己紹介が遅れました。私はエンゲリア帝国の第二皇女、レリュース・フォン・エンゲリアです。どうぞ気軽にリューとお呼びください?」


「……そうか。よろしく、殿


「あら……」


 レリュースはどこか残念そうな顔でハインリヒを見るが、ハインリヒはそれどころではなかった。


(思い出した! エンゲリア帝国の第二皇女! 原作開始時点ではすでにのキャラじゃないか!)


 そう、『女神の祝福』において、エンゲリア帝国の第二皇女は開始時点はすでに故人であり、あるキャラの回想でのみちらっと存在を示唆されるだけにすぎない。

 それにセリフどころか顔グラすら用意されていないキャラだ。

 そのため、ハインリヒはすぐに思い出せないでいた。


(って待てよ、第二皇女の死って、結構でかいイベントだよな。ラスボスがラスボスになった直接の原因だ……!)


 ハインリヒは思い出す。

 『女神の祝福』のラスボスは、詳しいことは省くがこのレリュースが死んだことでラスボスへとなる決意をした。

 つまり、ハインリヒが彼女を救った結果、この世界は原作とは違った流れになってしまったのでは……?


(まぁ、それは今更か。どちらにせよ、俺にはそこまで関係のない話だ)


「本当に助かりました。ハインリヒ殿下。まさかここまで暗殺者たちに追われるとは思っておらず」


 そういえば、なぜレリュースは暗殺者に狙われていたのだろうか。

 原作ならここでレリュースは死んでいたということは、彼女本来、元々暗殺者に殺される運命だったということになる。


 それなら一体誰に?


(そういえば、第二皇女は祝福ギフトを持っていなかったな)


 ある人物の回想で語られる話だが、レリュースは祝福ギフトを持っていなかった。

 『女神の祝福』の世界において、祝福ギフトを持つことは貴族や王族の特権。

 つまり、祝福ギフトを持っていないということは貴族や王族の資格がないということだ。


 それを都合が悪いと考えた誰かの手によって殺された……。

 そうなると、暗殺者の雇い主はおそらく彼女の身内――エンゲリア帝国の皇族の誰か。


(どの世界でも、身内の権力争いってのはあるもんだな)


「災難だったな。祝福ギフトを持っていないだけでそこまで憎まれてしまうとは」


「……!」


「貴様ッ! どこでそれを!?」


「な、なんだ!?」


 しかし、そのハインリヒの一言で雰囲気は一変する。

 

 レリュースを囲っていた護衛の顔は警戒一色になり、サラッサと呼ばれた護衛は顔を怒りに染め剣をハインリヒに向ける始末だ。


「レリュース様が祝福ギフトを持っていないことは皇族と一握りの人物しか知らない極秘の情報だ! どこで知った!」


(レリュースは祝福ギフトを持っていないことを隠していたのか!? ……いや、冷静に考えればそうか。皇族が祝福ギフトを持っていないだなんて、醜聞以外のなにものでもない)


 確かに、冷静に考えれば分かることだった。

 自分でも言ったが、祝福ギフトを持っていない貴族は貴族にあらず。

 だったら、皇帝に連なる者がそんな事実を大っぴらにするわけがない。


(くそっ! 少し考えれば分かることだった! どうする……!? 今から誤魔化して――)


「落ち着いてください」


 一触即発の空気。

 それを破ったのは、当の本人であるレリュースだった。


「サラッサ。反省してくださいね。貴方の言葉こそ、私が祝福ギフトを持っていないことをなにより示す、明確な証拠なのですから」


「あ、う、は、はい……」


(……確かに、こいつが『それをどこで知った!?』みたいなこと言ったからな……。しらを切ればまだやりようはあったのに……)


 しかし、まだ問題は解決していない。 

 ハインリヒはじっとレリュースを見つめる。


「……私は公には【炎魔術師】の祝福ギフトを持っているとされているのですが。どこで私が祝福ギフトを持っていないと知ったのでしょうか? その不思議なアンデッドを召喚する力、【死霊魔術師】の力でしょうか……?」


 【死霊魔術師】なんて全く関係なく、原作の知識なのだが、ここで口を開くメリットはない。

 ハインリヒは黙秘を貫く。


「不思議な方ですね……」


 レリュースは正面からハインリヒを見つめる。


 ハインリヒは思わず目を背けそうになる。

 

 肩まで揃えられ襟を少し伸ばした深紅の髪。

 くっきりとした瞳に、高い鼻筋。

 はっきり言おう、目を奪われる美貌だと。


「ハインリヒ


「……ん? さ、様?」


「ええ。私、貴方を気に入りました」


「は、はぁ? 何を言っているんだ?」


 レリュースの圧に負け、一歩後退るハインリヒ。

 しかしそんなハインリヒを追うように、レリュースは二歩ハインリヒに近づいてくる。


「周りに白い目で見られている【死霊魔術師】の祝福ギフトを避けるのではなく使いこなし、助ける価値のない私を何の見返りも要求せず助けるその姿勢……。ハッキリ言って、好ましいです」


「な、なにを……。助ける価値が、ない?」


「えぇ。私、確かに第二皇女ではありますが、祝福ギフトがないので皇位継承権はありません。身内のほとんどからも……それに貴族からも嫌われています。そんな私を助けたって、利点は一つもありませんよ? それは貴方様も分かっていることですよね?」


「いや、それは……」


 ハインリヒがレリュースを助けたのはあくまで自分のため。

 人間相手に力試しをしたかっただけだ。


 しかし、どうしてこうなったのか。

 レリュースはキラキラとした瞳でこちらを見つめている。


「これから、どうぞ末永くよろしくお願いしますね。ハインリヒ様?」

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