第8話 隣国の見知らぬ皇女様と、初実戦

 王城を出たハインリヒは王都からほど近い森へと来ていた。


 ここは『女神の祝福』序盤でも訪れるダンジョンとなっており、弱い魔物がうろついているのだ。

 決闘を明日に控えた今、少しでも実戦を積むべくこの森へと訪れていた。


(さて、ゴブリンでもいないものだろうか。それくらいなら今の俺でも十分に戦えるだろう)


 警戒しながら森の奥へと進んでいくハインリヒ。

 しかし森の中には魔物の気配どころか生物の姿が一つも見えない。

 それに森の奥からは冷たい風が吹きかけてくる。


(なにか、悪い予感が――)


「キャーーーーーー!」


「っ!?」


 瞬間、森の中に響く甲高い声。

 どうやらその声の出どころはここからそう遠くないらしい。


「なんだ……?」


 ハインリヒの足は自然とその方向へと向かい始めていた。


 ◇


(おいおい、マジかよ……)


 少し歩いた後、ハインリヒが木の陰から覗き込むと、そこはまさに修羅場だった。


 まず、倒れた馬車には真っ赤な、そしてゲルトラウデたちが着ていたものより豪華なドレスを身に着けた少女。

 襟足の少し長い赤い髪に、整った顔。

 おそらく今のハインリヒよりも少し年下だろう。

 その近くには、それを取り囲む鎧に身を包んだ者たちが四人。おそらく少女の護衛だろう。


 そして、それを更に囲い込むように、全身真っ黒の人間が五人ほど立っていた。


「諦めてその女を殺させろ。そうすればお前らに危害は与えない」


「ふざけるな! 貴様たちに皇女殿下を傷つけさせるものか!」


 どうやら、暗殺者集団とそれに囲まれた貴人とその護衛……といった構図のようだ。


(しかし、皇女だと? この世界に存在する帝国は一つ。ファリーラ王国の隣国、エンゲリア帝国)


 ハインリヒにとって、その国は非常に印象深い。

 なにしろ、『女神の祝福』のラスボスはエンゲリア帝国の人間だからだ。


 しかし――


(あんな女の子、帝国にいたっけな? しかも皇女だと?)


 ハインリヒの記憶が正しければ、エンゲリア帝国の皇女はただ一人。

 そして目の前の少女はその面影はあれど、その皇女とは別人だ。

 ハインリヒはエンゲリア帝国の皇女の顔をと覚えている。

 だからこそ断言できた。


「お前たちは完全に囲まれている。ここからそいつを連れて逃げ出すことは、不可能だ」


「くっ……! まさかここで『夜の蠍』に出くわすとはな……!」


 『夜の蠍』とやらに聞き覚えはないが、護衛の反応から察するに凄腕の暗殺者集団らしい。


(さて、どうするか)


 ハインリヒからすると、ここで無闇に首を突っ込むのは避けたい。

 そもそも人と関わりたくないし、凄腕の暗殺者たちと戦うなんてハインリヒにとってメリットはほぼない。


 しかし――


「サラッサ! 私を中心に護衛陣形です! 完全に囲まれないように――」


 馬車の中の少女は気丈な様子で護衛に指示を飛ばしているが、その瞳には涙が見えた。

 よく見れば、体も震えている。


「…………」


 ハインリヒは熟考に熟考を重ね――


(これは、魔物相手より対人の方が効率的だと思っただけだから。決して人助けとかそういう訳ではない!)


 結局、少女を助けることを決意した。


 ◇


(くっ! こんな場所で暗殺者だなんて!)


 エンゲリア帝国第二皇女、レリュース・フォン・エンゲリアは注意深く周囲を見渡す。


 レリュースの率いる親衛隊は四人。それに対し、自分を狙う敵は五人。

 加えて、敵は帝国内でも猛威を振るっている暗殺者集団『夜の蠍』。

 実力でも数でも相手は自分たちを上回っている。


(私はここで死ぬわけにはいかない! 私が死んだら、姉さまが独りに――!)


「な、なんだっ!?」


 親衛隊隊員の一人が、驚愕の声を上げる。

 レリュースが思わず振り返ると、いつの間にか自分の目の前に大きな盾を持ったスケルトンが立っていた。


「こ、このタイミングでスケルトンだと!?」


 隊員の一人が叫ぶ。

 しかし、レリュースは注意深くそのスケルトンを見つめる。


(盾を持ったスケルトン……。シールダースケルトン? 伝承でしか聞いたことのないスケルトンがどうしてここに……?)


 その盾を持ったスケルトンは何故か自分に背を向けるように立っている。

 まるで、自分を守っているかのような――


「ちっ! さっさと死ね!」


 いきなりのアンデッドの出現で凍った雰囲気を打ち壊したのは、暗殺者の一人だった。

 彼は目にもとまらぬ速さでナイフを取り出し、レリュースに投げたのだ。


「レリュース様!」


 スケルトンに目を奪われていた隊員は反応が遅れている。

 そして、戦闘についてはド素人であるレリュースはそのナイフの軌跡すら目に見えない。

 万事休すか。


 しかし――


 ――カンッ


「なに……!?」


 鈍い音、そして誰のかも分からない驚愕の声。


 暗殺者も、親衛隊隊員も、思わず動きを止めてしまう。 

 そしてそれはレリュースも同じだった。


「スケルトンが、私を守った……?」


 そう、そのナイフを受け止めたのは盾を持ったスケルトンだった。


「ぐわっ!」


 直後、聞こえる悲鳴。

 レリュースが振り返ると、先ほどナイフを投げた暗殺者の足には矢が刺さっていた。

 しかも、両足に。

 おそらくあの暗殺者はもう何もできないだろう。


「な、なんだ!? 何が起こっている!?」


 暗殺者集団の間に動揺が広がる。

 レリュースはそれを見逃さなかった。


「隊員一同、この盾を持ったスケルトンを中心に護衛陣形です!」


「皇女様!? スケルトンを味方だと仰るのですか!?」


「分かりませんが、現状そうするしか暗殺者たちに対抗できません! 行動開始!」


 暗殺者たちが動揺している間に、隊員たちは再度レリュースのいる馬車を囲むように陣取った。

 それでも、スケルトンは動かない。

 その様子は、まるで主の言葉に忠実な従者のようだった。


「ちっ! お前ら! 一斉に襲え! もろとも殺せ!」


 暗殺者たちの指揮官らしき人物が焦った様子でそう号令する。

 

「くっ!?」


 だが、焦ってるとはいえ相手は一流の暗殺者。

 隊員たちはナイフが武器の暗殺者相手に防戦一方だ。


「ぐわっ!?」


「いてぇ! いてぇよ!」


 しかし、周囲から聞こえるのは暗殺者たちの悲鳴。

 おそらくだが、先ほど同様どこからか飛んでくる矢にやられているのだろう。


「おい! あそこだ! 弓を持ったスケルトンがいる!」


 足に矢を射られた暗殺者が叫ぶ。

 彼の視線の先を見ると、確かに背の高い木の枝に、弓を持ったスケルトンがいた。


(弓を装備したスケルトン……? シールダースケルトンに、アーチャースケルトン。ここ数百年は目撃例のないアンデッドが同時に二体も……?)


「ちっ! さっさとくたばれ!」


 段々倒れていく味方に焦った暗殺者が隊員の一人の剣を叩き落とす。


「あぶな――」


 その瞬間、その隊員の目の前に紫色の魔法陣が現れた。


「なんですって……!?」


 そしてそこから生えるように現れたスケルトン。

 それは魔物の骨でできたような剣を持っていた。


 ――カァン!


「な、に……!?」


 そしてそのスケルトンは隊員を守るように暗殺者のナイフをその剣で受け止めていた。


(今度はソードスケルトン!?)


「スケルトンごときがぁ!!」


 逆上した暗殺者は、腰からもう一本のナイフを取り出し、二つのナイフをスケルトンに振り下ろす。


 しかし、スケルトンはその剣で器用にナイフを防ぎきると、剣の柄で暗殺者の顎を横から殴った。


「かぁっ……!」


 その衝撃で、暗殺者は気を失い、地面に倒れ伏す。

 レリュースが改めて周囲を見渡すと、そこにはもう立っている暗殺者はいなかった。


 レリュースは助かったのだ。


「いったい何が――」


 呆然とするレリュース。

 先ほどまでそこにいたスケルトンたちは姿を消していた。


 自分の身に何が起こったのか。


 ――ガサッ


「っ! 誰!?」


 レリュースは音のする方へ振り返る。


「……しくったな。バレるつもりはなかったんだが」


 そこには、黒髪の、端正な顔つきだが性格の悪そうな青年がバツの悪そうな顔で立っていた。

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