第3話 餌付け猫2

「イチ、焼き魚追加だよ!」


 ステラの注文の声が響く。今日も食堂は盛況であった。

 この食堂に流れ着いた最初の頃は一之助の仕事は給仕が主だった。しかし戦場暮らしが長いゆえ一之助が料理が多少は出来ることが分かると、ステラの指導で料理を覚えるようになった。さらに何故だか分からないが西方大陸の人間には「東方出身の人間は料理が上手」という共通認識があった。おかげで今は一之助も調理場に立っている。


 既に下ごしらえされた魚を油のひいたフライパンに乗せる。そのままフライパンを装置の上に置きスイッチを押した。すると薪も炭もないにも関わらず点火しフライパンを温め始める。

 一之助の故郷にはなかった装置。スイッチ一つで帝都内に張り巡らされた魔導線を伝って流れる魔力を消費し、術式の組み込まれた装置が作動する。魔法大国ブリタニア帝国が覇権を握った理由、魔導機関による技術革新の結晶がそこにあった。


 ブリタニア帝国で開発された熱を魔力に変換する技術。魔力を伝導、蓄積する人工の魔法鉄ミスリルの開発、そして古来からのブリタニアの技術であったルーン文字を応用した術式の組み込み、これらの組み合わせた魔導機関の発明したブリタニア帝国は国力、軍事力で周辺諸国を圧倒した。

 その技術の裾野は民間にも広がっており、既に帝都ロンデニウムのほとんどには魔導線が敷設されている。工業はもちろん、食堂での調理や街灯、交通にも応用され魔法は生活と切り離せないものになっていた。



 昼飯時、今日も忙しく遅めの昼食に入った。一之助が裏口に出ると、既にそこには獣人の少女が膝を抱えて座っていた。


「ほら。飯だ。」


「ありがとう。」


 あの日から、一之助は昼飯時に少女と話すのが日課になってしまっていた。

少女は名前をクレアと言った。銀髪の獣人の少女。歳はおそらく10歳前後、身なりは相応に汚いが、よく見ると整った顔をしていて可愛いとされる部類に入る。


「普段はなにしてんだ?」


「…物乞い。」


 たぶん、半分嘘だ。

 獣人の子供が就ける仕事は鉱山労働か中流家庭での煙突掃除など小柄な体格を生かした仕事が多い。魔導機関のおかげで石炭の需要は鰻登りだし、魔導機関があっても暖炉は未だ健在である。しかし鉱山労働をしているならここにはいないし、煙突掃除をしているにしてはスス汚れはない。

 なら獣人の少女が日銭を稼ぐには?決まってる。身体を売るのだ。きっと彼女は子供でありながら街娼として糊口をしのいでいるのだろう。

 一瞬、世界の汚さに嫌気がさす。しかし自分が気にもんでどうにもなる話でもない。せめて俺の作ったサンドイッチを食べさせることが…何を考えている。くだらない。全くの偽善で自分を騙そうとする自分が嫌だった。

 しかし一之助のそんな思いを知ってか知らずかクレアは美味そうにサンドイッチを頬張っていた。


「美味いか?」


「うん。」


思わず、一之助は自分の手をクレアの頭に乗せていた。故郷の…今はいない妹の姿を重ねてしまったのかもしれない。

突然触られてクレアはビクッとした。


「悪い。嫌だったな。」


「…そんなこと、ない。」


意外な反応。頭を撫でると、クレアは一之助にされるがままに受け入れた。ぼさぼさの髪の横からはわずかに赤くなたクレアの顔が見えた。





 店に戻るとステラが呆れたような顔で待っていた。


「アンタ、獣人に餌付けしてんのかい?」


どうやらステラに見られてしまったようだった。


「すいません。」


一之助は素直に謝ることにした。


「別に謝れってのじゃないよ。でも程々にしときなよ。」


そう言ってステラは店の掃除に戻っていった。

店に獣人がより着くと困るから追払えと言われるのを覚悟していた。しかしカミさんには割とどうでもいいことらしい。餌付けされて群がるのには気をつけろ、ぐらいの意味だろうと一之助はあたりをつけた。


「ありがとうございます。」


実はクレアに飯を食わすのがちょっとした楽しみになってる一之助は、一応の了承を得て少しホッとしたのだった。

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