第7話 死霊魔術と別れ

 ゲルトラウデとイザベルの訓練が終わり、空が暗闇に支配された頃。


「『死霊召喚:スケルトン』」


 ハインリヒは今日も中庭で死霊魔術を使っていた。


「よし。スケルトンを五体同時に召喚できるようになったぞ」


 毎日死霊魔術を使っていると、スケルトンの動きが良くなっていくことに加え、同時に召喚できる数も段々と増えて来た。

 今日では同時に五体も召喚できるようになったくらいだ。


「そう考えると、原作のハインリヒは同時三体が限界だったよな。あいつどれだけ死霊魔術を使ってなかったんだ……」


 また、【死霊魔術師】の進化はそれだけではなかった。


 ハインリヒは一体のスケルトンを還すと、再び詠唱を始める。


「『死霊召喚:ソードスケルトン』」


 しかし、詠唱の内容は今まで違うもの。

 魔法陣から現れたのは、ただのスケルトンではなく右手に動物の骨でできたような剣を握っていた。


「『俺と戦え。しかし俺を傷つけることを禁ずる』」


 そして訓練用の木剣を握ったハインリヒはソードスケルトン目掛けて剣を振るう。

 しかし――


「おわぁっ!」


 ゲルトラウデに半月鍛えられた剣はあっさりと受け流され、倒れこんだハインリヒの首筋に骨の剣が寸止めされる。


「……強すぎだろ」


 最近召喚できるようになったソードスケルトンは、ただのスケルトンどころかハインリヒすら瞬殺するほどの実力を持っていた。

 また、新たに召喚できるようになったスケルトンはソードスケルトンだけではなかった。


「『死霊召喚:シールダースケルトン』」


 そう唱えると、今度は魔法陣から木製の盾を装備したスケルトンが現れる。


「『ソードスケルトンとシールダースケルトンで戦え』」


 ハインリヒが命令すると、ソードスケルトンとシールダースケルトンは向き合って戦いを始めた。

 先ほどハインリヒを瞬殺した剣をシールダースケルトンは防ぐも、シールダースケルトンによる盾の攻撃をソードスケルトンは受け流す。

 まさに互角の戦いだった。


「『死霊召喚:アーチャースケルトン』」


 続けて、ハインリヒは詠唱する。

 すると今度は、石と骨でできたような弓を装備したスケルトンが現れる。


「『お前もあの戦いに参加しろ』」


 ハインリヒが命令すると、アーチャースケルトンは素早い動きで二つの矢を射る。

 しかし、ソードスケルトンは剣でそれを弾き返し、シールダースケルトンはそれをいとも簡単に盾で防ぎきる。

 少し前までド素人だったハインリヒにとってレベルの高すぎる戦いだった。


「これが今の俺に召喚できる全てだが……見事にスケルトンばっかりだな」


 スケルトンがいくら剣や弓を持っても弱そうに見えてしまう。

 確かに、ソードスケルトンなんかはハインリヒの瞬殺するほどの実力は持っているが、今一つ威厳に欠けるのは否定できない。


「まぁ、こうして並べるとパーティーっぽくていいかもしれないけどな」


 ハインリヒの目の前で、スケルトンたちが整列する。

 ソードスケルトン、シールダースケルトン、アーチャースケルトン、そして普通のスケルトンが二匹。

 これが今のハインリヒの精一杯だった。


「でもまぁ、これくらいできればグレンデルとの決闘は死なずに済むか……?」


 別に、ハインリヒの目的はグレンデルとの決闘に勝つことではない。

 少し戦い、頃合いを見て降参すればグレンデルも満足するだろう。


 そう考えると、ゲルトラウデとイザベルはもうお役御免してもいいかもしれないが、どうせあと半月鍛えてくれるというのなら、将来のためにせいぜい役立ってもらおう。


「……将来的にはゾンビとかリッチとか、他のアンデッドも召喚できるかもしれないな。ちょっとワクワクするじゃないか」


 ◇


 そして、ハインリヒがこの世界に転生してから多くの時間が過ぎた。

 いよいよ明日は決闘当日。

 今日はゲルトラウデとイザベルとの訓練最終日だ。


 ゲルトラウデから『グレンデルトとの決闘は死なない程度には耐えられるんじゃない?』とのお墨付きはもらっているが、油断は禁物だ。

 どうせ鍛えてくれるのなら最終日まで利用させてもらう。


 ハインリヒはいつも通り中庭へ訪れると、そこにはすでにゲルトラウデの姿があった。


「ゲルトラウデ、今日もよろし……く!?」


 しかし、ハインリヒは目を疑った。

 何故ならゲルトラウデはいつも通りの体を動かしやすい格好ではなく、黄金のドレスに身を包んでいたからだ。

 そしてその隣には、銀色のドレスを着たイザベルの姿もあった。


「あれ? ハインリヒ、アンタなんでその格好なのよ」


「い、いや。それはこっちの台詞なんだが……」


「は? アンタ何言ってるのよ。今日はアンタの兄貴たちの誕生日会でしょ?」


「た、誕生日、会?」


 グレンデルとテオドールは腹違いの兄弟だが、生まれた日が一緒だというのは朧げながらハインリヒの記憶に残っていた。

 しかし、それが、今日?


「……だとして、何故君たちがそんな格好を?」


「それは、私たちもその誕生日会に出席するから。私たちがここ一ヶ月王城に寝泊まりしてたのもそれが理由」


 ハインリヒは全く寝耳に水の情報に思考を硬直させてしまう。


「ってか、ハインリヒ、アンタも当然参加――あ」


「あぁ……。君は招待されていない、というか何も聞かされていなかったのか。合点がいった」


「おいこらイザベル! お前本人を前に最後まで言うな! せっかくアタシがギリギリで言いとどまったのに!」


「……お前の発言も間に合っていない」


 呆然とするハインリヒの耳に、最も聞きたくない声が聞こえる。


「おい、お前たち、えらく時間がかかってるじゃないか」


「そろそろ時間なのだが?」


 ハインリヒが壊れたロボットのようにギギギ……と後ろを振り向くと、そこには案の定グレンデルとテオドールの姿があった。


「お? おいおいおいおい、そこにいるのはハインリヒじゃないか!」


「どうしたんだ? そんな小汚い木剣なんか握って」


 ハインリヒの姿を見たグレンデルとテオドールの瞳は、一瞬にして侮蔑の色に染まる。


「あぁ! もしかして今日もゲルトラウデたちにお前の子守りをさせようとしてたのか!? そりゃ傑作だ!」


「悪いが、今日の彼女たちは僕の誕生日会に出席する予定なんだ。もちろん、不浄の祝福ギフトを持つ君をそこに招き入れるつもりはない。そこで一人寂しく素振りでもしていたらどうだい?」


「もっとも、お前が何をしようが俺に勝てるはずがないんだがな! 知ってるぜ? お前が最近ゲルトラウデたちに色々教わってるってな。でも、残念だな。お前が何をしようとも俺の足元にすら及ばないんだよ! なぁ、ゲルトラウデ?」


「ちょ、アンタ……!」


「はぁ……」


「お前との決闘は明日! 誕生日会の最終日に人が大勢集まった前で盛大にやってやる! 楽しみにしてろよ!」


「そうだね。イザベル、明日は僕の隣でこいつの醜態を一緒に見ようじゃないか」


 グレンデルトとテオドールはそれぞれゲルトラウデとイザベルの肩をぐいと引き寄せる。

 ここがNTR漫画の世界なら、読者待望の脳破壊シーンなのだろうが……。


「……あぁ、そうか」


 生憎と、ハインリヒは根っからの人嫌いだ。

 今日でゲルトラウデとイザベルの関係が終わるなら、それはハインリヒにとって歓迎することだ。


 ゲルトラウデとイザベルから十分すぎる程教わった。

 むしろ好都合だ。


「おいおい、ハインリヒ、強がるなって? お前悔しいんだろ?」


「……はっ。馬鹿も休み休み言えよ。それじゃあな、筋肉ダルマ。せいぜい振り向きもされない女相手にその無駄にでかい肩をブン回してるといいさ」


「なんだと、てめェ……!」


(相変わらず煽り耐性の低い奴……)


 顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべあがらせるグレンデル。

 今もなお人を小ばかにしたような笑顔でこちらを見るテオドール。


「ハインリヒ……」


「……」


 そして、哀れみの瞳でこちらを見るゲルトラウデと相変わらずの無表情のイザベルを一瞥すると、ハインリヒは踵を返した。


 これでいいのだ。

 さっさと明日の決闘を終わらせて辺境で一人で平穏に生きよう。

 それこそ自分が求めていたものなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る