第4話 捨て猫1

ある日のこと。

一之助はいつものように裏口から出て周りを見渡した。


「あれ、今日はいないのか?」


 この時間には絶対にクレアは来るのだが今日は姿がない。一之助はこんな日もあるかと思い一服しながらしばらく待つことにした。しかし待てど吸えども彼女は訪れることはなかった。

 次の日もクレアは姿を見せなかった。



 クレアが姿を見せなくなって、数日後が経った。

 今日は雨であった。久々の大雨で道行く人々も走りながら移動している。しかしそれ以外はなんともない日。

 食堂も雨だからといって客足がさほど落ちることはない。どのみちこのあたりの労働者はこの店に来るからだ。何より一之助は屋内で働いているので天気をそれほど気にすることもなかった。しかし今日違った。時折チラチラと外を見る。雨は相変わらず止むことも、止む気配もない。雨の寒さは体力を奪う。一之助は雨中の行軍を思い出す。屈強な兵ですら雨に打たれて風邪を引く。まして栄養不足の子供なんかは…


「まったく俺は…」


 一之助は有り体に言えばクレアのことが心配になってしまっていた。このところ姿を見せていない。そしてこの雨。今日も来ないかもしれない。

 一之助の考えは案の定というか的中し、今日の昼もクレアは来なかった。ちょっとした寂しさすら感じてしまった自分に気が付き、なんとも言い難い気分になる。




 日が沈んでも雨は止まない。


「じゃあ、あとは頼んだよ。」


 一日の仕事を終えてステラが自室へと帰っていった。一之助は最後の片付けを行うために少し残っていた。

 一段落し一服するために裏口に出る。雨が降っているが扉からは出ないのでギリギリ雨に濡れない。マッチでタバコに火をつけようとしたとき、雨の中に人影があるのに気がついた。


「…クレアか?」


大雨の中、クレアがずぶ濡れになって座っていた。いつからそこにいたのだろうか。もしかして、俺を待っていたのだろうか。


「おい、どうしたんだ。こんなところで。」


雨の中、一之助はクレアに駆け寄った。近寄ってきた人間に気がついたクレアは顔を上げる。その瞳は虚ろで、一之助の呼びかけにすぐに反応しない。


「おい、ずぶ濡れじゃないか。いつからいるんだ。」


「…お腹すいた。」


「は?」


「…サンドイッチ、食べたい。」


心ここにあらずと言った感じで、独り言を呟くクレア。顔は一之助の方を見ているが、まともな受け答えができていなかった。


「ああ、もう!とりあえず中に入れ!」


自分でも分からない感情が一之助の中にこみ上げる。一之助はとりあえずずぶ濡れのクレアを抱きかかえると、自分の部屋に連れて行った。


部屋に連れて行ってもぼーっとしているクレア。さすがにこのままでは風邪を引くので一之助はタオルで身体を拭いた。そこで一之助は気がついた。クレアの顔や腕に傷や火傷の跡があった。


「俺の服を置いておくから、身体を拭いて着替えろ。なんか温かいもの持ってくるから。」


 そう言って一之助は厨房へと向かった。鍋の乗った装置のスイッチを押す。

 残り物のスープを温め、火を通したパンに適当な具材を挟んで部屋に戻る。クレアはダボダボの男モノの服に着替えていた。


「ほら、温かいうちに食べろ。風引くぞ。」


クレアがスープに口をつける。ほっ、と一息つくと今度はサンドイッチを手にとって食べる。

食べながら、クレアは大粒の涙を流しはじめた。嗚咽を漏らし、時折涙を拭いながらも飯に食らいつく。


「ゆっくり食べろ。別になくなりはしないから…」


「うん…うん…」


雨の音、クレアの食事の音、そして嗚咽。それだけが暗くなった部屋の中に木霊していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ち武者と捨て猫 あかねツキ @akanetsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ