第10話 皇女様の宣戦布告

「話は変わりますが、なぜハインリヒ様はこんな森に? しかもお一人で」


「……野暮用だ」


 ハインリヒは未だにレリュースに捕まっていた。

 さっさとこの場から去りたかったが、レリュースが中々離してくれないのだ。


「そうなのですか。ちなみに私たちはファリーラ王城へ向かう途中だったんです」


「……そうなのか」


(別に聞いてないけど?)


 ハインリヒはいつもよりつっけんどんな態度を取る。

 何故か分からないが、レリュースがハインリヒに対してグイグイくるのだ。

 なるべく人と距離を置きたいハインリヒとしては距離を放そうとするが、その分レリュースはハインリヒに近づいてくる。

 ハインリヒからするとたまったものではない。


「ええ。貴方様のお兄様――グレンデル殿下とテオドール殿下の誕生日会にエンゲリア帝国の使者として出席するつもりなのです」


「……そうか。……ん?」


(誕生日会?)


「……それなら、もう始まってるぞ」


「え? そうなのですか?」


「あぁ。俺が王城を出る時、どうやら始まる直前だったようだからな」


「そうなのですか……。予定では二日前には到着する予定だったのですが、数日前程からあの暗殺者たちに見つかってしまい、ずっと逃げていたのです。夢中で気が付きませんでしたが、もうそんなに日が経っていたのですね……」


 ハインリヒはレリュースの背後で縛られている暗殺者たちを見る。

 全員意識を失っている。殺しはしなかった。

 レリュースによると、護衛何人かが帝国に彼らを連行するらしい。


「あら? ですが、そうなるとなぜハインリヒ様はこちらに? お兄様の誕生日会に出席されなくてよいのですか?」


「あぁ……。俺は嫌われてるからな。招待されていなかったらしい」


 ハインリヒは笑って肩を竦める。

 とはいえ、例え招待されても行かなかっただろうが。


「……許せませんね」


「え?」


 しかし、レリュースの顔は何故か怒りに染まっていた。

 目を見れば怒っているのが分かるのだが、口は薄く笑っているのが逆に怖かった。


「こんなにお強く勇敢なハインリヒ様をのけ者にするだなんて、許せませんね……!」


「……」


 ハインリヒは、なんて答えればいいのか分からない。

 自分的には招待されなくてよかったのだが、だからと言ってグレンデルたちを庇う義理もない。


「とはいえ、私は帝国の使者です。帝国の看板を背負っている以上、出席しなければなりません」


 レリュースは一つため息をこぼすと、朗らかな笑顔でハインリヒに手を差し伸べた。


「それではハインリヒ様。ご一緒に王城へと行きましょう? どうぞ馬車にお乗りくださいませ」


「……なら、そうさせてもらう」


 ハインリヒも王城に戻るつもりだったし、別々に帰ろうとしてもこのレリュースのことだ。

 強引に一緒に連れて行こうとするだろう。

 色々と諦めたハインリヒはレリュースと共に豪華な馬車に乗ったのだった。


 ◇

 

「ここがファリーラ王城ですか」


 馬車を走らせてから少し経ち、ハインリヒとレリュース、そしてその護衛たちは中庭に到着していた。

 先ほどまでいた森は王城から然程遠くないため日がてっぺんにあるうちに戻ってくることができた。

 

「それではハインリヒ様、会場まで案内して頂けませんか?」


「え? いや、あの一番大きな建物――」


「あ・ん・な・い、して頂けませんか?」


 ここでお別れと言わんばかりに離れようとしたハインリヒだったが、右腕をレリュースに捕まれてしまう。

 レリュースはハインリヒの腕をがっちりとつかみ、その体に押し付けてきた。


「いや、ちょ、ちか――」


「あ? おい、雑魚のハインリヒじゃねえか」


「ここから逃げ出したと聞いたけど……よく戻ってこれたね。残念ながら、宴はまだ続いているよ」


「げっ、グレンデル……テオドール……」


 どうしてこの二人はいつも二人組で現れるのか。

 グレンデルとテオドールが飲み物の入ったグラスを片手に、誕生日会の会場である王城から出て来た。


「なんでここに……」


「別にお前の質問に答える義理はないが、休憩中さ。少し外の風にでもあたろうかなとね。なにしろ、僕が主役の誕生日会だ。盛り上がらないはずがない!」


「あっ、そう……」


 テオドールが両手を広げ誇らしげの表情を見せるが、ハインリヒとしては全く何も思わない。

 はいはい、よかったね。

 そんな感想である。


「それよりよぉ、ハインリヒ。隣にいるのは誰だ? 見たことねぇが、べっぴんじゃねえか」


 グレンデルは隠す気もせず、鼻の下を伸ばしていた。

 

「確かに。それに、お前は何故彼女にくっついているんだ。穢れた祝福ギフトを持ったお前が淑女に触れるなんて、不躾にもほどがあるだろう。さっさと離れたまえ」


 それに対し、テオドールは嫉妬のこもった目でハインリヒを睨んでいる。


「へぇ……なるほど、なるほど……」


(なにが?)


 そしてハインリヒの隣ではレリュースが薄ら笑いを浮かべていた。

 しかしその目は笑っていない。


 なぜ自分は人を避けて生きてきているのに、こんな修羅場に巻き込まれているのだろうか。


「ごきげんよう、グレンデル殿下、テオドール殿下。私はレリュース・フォン・エンゲリア。エンゲリア帝国の第二皇女であり、この度帝国の使者として参った者です」


 レリュースはその表情のまま、左手を胸に当て、上品な動きで頭を下げる。


「あぁ、あんたがエンゲリア帝国の……。始まっても来ねえからって文官どもが大騒ぎになってたぞ」


 グレンデルは相手が隣国の皇女とは思えないほど不遜な態度で話しかける。

 テオドールはそんなグレンデルを冷ややかな視線で見るも、それを咎めることはしなかった。


「それは申し訳ありません。道中、暗殺者に襲われたもので」


「なんと、それは大変でしたね。しかしご無事にこちらへ到着されたということは、さぞレリュース皇女殿下の護衛の方々は腕が立つのでしょう。いやはや、うちの愚弟にも見習って欲しいものです」


「……」


 テオドールは相変わらずの侮蔑のこもった視線でハインリヒを見て、暗黒微笑(笑)の表情だ。


(まぁ、それでいいだろう。俺が暗殺者を倒したと言っても信じて盛らないだろうし、レリュース的にはそっちの方が護衛の面目をつぶさずに済むしな)


 しかし、それを聞いたレリュースはポカンとした表情を浮かべていた。


「ふ、ふふふふ……」


 そしてその直後、こらえきれないと言った様子で笑いだす。


「……何か失礼なことを言いましたか?」


「ふっふふふふふ……! いえ、実は私たちの護衛は手も足も出なくて……私も死を覚悟しましたが、それを助けてくださったのがハインリヒ様なのです」


「……なんですって?」


「はぁ? この雑魚のハインリヒがぁ?」


(なに余計なこと言ってんだよ!!)

 

 慌てて否定しようとするハインリヒだったが、背後に立っていたレリュースの護衛たちもうんうんと頷いていた。


「……きっとレリュース皇女殿下は愚弟に脅されているのでしょう。こちらへおいでください。愚弟にはあとで私たちの方から折檻を――」


 テオドールがこちらへと近づき、レリュースの手を掴もうとする。

 しかし――

 

 ――パシィ!


 その瞬間、中庭に何かを弾くような音が響いた。


「……え?」


 それはレリュースが差し伸べられたテオドールの手をはたいた音だった。


「あら、ごめんなさい? 私、無闇に異性の方の肌を重ねるなとお姉様に言われておりますの」


(じゃあなんで現在進行形でお前は俺の腕をがっちりホールドしてるんだ?)


「全く、元々退屈なお仕事だとは思っていましたが、まさか不快な気持ちになるまでとは思っていませんでした。私の命の恩人であるハインリヒ様を『雑魚』だとか『穢れている』だとか……」


 レリュースは呆れ顔で頭をふるふると振る。


「私からすれば貴方たちは関わる価値のない人物です。帝国の使者である私に対して粗野な言葉遣い、下卑た視線。本当に貴方たちは王子なのですか? ……ええ、王子なのでしょうね。この狭い王国、そのこれまた小さい王城でちやほやと育てられた小国の王子様、それが貴方たちです」


「……なんだと?」


「それに私の命の恩人であり愛する御方であるハインリヒ様へのその態度、断じて許容できるものではありません」


(……え? 今なんと言ったコイツ)


「……興覚めです。私は欠席させていただきます。もちろん、父である皇帝陛下にもこのことは報告させていただきますので」


「「……」」

 

 グレンデルとテオドールは何が起きているのか分からない、そんな表情で棒立ちになり口を開くこともできないでいた。


(…………どうしてこうなった?)


 そしてそれはハインリヒも同じだった。

 自分の口がだらしなくぽかんと開いている感覚を覚える。


「さて、それでは参りましょうか、ハインリヒ様。私、貴方様の部屋へ伺ってみたいです」


 そんなハインリヒに、レリュースは先ほどとは別人と思えるほど無邪気な笑顔を向けたのだった。

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