第12話
「ルカさん、さっき私が髪を切ってもらってたとき、指輪――えっと、『コネクション』? で誰かとお話されて、ました?」
「うん。息子に連絡をね。良かったらこれから3人で一緒にお茶しない? あの子も今日は仕事がそんなに忙しくないらしいから」
「はい。……おしごと……?」
「息子は迷宮局の仕事をしてるんだよ。銀級で主には迷宮内の魔物討伐や護衛、だね。内壁関係は属性が足りなくてソロじゃ出来ないって嘆いてたから」
めいきゅう……迷宮……ダンジョン? ダンジョン、あるの!? 局員って、お役人さん、なんだろうか? 会社員なんだろうか? お話の中によくあるギルドの受付みたいな仕事をしている、とか? 男の人なのに……受付?
思わず目をかっぴらいてルカさんを見てしまった。バイクの上で振り向いてにこーっと笑うルカさんは、なんだかとても嬉しそうだ。
そう。今はバイクで移動中です。帰宅中。
「迷宮に興味あるの? アヴァロンの迷宮はね、いっぱい魔石が採れるし、魔物の素材も上質なのが多くてすごいんだよ。……魔物が多いから危険なんだけどね」
「魔物……! る、ルカさんも、魔物、戦ったり……とか」
「僕はしないよ。息子はしてるけどね」
「局員なのに、戦うんですか!?」
「局員だから戦うんだよ?」
局員だから戦う??
「迷宮局は迷宮を管理する仕事をしているんだよ」
「迷宮を、管理、……ですか?」
迷宮の管理とは、迷宮内に生じた魔物の討伐及びその資源の採取、色々な事象で崩れたり壊れたりした内壁の修復、壁に生じた資源の採掘、そして迷宮内の清掃があるのだそうだ。……清掃。冒険じゃなくて、清掃。
「銀級はこの内、あまり強くない魔物の討伐と内壁修復が主な仕事だね。級によって担当する仕事が少しずつ違うんだ」
銅級は清掃が中心。鉄級は資源採掘や採集。銀級を挟んで、金級は魔物討伐と迷宮内に設置された魔道具関係の管理と補修。そしてこのアヴァロンだと黒級が一番上で、魔物討伐の専門になるのだという。
危険な分、お給料は破格なんだそうだ。
「迷宮局は危険な分、いつも人手不足だからね……勤めたいなら、いつでも人員は募集してる。お給料も高いから人気があってね……制服も格好良いし。あんまり、若い子に無理はして欲しくないんだけど」
迷宮内の仕事は常時あるわけじゃなくて、迷宮外での書類仕事もそれなりにあるらしい。それでも現場が第一の仕事だから、危険は多い。
ルカさんは、あんまり迷宮局の仕事について欲しくはなさそうだった。迷宮自体は嫌いじゃなさそうなのに、どうしてだろう。息子さんも、そこにお勤めしてるのに。
それにしても制服……制服、かぁ。ちょっと気になる。どんな服なんだろう。
話しながら家に到着。私が買い物したものは『ストレージ』に入っているから、そのままで大丈夫。ルカさんは自分が買ったものをバイクの収納に仕舞っていたから、そこから大荷物を取り出していた。
……いつの間にそんなに買ったんだろう?
「ごめんね、ツムギ。入口のドアを開けて、抑えていてくれないかな」
「はい!」
どもりそうになるのを抑えて返事をして、ルカさんの先に立った。ドアを開けて――そのドアの前に、男の人が1人、立っていた。
黒い髪が風になびく。心の奥底の、更に奥が、ぎゅうっとなるような、不思議な気持ちがした。
振り向いたその人は、すごく大きな人だった。私より頭1つ分以上、大きい。見上げるほどの体躯は立派で、分厚い胸板が目にまぶしい。それなのに腰は細くて、これがリアル逆三角形かと、感動した。……すごく、すごい。私も、鍛えたら、こんな筋肉手に入るだろうか……!
「レイ! 久しぶり」
「……父さん、随分大荷物だ」
ルカさんが親しげに声を掛ける。黒髪の人は、呆れた顔でルカさんの手に持つ荷物を見ていた。
父さん、って、言った。ということは、この人がルカさんの息子さんだ……!
「あ、あの! は、初めまして! 私、ルカさんにお世話になってます、ツムギ・マキモト……、ウェリストン、です! よ、よろしくおねがい、します!!」
挨拶、大事……! 人の目を見るのは苦手だけど、最初だけは、最初くらいは……! 真っ直ぐにレイさんの目を見て、私は勢い良く頭を下げた。
………………。あれ? 何も返ってこない………………? ん? ルカさん、なんで、頭を抱えて……??
恐る恐る顔を上げたら、ものすごく真顔なレイさんがいた。表情が固まったみたいに、ぴくりとも動かない。……数秒間くらいそうして固まっていただろうか、ルカさんが「あー……あのね、レイ。この子はね――」と何か説明しようとした丁度その時、ふわり、とレイさんが私の前に跪いた。
これは、アレだ。私の背があんまり低いから視線を合わせてくれようと――にしては、どうして今私は、この人から見上げられて……? …………目が、潤んでる……ような……?
「俺の名はレイルーン・ルカスアリス・アヴァロンだ。レイでいい」
そう名乗ったレイさんは、私の手を救いあげるように持ち上げると、私のリングに、くちづけを落とした。
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