第9話
「……あの、ルカ、さん、って」
指さしちゃダメだと思うけど、指さしちゃってた。だって、どこからどう見ても、ルカさんは女性にしか見えないんだよ……!
「男だよ、私――僕。潜入時に女性に偽装していたし、その術の効力はまだ少しだけ続くから、今のところは女性だけど。元々は男性だよ」
「い、今のところは? どう見ても女性なのに……?」
「そういう魔術式を刻んだ『皮』を着ているんだ。最初に設定した期間は脱げない仕様だから、あと数日は女性のままだね。あ、顔や手足は変わらないよ。ボディだけ」
「…………じょ、…………じょそうしゅみだったんですか……?」
「趣味じゃないよ。仕事で、周囲の目を欺くためと潜入の都合から女装してただけだよ」
まぁ、現時点での性別では同性同士になるのかな? と言われて、おずおずと頷いた。……実は男だとも言いかねるのだけど、そこはまぁ………………なんとも。
しかしすでに面識もあるし、事情も最初から全部知っているし、……ご飯美味しいし、……取りあえずは問題ないと思います。
改めてお願いすると、分かった、と言って笑ったルカさんはなんだか少し嬉しそうだった。
割と面倒なのを抱え込んだことになると思うんだけどな。良いんだろうか。……良い人だな。
ルカさんは政府直轄の組織に属する人で、基本は国内の別のお仕事をしているのだそうだ。今回は潜入予定の女性職員が突然任務に就けない状態となったため、その代役として潜入していたのだとか。だからこその女装だったのだそうだ。比較的手が空いていて女装いけそうなのが部署内でルカさんしかいなかったんだそうだ。
「改めまして、ルカスウェールと言います。愛称はルカス、またはルカ。どっちでも好きな方で呼んでね」
名前についてのルール。割と長めの名前を、略名で呼ぶのが普通なんだって。ツムギは短いけど、それはそれで可愛いからそのままにしようか、って言われた。
というわけで、私の新しい名前は、「ツムギ・マキモト・ウェリストン」になった。ルカさんのウェリストン家の一員になりました!
各種書類にサインをして、私は正式にこの国の住民となった。
「では改めまして、リングの回収と授与を」
サインの終わった書類を揃えてクリップでまとめると、役所のお姉さんはにっこり笑って私の手首からリングを外した。代わりに目の前に置かれたのは、2センチ四方くらいの四角い銀色の物体だった。
「この器具を使って、この上に血を一滴垂らして下さい」
「え、っと、……はい」
手渡されたのは指先を摘まんでパチンと針を刺すクリップで、ほんの少しだけチクッとした。すぐに指先に血の粒がぷくりと膨らむ。
ぽたりと血を垂らすと、銀色キューブはぼんやりと明滅した。何度かそうしてほわんほわんしてから、やがて明るいままになった。
「はい、個人情報が承認されました。左手の中指で触れて下さい」
「……? はい」
手のひらを開いて指と指を少しだけ離して、中指だけでそっとキューブの上面に触れた。
――温かい? こんな金属みたいな見た目なのに?
驚く間もなく、指がずぷりと何の抵抗もなくキューブの中に沈み込んだ。まるで四角い形の水の中に指が飲み込まれていく、ような。
キューブはふるりと一瞬震えると、花のつぼみが開くようにふわりと広がり、指全体を包み込んだ。
「……!? な、なに――」
「大丈夫ですよ。気持ちを落ち着けて、受け入れて下さい」
ぱちりぱちりと瞬きする間に、キューブは水のように崩れて指全体を覆いつくした。指が温かく銀色に染まる。そしてその色は、じわりと指に染み込んでいった。後には中指の指の付け根にほど近いところに、ちょうど指輪の様に銀色の文様がぐるりと指を囲んで残った。おそるおそる触ってみるけれど、まるきり皮膚のようだ。なのに、見た目は複雑な文様の銀箔が張り付いているようで、けっこう綺麗だ。
なんだこれ……なんだこれ?! すっごく、魔法だ!
「リングの機能についてはどうなさいますか?」
「機能? ですか? ……機能?」
「リングの説明はルカさんからは?」
「す、少しだけ……? 身分証兼お財布みたいなもの、って」
応えると、女性は1度ルカさんを見てからにこりと笑った。……なんだろう、ちょっと怖い笑顔?
「ルカス、簡単すぎませんかその説明。まず、リングが身分証というのは正解です。アヴァロン国の正式な国民証明証となり、全ての国民の指にこの紋章が刻まれます。先ほどツムギさんの腕にあった腕輪型は仮証明書であり、滞在許可証、ですね」
リングは基本機能として、次の性能を有しているのだそうだ。
・身分証明
・能力測定
・個人金融機能
「のうりょくそくてい?」
「リングが自動的に測定してくれるんですよ。『ステータス』と唱えることで表示出来ます」
「『ステータス』」
試しに唱えれば、リングの上に半透明の薄い膜のようなものが表示され、そこに何やら文字が。……うん? 読めないな?
「あの、読めない……」
「勉強したら読めるようになるよ。『ステータス』だけだと自分にだけ見える様に、『ステータス』の後ろに『開示』を付けると人にも見える様になって、『詳細』を付けるともっと細かく色々見れて、『設定』を付けると『開示』の時に見えなくする項目を選んでおいたり出来るんだ。後で実際にやってみようね」
ちなみにこの薄い膜みたいなの、これもリングの一部なんだそうだ? 仕組みはよく分からないけど魔法的な何かなんだろう。たぶん。触ろうとしたら触れなくて、指が突き抜けた。
なお、この『ステータス』、能力値を測定・表示してくれるのと同時に、身分証明も表示するのだとか。通常は、開示用は能力値は隠して身分証明と名前だけが表示されるようにしておくのだそうだ。身分証明は国籍、所属組織や住所など。
金融機能はお財布……電子マネーみたいな感じらしい? 決済機能と個人口座機能と納税機能が三位一体で備わっていると説明された。
基本的に金銭取引は全てリングを通して行い、その内容に応じて税が課される。内容は全部リングに記録されデータとして後から参照も可能。
課税のタイミングは取り引き時に同時に発生する随時課税……つまり、消費税みたいなもの?? 後から特別纏めて取り立てられたりとかはないらしい。
なお、ここまでは腕輪型リング――仮証明書でも出来ること。正式な指輪型リングには、ここから更に色々機能を追加出来る……けど、追加は随時出来るから、急いで決めなくても良いそうだ。後からルカさんと相談して決めて下さい、と微笑まれた。
追加機能は追加機能毎に別途料金が課されるのだそうだ。なるほど。
追加出来るものを簡単に教えて貰った。
『ストレージ』『トランスポート』『コネクション』『レファレンス』『アーカイブ』『スキャン』など。
どの機能も使用するには魔力が必要なんだとか。
「ステータスの2行目に最後の項目……見方分かる? えーっとね、この文字の後ろ」
「あ、はい、えっと……ありました。これ、かな?」
「その後ろに書いてある文字、ここに書き写すって出来る?」
「はい、やってみます……? うんと……こう? かな? えっと……はい、こう?」
「ん? うん……? ちょっと待って桁間違えてない? 場所合ってる?」
「え? えっと? ……いえ、別に間違えては、ない、と……思います、けど……?」
そう言えば、能力を測定? とか言ってた様な? つまりこれが私の能力値の1つ……この塊が文字1つ……5つあるから……五桁……? ん? 他のとこは……文字……3つ……??? ……2つ? もあるな???
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