第2話 餌付け猫1

 藤堂一之助は東方の島国の武家だった。鬼ヶ島という島を統べる武家の長子として産まれた。鬼ヶ島はこれといって産地があるわけでもなく、漁業と農業が産業基盤の島であった。しかし藤堂家は武士としての戦闘技術に秀でており、その力は執政府でも一目置かれる程の存在であった。そんな藤堂家に産まれた一之助もまた順当に武士として成長していった。

 そして8つの時に執政府で政変が起きた。国は2つに割れ戦乱の時代が幕開けした。内乱は15年にも及んだ。一之助も元服すると戦場に赴き、少なくない武勲を上げてその名を轟かせた。しかし個の武だけで戦乱は決まらない。天下分け目の決戦で、藤堂家は敗者の側となった。一族路頭が斬首されようとしたそのときに一之助は島を出て西方へと逃げていた。


 目を覚ます。昔の夢を見ていた気がする。故郷の鬼ヶ島の景色。父と母、妹、そして領民。領民には獣人もいたが、鬼ヶ島では差別されることはなかった。むしろ島の社の神主が獣人の家系であるほどだった。おかげか一之助には獣人に対する差別意識はない。それどころか獣人の友や部下もいた。それを捨てて逃げた臆病者、一之助は自らをそう評価していた。

 泥のように沈んだ心を振りほどく。自分を追いかける刺客を切伏せ、あるいは逃げ回って、ほうほうの体で流れ着いたのがこのロンデニウムだった。故郷が恋しくないかと言えば嘘になる。しかし戦乱に追われた過去と違う今の生活を気に入ってもいた。その点で一之助は見た目とは裏腹に呑気な性格なのかもしれない。

階段を降りるとステラが既に仕込みを始めている。今日もいつもの一日が始まった。


 昼食時が終わった。いつものようにステラに声をかると一之助は一服のために裏口へと向かう。今日も忙しかったのでこれから昼食である。またも適当な具材を挟んだサンドイッチだが一服がてらに食べるにはこれがちょうどいい。裏口の扉を開けてふと横を向くと、昨日の獣人がいた。


(味をしめちまったか。)


 これだから、獣人に施しをするのはいけないのだ。獣人が飯を求めて店の周りをウロウロするのをいい目で見る人間はこの都市にはそういない。今日は追い返そうと考えるが獣人を過去の自分と重ねてしまって無視ができなかった。


「はぁ…おい、ウロウロすんな。こっちにこい。」


 一之助はサンドイッチを手に取ると獣人を手招きした。少女は昨日と同じように恐る恐るといった感じで近寄って、サンドイッチをとって去ろうとする。しかしその瞬間、一之助に首根っこを捕まれ無理やり引き止められる。


「な、なにすんだ!離せ!」


突然捕まれた獣人の少女は暴れる。しかし痩せた体躯では一之助には敵わない。一之助は少女を掴んだまま理由を告げた。


「飯を貰ったなら礼ぐらい言え。」


その言葉が予想外だったのか、あるいは抵抗しても無駄と察したのか、少女は暴れるのをぴたっとやめた。


「ありがと…」 


渋々といった感じで少女は礼を言った。


「よし、いっていいぞ。」


一之助が手を話す。少女は掴まれたところをさすると、恨めしそうな目をして去っていった。


「ほんと、何やってんだか。」


少女の背中を見ながら一之助はひとり呟いた。






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