第4話 死霊魔術

「なぁ、お前はどう思う」


「え?」


 ハインリヒの訓練が始まった日の夜。

 ファリーラ王城の客室の一つにゲルトラウデとイザベルはいた。

 だだっぴろい部屋にある天蓋付きのベッドで横になっている。

 公爵令嬢である彼女たちには本来別々の部屋があてがわれるが、幼馴染であり非常に仲の良い彼女たちは同室で寝ることを望んだ。


「ハインリヒのこと」


「あぁ……。そうね。意外とアタシとの訓練に熱心だったわね」


「そう。私も一緒」


「でもまぁ、気紛れじゃない? 最近のアイツを考えたら、長く続くとは思わないわ」


 ゲルトラウデの言葉にイザベルはしばらく黙り込んだ後、口を開いた。


「聞いた?」


「なにをよ? お前ってホント言葉足らずよね」


「一ヶ月後の、ハインリヒとグレンデルの決闘」


「は!? なにそれ!?」


「ハインリヒは負けたら南西の領主になるらしい」


「南西……って、最近跡継ぎを作らずに亡くなって王家に領地を接収されたあそこ!? とんだ辺境じゃない! どうせグレンデルが無理やり仕組んだ決闘なんでしょ! しかも一ヶ月後って……アイツ!」


 そこまで喋って、ゲルトラウデは何かを思いついたように目を見開いた。


「だからハインリヒ、アタシたちの訓練を受けてるのね! 信じられない! 今からグレンデルのバカのところいってこんなくだらないこと止めさせるわよ!」


「いや、どうやらこの決闘を受けたのはハインリヒ自身の意思らしい」


「はぁっ!?」


 ゲルトラウデはこれ以上目が開かないからなのか、今度は口をあんぐりと開ける。


「どういうことよ! グレンデルは確かにくだらない男だけど、それでも【剣帝】の祝福ギフトを授かってるのよ! ハインリヒだって勝てっこないのは分かってるでしょ!?」


「ハインリヒはわざとその決闘に負けるつもり」


「はああっ!?」


 ゲルトラウデは今度は上体を起こし、全身で驚きを表現した。


「彼はこれ以上人と関わるのが嫌になったって言ってた」


「……だから、敢えて負けて辺境の領主になるってこと?」


「本人はそう言っていた」


「……そう」


 ゲルトラウデはイザベルとは反対方向に寝返りをうち、ぽつりと呟いた。


「あいつ、そこまでするほど人が嫌いになってたのね」


「……彼の境遇を考えれば仕方ない」


「まあ、ね」


 ゲルトラウデとイザベルは互いに熱心な女神信者という訳ではなく、ハインリヒの祝福ギフト【死霊魔術師】にも特別嫌悪感があるわけではなかった。


 ずっと彼の側にいればグレンデルやテオドールから庇うこともあっただろうが、彼女たちは公爵令嬢にして次期当主。

 そこまでの余裕はなかった。


「……彼がそう望む以上、私たちにできることはこの一ヶ月、グレンデルとの決闘で死なないくらいには彼を鍛えてあげることだけ」


「…………そうね」


 ◇


 時刻は夜。

 しばらくゲルトラウデとイザベルは王城で寝泊まりするらしい。

 きっと、二人は今頃豪華な客室で寝ているだろう。


「ふっ……! はっ……!」


 しかし、ハインリヒはこの時間になっても中庭で剣の素振りを繰り返していた。

 今日学んだゲルトラウデの剣術を忘れないようにするためだ。


「……しかし、どうせ剣を振るのなら相手が欲しいな」


 虚空目掛けて剣を振ると言うのは、効果がないとは言わないがいささか非効率に感じる。

 せめてカカシでもあればまだましだろうが……。


「あ。こういう時こそ『死霊魔術』の使い時か?」


 原作のハインリヒはスケルトンを召喚していた。

 あれを召喚すればカカシの代わりに使えるのではないだろうか。


「でも、魔術ってどうやって使えば……。ん?」


 その瞬間、ハインリヒの脳内に呪文のような言葉の羅列が浮かび上がる。


「これを唱えろってことか……?」


 もちろん、その質問に答えてくれる者はそこにいない。


「……まぁ、とりあえずやってみるか」


 ハインリヒは両足を広げ、精神を集中する。


「『死霊召喚:スケルトン』」


 直後、地面に紫色の魔法陣が現れる。

 そしてそこから生えるように、一匹のスケルトンが現れた。


「お、おぉぉお……」


 奇妙な声が口から漏れる。

 人生で初めて魔術を使ったという興奮が声となって現れてしまった。


 しかしどうやら、今のハインリヒが召喚できるのはこのスケルトン一匹だけらしい。


(【死霊魔術師】……よわっ)


 興奮の熱がすっと冷めてしまったハインリヒは、スケルトンに木剣を持たせた。


(『俺と戦え』)


 召喚したアンデッドは簡単な命令なら聞くようで、ハインリヒはスケルトンにそう命令してみる。


「よし、いくぞ!」


 気合を入れたハインリヒは、自分の持つ木剣をスケルトンの頭目掛けて振り下ろし――


 ――ガン!


「あ、あれ」


 スケルトンは一切の反撃を見せることもなく、その場に倒れてしまう。


 しかし、ハインリヒは気付いていた。

 スケルトンが攻撃を受ける瞬間、ものすっごく遅い動きでその剣を防ごうとしていたことを。


「嘘だろ……俺のスケルトン、弱すぎ……?」


 だが、素振りをするよりはマシかと思考を切り替える。

 それ以降、ハインリヒはスケルトンを倒し、立ち上がるのを待ってからは倒しというのを繰り返した。


 ――カンッ!


「おっ?」


 そんな訓練を続けてから約一時間後、驚くべきことが起きた。

 なんと、スケルトンはハインリヒがスケルトンの首めがけて打ち込んだ剣を防いで見せたのだ。

 しかしその次の攻撃には間に合わず、いつも通り倒れる。


「……まぐれか?」


 ハインリヒはその後もスケルトンに剣を振るう。

 すると、数回に一回、スケルトンはハインリヒの剣を防ぐようになっていた。


「は、はは! 面白いじゃないか!」


 ハインリヒは笑いながらスケルトンに剣を振るう。

 時間が経つにつれ、スケルトンがハインリヒの剣を防ぐ頻度は高くなっている。

 

 つまり――


「まさか! アンデッドもをするなんてな!」


 そう、ハインリヒの召喚したアンデッドは間違いなくしている。


 そう考えると楽しくなってきた。


 今ハインリヒが召喚できるのはこのスケルトン一匹だけだが、原作のハインリヒはスケルトンを三匹召喚していた。

 つまり、成長するのは召喚するスケルトンだけではなく、【死霊魔術師】という祝福ギフトそのものなのだろうか?


「いいじゃないか! 面白くなってきた!」


 ハインリヒはその日、空が完全に真っ暗になるまで笑顔でスケルトンと打ち合っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る