第6話

「落ち着こう? だいじょうぶだいじょうぶ、取りあえずあったかいお茶飲もうか。苦いのは大丈夫?」

「あんまり得意じゃないです……」


 どうどう、と背中をぽんぽんされながら、彼女に連れられて一階のダイニングへ。一階は昨日転移で使用された彼女の仕事部屋(シャワー室付き)とダイニングという作りだった。大きめ玄関の横は小さな車庫になってるそうだ。


 昨夜夕食を頂いたテーブルについて、入れて貰ったお茶を飲んだ。濃い茶色のお茶はちょっと渋いけど、香ばしくて美味しい。ほぅ、と大きな息が出た。少しだけ落ち着けたので、ざっくりとした事情を話した。元は女で今男……男? たぶん? 明言は難しいけど?


「つまり、見た目も性別も変わっちゃったと。……うーん、転移でそういう事象は初めて聞くかも。文献にもそういうのはなかったはずだし……途中で何かあったりした?」

「なにか、とは?」

「意識の途切れ――例えば、上位存在との邂逅とか? 記憶の連続性はどうかな?」

「そういうの、覚えてる限りは、ないかな、って……」

「そっかぁ。ん~……取りあえず朝ご飯食べようか。お腹は空いてる?」

「はい、空いてます」

「じゃあスープ温めてくるね。ちょっと待ってて」


 ルカさんはそう言うとにっこり笑った。ぽん、と温かくて大きな手が私の頭をくしゃっと撫でていった。思わず彼女の後ろ姿を瞬きしながら見送った。

 ……あたま、撫でられるのなんて、すごくすごく、ひさしぶりだぁ……。最後にあたまぽんってされたのって、いったいいつだろう。してくれたのは父さんで、ランドセル背負う前……? 父さんが事故で死んじゃった後は、母さんずっと大変で忙しくて、怒ってばっかりだったしな……。


 びっくりして、なんだかちょっとだけ、気が抜けてしまった。


 ダイニングには大きな窓がある。差し込んでくる朝日がまぶしい。なんとなくふらふらと近寄ると、外の景色が見えた。住宅街なんだろう、普通のお家が並んでいる。うーん、この、ごく普通の住宅街感。すごく異世界っぽくない。道行く人の格好も、ちょっと形は違うけど飾りの少ないすっきりとした動きやすそうな格好はスーツっぽい。どうやら時刻は早朝のようだ。


 朝ご飯はコンソメっぽいスープの中に昨日のサラダでも食べた野菜が入ったものと、丸くてころっとしたパンだった。それからちょっと太めのウィンナーを炒めたのと葉野菜が小さめのお皿に。どれも美味しかった。


 食事が終わると、後片付け。お手伝いを申し出たら、にっこり笑って「ありがとう、助かる」と言われた。やり方分かる? と聞かれたので分からないことを告げれば、やり方を教えてくれた。おおよそあちらと変わらない。けど、水を出すのに蛇口を捻るんじゃなくて魔石に魔力を通す……あ、ハイ、それは私には無理ですね……。

 ルカさんが洗った食器を布巾で拭いて片付ける方を担当した。食器棚はごく小さくて、入っている食器の数も多くはない――1人か2人、精々3人分といったところか。


 冷蔵庫みたいな箱もあった。興味津々で見つめていると、見たい? と聞かれたので頷いた。見せてくれた。

 中は案外整然としていて、パウチされた銀色のパックが並んでいた。食べ物らしい。……元の世界より未来感あるな? パウチには魔方陣が書かれていて、これで食品を『保存』しているんだそうだ。だからほんとは保冷庫にいれる必要はないんだけど、つい癖でしまってしまうんだって。『保存』されてないパウチもあるし、パウチを開けると『保存』は切れてしまう……なるほど?


 その後、身体の状態を自分でちゃんと見る為にもと、改めてお風呂に入らせてもらった。湯船にお湯を溜めて貰って、身体を洗ってあちらこちらを確認して、湯船の中で手足を伸ばした。シャワーの時に気付かなかったのは多分それだけショックだったしぼーっとしていたんだろう。鈍いだけだろとは考えたく……ないな。


 元からなかった胸については綺麗さっぱり消えていた。一応、かろうじて、Aカップ……に若干届かないくらいではあったけど、あったんだよ、いちおう。あれだけなくてもなくなればショックだし悲しいものなのだと初めて知った。知りたくなかった。

 そして初めまして下半身。つるっとしていた。うーん……。本当に『無性』なんだな。いやまぁ、下世話な話、大を出す穴と小を出すアレはあったけど。

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