第2話 幼馴染ヒロイン
「なんだと……?」
グレンデルは顔を真っ赤にして青筋を浮かべている。
彼にとっては格下だと思っていたハインリヒが決闘を受け入れたのだ。
グレンデルはその大きいプライドを傷つけられたに違いない。
(よし! これで俺のお気楽一人暮らしの夢が叶う……!)
それに対し、ハインリヒはウキウキだった。
ハインリヒは前世の経験から他人が大嫌いだ。
しかも、ハインリヒとして生きるということは、『魔王の生まれ変わり』という偏見に囲まれながら生きていくことになる。
もうそんな人生は二度とごめんだった。
だから、例え原作の流れを変えようが、ハインリヒはこの決闘を受ける。
そしてわざと決闘に敗北し、辺境の領主として悠々自適に一人で生きるのだ!
「分かった、いいだろう! だが、決闘本番は真剣勝負だからな! お前が雑魚過ぎてうっかり俺に殺されても文句言うなよ!」
「……えっ?」
真剣勝負……?
と、言うことはこの筋骨ダルマのグレンデルと本物の武器を使って戦うということか?
「いや、それはまっ――」
「うるせぇ! これは決定事項だからな!」
「じゃあ、決闘の本番は一ヶ月後にしよう」
「あ!? 俺は今すぐこいつと――」
「落ち着いて思い出してよ兄さん。ほら……」
「……ん。あぁそうだったな。……チッ! せいぜいこの一ヶ月怯えながら生きてろ!」
「ぐへっ!」
グレンデルは去り際にハインリヒの鼻を殴ると、肩を怒らせその場から立ち去った。
「せいぜいこの判断を後悔するといい。あと、くれぐれも調子に乗るなよ」
暗黒微笑(笑)な表情を浮かべたテオドールは、謎の言葉を残してグレンデルについていく。
「どうしよ……」
鼻血を流しながら、ハインリヒはそう呟いた。
◇
「どうしたものか……」
鼻の下で固まった鼻血を拭うこともなく、ハインリヒは思案する。
もちろん、考えることは一ヶ月後に行われるグレンデルとの決闘についてだ。
ハインリヒは辺境の領主になるべく、グレンデルとの決闘にわざと負けるつもりでいた。
少し殴らせてやって降参でもすれば問題なく事が進むと思っていたのだ。
しかし、グレンデルは決闘にかこつけて殺そうとするほど、ハインリヒのことが嫌いだったらしい。
「真剣で勝負って……」
ハインリヒは前世ではただの会社員だった。
もちろん、武器なんて握ったこともない。
しかも、グレンデルは【剣帝】という強力な
「ダンジョンにでも行くか……?」
「あー! いた! ここにいたのね!」
「……?」
瞬間、背後から響く甲高い声。
反射的に後ろを振り向くと、そこには二人の少女の姿が。
「ハインリヒ! アンタ部屋で待ってなさいって言ったでしょ!?」
ハインリヒに勢いよく詰め寄る金髪ツインテの少女はゲルトラウデ・フォン・マドリッド。
『女神の祝福』ヒロインにしてパーティーメンバーの一人で、マドリッド公爵家の次期当主だ。
彼女は元々吊り上がっている目を更に吊り上げ、ハインリヒを睨んでいた。
「……ゲルトラウデ。こんなことに無駄な体力を使うものじゃない」
ゲルトラウデから一歩引いた場所でそうぼやくのはイザベル・フォン・リスバン。
全体的に色素が薄い見た目が特徴的で、その瞳は眠そうに半分閉じられている。
彼女も『女神の祝福』のヒロインの一人であり、リスバン公爵家次期当主。ゲルトラウデとは幼馴染の関係だ。
「……俺に、何の用事だ?」
ハインリヒは原作で何度も見た彼女たちの姿に興奮を抑えつつ、努めて冷静を装った。
確かに生の彼女たちを見て盛り上がる気持ちはあるが、今の彼女たちは血が通った人間――つまり他人だ。
だとすれば、彼女たちと関わることもしたくない。
「何の用事だぁ!? 前から言ってるでしょ!? アンタを鍛えるようにアンタのお父様……国王陛下に頼まれたんだって!」
「俺の……?」
確かに、『女神の祝福』の序盤には、主人公がゲルトラウデやイザベルから武術や魔術を教わるシーンがある。
だがそれはあくまで主人公であってハインリヒではなかったはずだ。
現に、ゲルトラウデもイザベルもそんなことは口にしなかった。
(ハインリヒの記憶によると、今はハインリヒが【死霊魔術師】の
ハインリヒは他の作品の悪役転生モノの悪役にもれず、怠惰な性格だ。
だがしかし、それは先天的なものではなかった。
ハインリヒは元々実直な性格だったが、どれだけ努力を重ねようと『魔王の生まれ変わり』と言われ、蔑まれるようになった。
その経緯があったことで、彼は努力を止め、怠惰な生活を送るようになったのだ。
(だからきっと、原作のハインリヒも彼女たちから逃げ回ったのだろう。そして、それに疲れた彼女たちはハインリヒを鍛えることを諦めた、と)
ハインリヒは考える。
前世でよく見た悪役転生モノのラノベなら、主人公はこの誘いに乗り努力をはじめ、やがてグレンデルやテオドールをあっと言わせ、この二人ともいい関係になっちゃったりするのだろう。
しかし、生憎とハインリヒにはそんな気は一切なかった。
「そうか。しかし、せっかくの機会だが遠慮しよう」
「はぁ!? え、遠慮ですって!?」
ゲルトラウデは両目をこれでもかと広げ驚きを表現する。
原作と同じで、相変わらず大袈裟だなとふと思った。
「せっかく私たち美人幼馴染が君を世話しようと言ってる。それでも遠慮する?」
「そうよ。せっかく私たち美人幼馴染……っておい! 自分で言うな!」
(相変わらず仲が良いな……)
原作でも見た漫才のような幼馴染のやりとりに、ハインリヒは内心ほっこりする。
しかし、自分はそれを間近で見るべき主人公ではない。
表情を引き締め、二つ、指を立てた。
「俺が君たちの誘いに乗れない理由は、二つだ」
「二つぅ?」
「ほう。そんなにある」
「一つ。別にお前たちが誰とか関係なく、俺は人が嫌いだ」
人が嫌い。
例え原作プレイ中に萌えを感じた相手でもそれは変わらない。
だって、ここにいる以上、彼女たちはキャラクターではなく人間だから。
「……まぁ、アンタの境遇を考えたらそうかもしれないけど」
伏し目がちに、ゲルトラウデは呟く。
イザベルもどこか哀れみの目でハインリヒを見てた。
彼女たち公爵令嬢と歳が近い王族は幼いころからの仲だ。
彼女たちもハインリヒの性格の変貌っぷりを理解しているのだろう。
(……ちっ。そんな目で見るな)
「二つ。グレンデルとテオドールは、未だに君たちを諦めていない」
「……」
「たしかに」
これは、ゲーム本編では語られない設定だが、実はグレンデルとゲルトラウデ、テオドールとイザベルはかつて婚約していた。
彼女たちの事情がありその婚約が破棄されても、ハインリヒの兄たちは彼女たちを諦めておらずしつこくアプローチを繰り返していたようだ。
これは『女神の祝福』のファンブックにしか記載されていない裏情報だったが、ヘビーユーザーであったハインリヒはもちろんこの情報を知っていた。
(そうか。だからグレンデルは去り際俺に鼻血を流させたし、テオドールの『調子に乗るな』と言うのは、これに対する牽制だったのか。……嫌らしいことを)
ただえさえグレンデルとテオドールは自分を目の敵にしている。
ゲルトラウデとイザベルと親しくしている様子を見られでもしたら面倒だ。
「あと、【死霊魔術師】なんて
そう言って、ハインリヒは振り向きそこから立ち去る。
これでいい。
自分はもうこれ以上他人と関わりたくないのだ。
「でも、それじゃあ私たちが困るのよ」
「っ」
ゲルトラウデの言葉に、ハインリヒは咄嗟に立ち止まってしまう。
「困る……? 余計な仕事が一つ減るじゃないか。それに、君たちもこんな俺と一緒にいたくないだろう」
「そんなことはどうでもいいのよ。これは貴方のお父様……国王陛下からのお願いなのよ? お父様からだって陛下の言葉を無下にするなって言われてるの。だから、アタシはなんとしてでもアンタを鍛えてあげないといけないのよ」
「そうだね。私は気にしないが、マドリッド公爵からのカミナリが落ちればゲルトラウではかなり落ち込む」
「べ、別に落ち込まんわ! ってか、お前はもっと気にしなさいよ!」
「そういう訳、ハインリヒ。どうか私たちを君の教育係にしてくれない?」
「…………」
ハインリヒは前世で『女神の祝福』を千時間以上プレイした記憶を思い出す。
ゲルトラウデとイザベル。
全ての周回プレイでパーティーメンバーにいれていたヒロインたち。
そんな彼女たちが、ハインリヒの目の前に本物の人間として立っていて、眉を下げて縋るようにハインリヒを見ている。
(~~~~! あぁ、くそっ……!)
「……分かった。そういうことなら、仕方ないな」
ハインリヒはぶっきらぼうに答える。
あくまで自分は渋々彼女たちの頼みを受け入れたというスタンスで。
「ほんと!? ありがと、ハインリヒ!」
「へぇ、意外。断ると思ってた」
(別にこれは、困ってるこいつらを助けるとか、そんなんじゃない! 一人でダンジョンに行って鍛えるよりは、それぞれ武術魔術に秀でた彼女たちに教わった方が効率がいいと思ったまでだ!)
ハインリヒは誰へのかも分からない言い訳を頭の中で並べる。
だが、よく考えてみればこれは絶好の機会だ。
ゲルトラウデは【武神】というこの世界でも最高峰の力を持つ
どの道、ハインリヒは一ヶ月後に控えたグレンデルとの決闘に、最低限死なないように自分を鍛える必要があった。
それなら素人が一人で頑張るよりも彼女たちに鍛えてもらう方が都合がいいだろう。
「よし、それじゃあ一ヶ月アタシたちがアンタをみっちり鍛えてあげる!」
「一ヶ月?」
「そうよ。アタシたち一ヶ月王城に滞在するようになってるから」
それは都合がいい。
ハインリヒは一ヶ月後の決闘を終えた後辺境で一人で生きていく予定だ。
そして一人で生きるということは、頼れるのは自分の力のみとなる。
そのためにしっかりと彼女たちを利用させてもらおう。
「そうか。よろしく頼む」
だが、彼女たちと深い関係を築くつもりはない。
自分がこの世界で人と関わるのはこれが最後だ。
ハインリヒは内心で、そう決意した。
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