第6話 イザベル

「ファイアーボール」


 ゲルトラウデとの訓練が終わり、ハインリヒはイザベルと共に中庭にいた。

 現在は魔術の勉強中だ。


 ハインリヒがイザベルに言われるがままに魔術を唱えると、手の平に火の玉が現れる。


「おぉ、すげぇ……」


 死霊魔術は初めて使った日から毎日使っているが、やはり魔術と言うのはハインリヒの少年心をくすぐる。


「ん、やっぱり才能ある」


「そうなのか?」


「普通魔術を会得するには初級のものでも三日以上かかったりする。こんな短時間で会得できるのは珍しい」


「へぇ……」


 どうやら、ハインリヒには運動神経ではなく魔術の才能もあったらしい。


(だけど、よく考えたらありえなくない。なんたって兄二人が筋肉ダルマのグレンデルと、魔術も得意なテオドールだ。血筋的にはポテンシャルはある)


「それじゃあ、私は魔道具いじりに戻る。また何かあったら呼んで」


「分かった」


 そう言って、イザベルはまた魔道具いじりに戻る。

 しかし、そこには魔道具だけではなく花だったり枝だったり、雑多なものが転がっていた。


「それも魔道具いじりに使うのか?」


(あっ話を振ってしまった)


 思わず疑問の声を上げてしまったことを後悔するハインリヒ。

 自分から人と関わりたくないと言っておきながら雑談を始めてしまうとはなんたる失態なのか。


「そう。魔道具は魔石と金属だけじゃないと思って。色々実験中」


 そこで会話は終わった。

 ハインリヒはほっと胸をなでおろし、魔術の練習に戻る。


「……魔道具を批難しないの?」


 しかし、安息の時間も束の間、今度はイザベルの方から話を振って来た。


「魔道具を批難?」


 だが、ハインリヒからするとその質問の意味がよく分からない。

 

「……他の貴族は魔道具を『そんな物作るな』って言ってくる」


「あぁ……」


 そこで、『女神の祝福』での記憶を思い出す。


 確か、この世界では魔術を使うのはほぼ貴族の特権であり、平民はごく一部の者しか扱えない。

 そのため、魔力さえあれば魔術を扱える魔道具という存在は、貴族からしてみれば面白くないものだ。


(でも、イザベルって良くも悪くもマイペースキャラなんだよな)


 原作でも、イザベルが他の貴族に悪口を言われるシーンはあった。

 しかし、その時のイザベルと言えば「言わせておけばいい。自分には関係ない」みたいなスタンスで、結局ほぼ自分の力だけで魔道具を完成させていた。


 だから、ここでハインリヒがイザベルを否定しようがしまがいが、彼女は変わらずマイペースに魔道具いじりを続けるだろう。


(そもそも、なんで俺が人を慰めるなんて真似しないといけないんだっつの)


「別に、俺には関係ないことだ。君のことだ。どうせ俺が何と言おうが魔道具開発は続けるだろう。だったら人の意見なんて聞かずに黙々と続けていればいい」


「…………」


 ハインリヒがそう言うと、イザベルは意外そうなものを見る目でハインリヒを見ていた。


 それは予想していた反応とは違った。

 きっとイザベルは「そう……」とか言って魔道具いじりに戻ると思ってた。


「な、なんだその顔は」


「いや、少し意外な答え。……確かに、そう、ハインリヒの言う通り。父にも母にもにそんなことはやめておけ、ゲルトラウデにすら白い目で見られるからもうやめとけって言われてたけど。……でも、確かに、私は周りに言われたって止める気はない。だったら、最初っから気にする必要はない」


 イザベルは小声でぶつぶつ呟きながら、何度も神妙な顔で頷く。


(……また選択肢を間違えたか?)


「ありがとう、ハインリヒ。胸のつっかえが取れた気分」


(間違えたなぁ! 盛大に!)


 いつも無表情のイザベルの満面の笑み、そして感謝の言葉にハインリヒは自分の過ちに気付いた。


 なぜ適当に言った言葉がイザベルにクリーンヒットしているのか、これが分からない。


(はぁ……。でも、もういいや。どうせあと半月もしたらイザベルともゲルトラウデともお別れなんだ。だから切り替えろ、俺。今はともかく、この先一人で生きていくための力を――)


「――ん?」


 その瞬間、ハインリヒはイザベルの魔道具と一緒に転がっている植物に違和感を感じた。


「これ……」


 手を伸ばし、それを取ってみる。


 茶色いごつごつとした実から紫色のくだのようなものが生えている謎の植物。

 しかし、ハインリヒにはこれに見覚えがあった。


「じゃがいもか、これ……?」


 そう、それは芽が生え切ったじゃがいもに見えた。


「どうしたの」


「いや、イザベルはこれ食べるのか?」


「それ? それは魔道具の実験に使えるかなって行商から買ったもの。行商も食用の植物じゃないって言ってた。毒があるって」


「へぇ……」


(この世界ではまだじゃがいもは食べるもんじゃないと思われてるってことか? そういえば昔はトマトも観賞用に使われて食べるようになったのはそれからずっと後とも聞いたことあるな……)


 芽の生え切ったじゃがいもを手の平で転がしながら観察する。

 芽が生えたじゃがいもはぱっと見不気味な見た目で、とてもこれを食おうと思う人間はいないだろう。


(でも、久しぶりに食べたいな。ポテトとかにして……あ、そうだ!)


「イザベル、これ一つもらっていいか?」


「ん~……。まぁ、君には一つアドバイスをもらった。お返しにあげてもいい」


「あ、ありがとう」


(なんかまた好感度上がってしまってないか……?)

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