落ち武者と捨て猫
あかねツキ
第1話 出会い
ブリタニア帝国
帝都ロンデニウム
卓越した魔法技術によって西方大陸の覇権国家となったブリタニア帝国。その首都ロンデニウムは朝の静寂さに包まれていた。春先であるがまだ空気は冷たく、人々は暖かさに包まれた布団の中で朝の訪れを呪っている頃合い。
下町の一角にある食堂…主に労働者に向けた大衆食堂の二階、そこではその他大勢の老若男女よりは少し早く男が朝の支度をしていた。
肩までかかる程度まで伸びた髪をまとめ上げる。この国には珍しい黒髪と黒い瞳を持っていた。年齢は20代後半なのだが、険しい顔つきのせいで老けても見える。東方出身にしてはがっしりとした体型をしているが肉付きが良い訳ではない。老いて見えるのは体型も理由の一つかもしれなかった。藤堂一之助、ロンデニウムでも見かけることの少ない東方出身の男だ。
一之助はいつものように身支度を整えると部屋を出て階段を降りた。
「おはようございます。カミさん。」
「おはようイチ。今日も冷えるね。」
一階の食堂では妙齢で恰幅の良い女性が既に支度を始めていた。本名はステラと言うのだが一之助や店の常連にはカミさんと呼ばれ親しまれている。
息子を戦争で亡くし数年前に夫にも先立たれたステラと、この街に流れ着いた一之助の二人で食堂は経営されている。食堂は貧民街との境界付近にありお世辞にも治安がいいとは言えない。一之助は料理師であり給仕であり用心棒として雇われていた。
最初は常連客に「若い燕を見つけてきたのか?」とからかわれていた。それに対して「あたしゃ旦那一筋さ。」がステラのいつもの口癖であった。
毎朝の日課である料理の下準備を始める。といっても凝った料理を出す店ではないので野菜や肉や魚の下処理程度だ。これを怠ると昼飯時に提供が遅れて怒号が飛び交うハメになる。
昼食時が終わり、食堂の裏口で一服する。これが一之助の日課であった。安いタバコにマッチで火をつける。紫煙があがり一息つく。今日も昼食は大繁盛だった。おかげで一之助は昼食を食べる暇がなかった。余った適当な具材をサンドイッチにして持ってきている。
タバコを一本吸い終わり飯にしようとしたとき、視線に気がついた。路地裏の奥で人影が一之助を見ていた。手入れもされずボサボサで肩にかかるくらいの銀髪。瞳は青くくりくりしているが眼光は鋭い。ボロボロの服にやせ細った身体で子供なのが分かるが歳が掴みにくい。そして頭には獣の耳がついており、尻からは尻尾が垂れていた。獣人の少女がそこにいた。
獣人、ブリタニア帝国がかつて獣人の国からさらってきた奴隷の末裔たち。今は奴隷制度は廃止されているものの、獣人は差別され殆どは貧困街で暮らしている。貧困街の近いこの辺ではよく見るが富裕層のいる区画では居るだけで官憲にしょっぴかれる。
獣人の少女はジッと一之助の方を見ていた。獣人に知り合いなどいない。なので自分に用があるとも思えない。物取りの可能性もあるが姿を見られている時点で失敗だ。一之助はしばらく思案して気がつく。目当てはこのサンドイッチだ。
一之助はサンドイッチを手に取る。獣人の少女の視線がサンドイッチに釘付けになっていた。余程腹を空かせているらしい。食べようとすると恨めしがましくこちらを見ている。
(食いづれぇ…)
一之助は店の中に戻って食べようか迷った。ふと少女の視線が合う。痩せた身体、食べ物を求めて彷徨う視線。
(カミさんに会う前の俺もこんな顔をしてたのだろうか。)
そんなことを考えてしまうともう駄目だった。ひょいひょい、と手招きをする。獣人の少女はびっくりしたようにキョロキョロと周りを見渡し、自分しかいないことを確認した。恐る恐ると言った様子で近づいてくる。
「ほら、一個やるよ。」
獣人はぱぁっと笑顔を咲かせる。しかし一瞬で顔を引き締めるとサンドイッチをひったくるように掴んで、路地裏に逃げていった。
「何やってんだか…」
こんなことをしても意味がないことは分かっている。つい偽善を果たしてしまった。心の中で自嘲すると一之助は残りのサンドイッチを手に取った。
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