人嫌いは悪役死霊魔術師王子に転生したので今度こそ平穏に一人で生きたい~だから幼馴染ヒロインもラスボス皇女様もこっち来ないで~

水本隼乃亮

第一章 決闘編

第1話 史上最悪の悪役転生

(……なんてひどい人生だ)


 男は朝の駅のホームで、自分の人生を呪っていた。

 

 幼い頃、父親が母親を殺したらしい。

 らしい、というのは男がそれを覚えていないからだ。


 一歳の頃両親を失った彼は、母方の祖母に引き取られた。


 男の人生はそこから狂い始めた。


 ある者は、彼を殺人鬼の子供と疑いの視線で見た。

 ある者は、彼を親を早くに失くした子供と哀れみの目で見た。

 ある者は、数奇な人生を辿った彼を好奇心の瞳で見た。


 新しい環境は、最初の方はよかった。

 誰も彼の素性を知らないから。


 しかし、新しい学校でも職場でも彼の情報はどこからか漏れ、それ以降男は色眼鏡越しに見られることになった。


 男はそんな偏見に満ちた視線に囲まれながら生きて来た。

 その結果、男が社会人になる頃には、完全なる人嫌いとなってしまった。


(……もし来世なんてものがあるなら、その時こそ俺は一人で平穏に――)


 不思議なことに、それが男の最後の記憶だった。


 ◇


 ファリーラ王国の中心に存在するファリーラ王城。

 口の形をした王城の真ん中には、二代目ファリーラ王の命によって作られた中庭があった。


 本来は豊かな緑に囲まれ静かな時間を過ごせる中庭だが、今は喧騒に包まれていた。


「ぐはっ!」 


 ファリーラ王国第三王子ハインリヒ・フォン・ファリーラは、その中庭で二人の兄によっていたぶられていた。


「はっ! 一発で沈むとは、流石は雑魚のハインリヒ!」


 ハインリヒの頬を殴った赤髪の筋骨隆々とした少年は、グレンデル・フォン・ファリーラ。ファリーラ王国の第一王子である。


「全く、兄さんの言う通り。この僕と同じ血が君にも流れていると思うと背筋が凍るよ」


「ぐっ……!」


 陰険な笑顔で芝生の上に伏せるハインリヒの頭を蹴とばす青髪の少年は、ファリーラ王国第二王子のテオドール・フォン・ファリーラ。


 第一王子と第二王子が寄ってたかって第三王子を囲い殴るこの現状は、今のファリーラ王城では珍しい光景ではない。

 その証拠に、城の中を忙しそうに走り回るメイドたちに彼らを止めようとする者はいなかった。

 それどころか、笑みを浮かべてその光景を見るメイドすらいる。


 しかし、当事者であるハインリヒの脳内はそれどころではなかった。


(くそっ! 『女神の祝福』の世界に転生したと思ったら、俺はなんでよりによってハインリヒに転生してるんだ!?)


 そう、ハインリヒは今からたった数分前に国産RPG『女神の祝福』の世界に転生した元社会人――異世界転生者だった。


 ハインリヒは数分前、この世界で目を覚ました。 

 当初は困惑したが、目覚めた部屋をグレンデルとテオドールが訪ねたことで、自分が『女神の祝福』のキャラに転生したことを悟った。


 初めのうちは混乱しながらも少なくない歓喜の感情が芽生えていた。

 なにしろ、ハインリヒは『女神の祝福』を数十周、千時間以上プレイしたヘビーユーザーだったからだ。


 しかし、グレンデルが自分を『ハインリヒ』と呼んだ瞬間、絶望した。


 何故なら、ハインリヒは『女神の祝福』に登場する中ボスにして悪役キャラだったからだ。


(いや、これが悪役に転生したならまだやりようはあった。前世でよく読んだ悪役転生モノは『元々性格が悪かった悪役に転生したけど努力を重ねて活躍して周りの評価も上げてハッピー』が常道。しかし、ハインリヒにはそれができない……!)


 ハインリヒは周りを見渡す。

 ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろすグレンデルとテオドール兄弟。

 そしてまるで汚物を見るかのような目でこちらを見つめるメイドたち。


 そう。

 メイドたちは無抵抗の者を殴るという行為をしているグレンデルたちではなく、ハインリヒを見ていた。

 まるでそれが当然のことのように。


(くそ……! 嫌いな視線だ……)


「誰もお前を助ける訳がないだろう! 【死霊魔術師】なんて穢れた祝福ギフトを持つお前を!」


「げふっ!」


 テオドールは陰湿な笑みを浮かべたままハインリヒの頭を踏みつける。


「クスクス……。またハインリヒ王子が殿下たちにいじめられてるわ……」


「ほらあなた、助けてあげなさいよ」


「嫌よ。私があんなの仲間だと思われたらぞっとしちゃう」


 そしてメイドたちから浴びせられる悪意のこもった眼差し。


 ハインリヒが嫌われているのは、世の悪役にありがちな『怠惰でだらしない性格』という理由じゃない。

 ……いや、それも理由の一つだと原作を履修しているハインリヒは知っているが。


「お前の祝福ギフト……。【死霊魔術師】はかつて女神様に盾突き世界を混沌に陥れた魔王と同じ魔術を使うもの! そんな穢れた存在であるお前を庇う背信者がこの場にいると思うかい!?」


 祝福ギフト

 それは今更説明の必要もないかもしれない。

 異世界あるある、一定の年齢になったら女神様から授かる特別なアレだ。

 この世界では貴族の血が流れている者が15歳になると授かれるらしい。


 そして、問題のハインリヒが授かった【死霊魔術師】。

 これこそがハインリヒの嫌われる理由にして彼を悪役にした所以。


 もちろん、【死霊魔術師】という祝福ギフトが弱いことも理由の一つだ。

 原作のハインリヒもスケルトンとかいう弱い魔物を三体召喚していただけだし。


 しかし、今テオドールが言ったように、かつてこの世界を混乱させた魔王が死霊魔術を得意魔術としていた。

 この世界の住民はほとんどが女神の信者であり、そのため魔王と同じ魔術を使うハインリヒは『魔王の生まれ変わり』と忌避されている。


 つまり、ハインリヒはどれだけ努力をしようが性格を変えようが、『魔王の生まれ変わり』という偏見で見られ、そこにいるだけで嫌われてしまう、そんなキャラなのだ。


(最悪だ……。こんな偏見に囲まれながら生きたくなかったってのに)


 しかし、今の現状をただ嘆いているだけでは何も変わらない。

 この先を考えなければ。


(このままハインリヒとして原作通りに生きる? それは却下だ。俺は他人の悪意に染まった視線に囲まれながら生きたくない)


 だとすれば、この城を出て一般人として生きていく?

 おそらくそれも無理だろう。

 この世界に転生した時、ハインリヒの記憶を一部引き継いだが、今のハインリヒには自分が自由に使える金銭は一切ないようだ。

 流石に見知らぬ世界を無一文で生きていくのは無謀が過ぎる。


(どうするべきか……)


「あ、俺いいこと考えたぜ!」


(ん? ……このセリフ、どこかで……)


 これからの転生者プランを考えていたハインリヒの耳に、得意そうなグレンデルの声が届いた。

 このセリフは、原作のどこかで聞いた覚えがある。


「いいこと?」


「あぁ、こいつと俺で決闘だ! もちろん、負けたらこいつはここから追放! もうこいつを殴るのも飽きてきたことだ。いい加減視界からも消えてもらわないとな!」


(間違いない。これは『ハインリヒ土下座イベント』じゃないか)


「……いや、兄さん。こいつは仮にも王族だ。そんな人間をはいそうですかと排斥するのは厳しい。少しは考えなよ」


「あぁ? だったらお前がなんか案出せよ。俺としてはもうこれ以上こいつの顔を見たくねぇんだ」


「それは僕も同意するところだけどね……。そうだな。つい先日、ある子爵が世継ぎを作らずに死んだ。今そこは王領として預かっているが……あの領地はここから大分遠いわ四方を山に囲まれる辺境だわで、管理が面倒だ。こいつをそこの領主にするのはどうだい?」


「おいおい! その領地つったら、どいつもこいつも辺境領地だっつって欲しがらねえ辺境領地じゃねえか! ハハッ! そりゃ傑作だ!」


 ハインリヒの頭上でポンポンと話が進み、邪悪な笑みを浮かべるグレンデルは寝転ぶハインリヒの髪の毛をグイっと持ち上げる。


「おい、ハインリヒ! 【剣帝】の祝福ギフトを持つ俺と【死霊魔術師】なんて弱ェ祝福ギフトしか持たねぇお前で決闘だ。俺が勝てばお前は辺境の領主。そうなれば王族としての贅沢な暮らしはもうお終いだ! まぁ最も? お前が土下座でもすれば、俺のおもちゃとしてここに居続けることを許してやるけどな!」


 ガハハ、と大笑いするグレンデル。

 テオドールも冷たい笑みを浮かべているし、メイドたちも小ばかにするような薄ら笑いをしている。


 グレンデルが言っていることは、こうだ。

 『【剣帝】という強い祝福ギフトを持つ俺に負けたらお前は辺境の領主。それが嫌だったら土下座しな』と。

 原作のハインリヒは、最終的に土下座をする。

 それはそうだろう。

 原作でも負けイベントの中ボスとして立ちはだかるグレンデルとハインリヒには圧倒的な実力の差がある。


 なんとそれ専用の一枚絵も存在するほど、ファンの間では有名なイベントだった。


 しかし――


「やるさ」


「は?」


 ハインリヒは……正しくは、ハインリヒに転生した男は違った。


(辺境の領主? 領民が少ない田舎の領地で、一人きりで生きる? ……そんなの、じゃないか)


「聞こえなかったのか? やるって言ったんだよ、グレンデル」


 ハインリヒは、不敵な笑みで笑った。

 

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