第8話

 お役所に行くのに、上着を貸してもらった。

 ジャンパー? ジャケット? どっちだろう?

 丈は腰まであって、脇も袖部分も前後2枚の布地をぽつぽつ止めてるだけ、フード付きで前は結構深く重ねて鉤ボタンで留めるなんだか不思議な形だった。綺麗な新緑色だ。

 それから「ハイ」と手渡されたのはヘルメットだった。被ると魔法で頭に固定されて、解除するまで外れない魔法のヘルメットだ。なんとヘルメットなのに全身の衝撃を吸収してくれるらしい。すごい。


 連れて行かれたのはガレージで、そこにあったのは1輪式のバイクだった。車輪が、車輪の形じゃなくて、球形だった。車部分が球形だから、上の座席部分が結構大きめ。人2人なら割と余裕だ。しかも座席シートの中が空間収納出来るタイプで、たくさん荷物持ち運び出来るんだって。ホント便利だな……。わぁ、シートベルトもある……。

 運転席? にはハンドルもあって、それを握って操作する――んじゃないんだ? え? それは単に握ってるだけ?


「『自動操縦スタート』、『交通ルール:平時』、『目的地:民生局北東区支部』」

「ほぇぇ……」

「って指定すると、目的地まで自動的に運んでくれる」


 車がほんわりと発光して動き出した。ガレージのシャッターもそれに合わせて自動的に開閉した。すごく、未来だ……!?


 スピードはそんなに速くなかった。多分自転車で走るのよりちょっと速いくらいの速さ……? 車と人とは走る場所が明確に区切られてて、同じ場所を通行は出来ないようにされていた。植栽でかなりはっきり区切られてる。

 基本的に横断歩道とかはなくて、そういう場所は空中歩道が敷かれていた。歩道橋みたいな感覚だろうか。十字路的なところも基本はなくて、どちらかが空中道か地下道になっていた。信号はほとんどない。


「道路に術式が組み込まれてるから、街中では低速での自動運転以外は出来ないようになってるんだよ。この方式になってから事故は格段に減ったんだ」

「それでもゼロじゃないんです……?」

「まぁそこは人間のすることだしね。術式改造して乗ってるやつもいるし」


 なにしろこれだと全然スピードが出ないからね、とルカさんが笑った。なるほどこちらの世界にもスピード狂はいるようだ?

 のんびりと走るバイクの上から町並みを見る。

 ルカさんの家の前には植栽があったが、それは割とどこの家もそうだった。緑が多くて、目に優しい。

 この辺りは北東区って言うんだって。役所や学校が多い地区が近くにあって、そこに勤めたり通ったりしてる人がたくさん住んでいるんだそうだ。……ってことは、ルカさんは、お役人さんってことなんだろうか?


 民政局という役所も綺麗な建物だった。ルカさんはなんだかちょっと自慢げだった。出来立ての建物なんだよ! とのこと。

 最近旧い建物を建て替えて移転が完了したばかりらしい。私も新しくなってから初めて入るんだ、と楽しそうだ。


 案内された先は窓口ではなく、その奥だった。私はレアケースとのことで、個別に対応してくれるらしい。

 出てきたのは優しそうな女性で、ルカさんとは面識がありそうだった。小さく挨拶し合って、「おかえり」って言われていた。


「ご連絡頂いていました、特2種移民の入国及び国籍取得手続きですね。かしこまりました、こちらへどうぞ」


 案内されたのは別室で、小さなローテーブルを挟んでどっしりしたソファが置かれた応接室だった。内装はすっきりシンプルで、お役所の1室という感じだ。テーブルの上には書類が一式揃えられていた。なんと読めない。そりゃそうか……この国の文字だもんね。

 ルカさんが書類を手に取り、一通りざっと目を通してから、それらを私の前に並べてくれた。多分必要順というか、確認する順だ。


「音読する――が一番手っ取り早い方法なのだけど、どうする?」

「どう、とは……?」

「ツムギが私たちを信用出来るかという話だね。勿論偽りを言うつもりはないし、魔術宣誓も行うけど、抜け穴が全くないわけじゃないから」


 魔術宣誓とは何か。魔術式を組み込んだ書式に「偽りは述べません」と宣誓し、自身に縛りを課す魔術なのだそうだ。効果時間は最小で1時間ほど。宣誓した状態で偽りを述べようとするとものすごい精神負荷が掛かるらしい。明らかに様子が変わるので、偽りを言おうとすると即バレるとのこと。なるほど。

 読み上げはルカさんと役所の女性とどちらが良いかと聞かれたので、ルカさんと答えた。大丈夫。信用、します。


「うん。じゃあ、宣誓するね」


 ルカさんは指先にどこからか取り出した針を突き刺すと、小さく膨れた赤い雫を用意されていた書類の一枚に押しつけた。ふわりと書類が発光し、うっすらと赤い魔方陣が浮き上がる。これで術式が承認されたよ、と言いながらその上に手のひらを置いた。


「我が名において、術式制限時間内に限り、これより一切の偽りを述べないことをここに誓います」


 そう宣誓してから、ルカさんは書類の説明をしてくれた。説明の前にはちゃんと偽りが言えない証明として偽名を言おうとしてくれた。私の本当の名前はツムギと言います、と言おうとしてものすごく苦しそうな顔になった。なるほど、そうなる……。

 これは国籍取得の書類で、メリットは――デメリットは――、と、書類の種類、サインした際に得られるメリットとサインしなかった際のデメリットが彼女によって説明された。


 私は特2種移民とやらで、移民の中でも特例になるのだという。異世界からの召喚者・来訪者の内、自身の意思でこちらにやって来たわけではない者全般に当てはまるもので、無条件での国籍取得権と特殊保護申請権を持つのだそうだ。この特殊保護申請権とは、自身の意思による召喚ではなかったことを宣誓・証言する代わりに、国内での言語、世界知識取得の補助、特殊後見人の申し込み、5年に限る無条件の生活・住居補助が受けられるというものだった。


「……あ、あの!」

「うん。どうしたの?」

「あの、その、特殊……後見人? っていうの、…………ルカさん、ダメ、なんですか……?」

「私?」

「色々ちゃんと教えてくれて、……助けてくれたの、で……今もこうやって、説明、してくれて……!」

「そうかぁ、信用してくれてるんだね、ありがとう。ツムギが良いなら、私も立候補するよ。私も条件は満たしているからね」


 この特殊後見人は規定値以上の収入を得られる職業に10年以上継続して就業していること、社会貢献値を満たしているものが付くことの出来るもので、この国における特2種移民の親代わりとなる存在だそうだ。


「……ルカさんがなってくれるなら、ルカさんにお願いしたい、んですけど……」

「勿論私は選んで貰えたら嬉しいんだけど、ツムギ的にはやっぱり元の性での同性の方が良いかもなって思ったんだ。本当に私で良いの?」


 ………………同性? 元の性での? え? …………………………同性では???

 えっと? 私の元々の性……女………………えっ? ルカさん、女性だよね? …………女性だよね!?!?

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