第5話

 1人になってベッドにぽすんと腰を下ろした。スプリングの入っている、実に現代的なベッドだった。私が読んでいた異世界転移ものに出てくるような藁のベッドみたいなものとはまるきり違う。

 さっきまでの石の廊下や壁の灯りのファンタジー感溢れる景色から一転、ここはすごく現代っぽい。料理の食材名にファンタジーっぽさはあったけれど、それくらいだ。


 どこまで彼女の言葉を信じたら良いのか分からない。

 現実感がない。どこかふわふわしていて、まるで夢の中にいるみたいだ。でもあの時感じた傷の痛みは本物だった。今だって、手の甲を指でつねれば普通に痛い。


「帰れないんだ……なぁ……」


 ぼんやりと呟いて、そう言えば最初からカバンも手元になかったことに思い至る。あの魔方陣の部屋にも確かなかった、はず。彼女達は持ってた様な気がするけど、私のカバンは……なかった、ということは、たぶん、元の世界に落としてきたのだ。

 願わくば、誰かが拾って届けてくれたら。そしたら、母さんに私の消息が伝わるはずだ。行方不明になって心配を掛けてしまうのは心苦しいけれど、私が居ない方が母さんも幸せになれるだろうからなぁ。少し前からお付き合いしてる人がいるらしいし。


 いつの間にか、すこし眠っていたらしい。暗くなった部屋の中、扉が開くと廊下の明かりが部屋を照らした。「暗いままでどうしたの?」と聞かれたけど、別に、ぼーっとしていただけで、どうもしてない。

 自分がどんな顔をしてるのか、なんだかよく分からない。ちゃんと笑えている、かなぁ。


「あはは……ちょっと、ぼんやりして、ました」

「ご飯は食べられそう?」

「……はい。だいじょぶです。いただきます」


 夕飯は普通に美味しかった。パンは向こうで食べていたパンよりもずっともちもちした食感で、お腹にたまった。

 サラダの食感はちょっと慣れない感じだったけど、美味しいは美味しい。ドレッシングが甘塩っぱい不思議な味でハマりそうだ。


 なのに、あんまり食べられなかった。残してしまうのは申し訳なかったけれど、半分食べたらもうお腹がいっぱいで、苦しくて。無理しなくて大丈夫だよ、と言って貰えたから、ごめんなさいと謝って、残させて貰った。


「お風呂は入れる?」

「はい」

「お湯は溜まってるからいつでも大丈夫だよ。温まって、ゆっくり寝ようね」


 促されて、身支度をした。タオルと寝間着を貸して貰って、浴室に。貸して貰っている服を脱いで、畳んで。

 そして入浴しようと、浴室に入る前に、その前に置かれていた大きな姿見の前に立って。


「………………は?」


 私はそのまま、気を失った。






「はっ!?」


 飛び起きた。部屋だった。知らない部屋だ……と思いかけて、いやいや知ってる知ってる、案内してもらった部屋じゃん、と思い返した。ルカさんちの客室だ。


「……ゆ、ゆめ……?」


 心臓がばくばくする。寝る前の事がフラッシュバックのように脳裏に甦って、私は慌てて飛び起きた。寝てないよ! 気を失ったんだよ! ばばっと身体を探った。着た覚えのない寝間着を着ていた。

 そのまま真っ直ぐ浴室に駆け込み、鏡の前へ。

 身につけていた寝間着の上を、少しだけ乱暴に脱ぎ捨てた。下は流石にそのまま。


「……、ゆ、ゆめじゃ、ない……んだ……」


 そのまま、鏡の前でへたりこんだ。鏡の中の子も、私と同じように素っ裸でしゃがみ込んでいるから、たぶんもなにもなく、間違いなく、これが私だ。

 これが私なんだ。


 また目の前が暗くなりそうになるのを、頭を振って必死でこらえた。これ以上はダメでしょ。昨夜のことが夢じゃないなら、私はそこで気を失って、多分ルカさんに助けて貰っているんだから。さっきちゃんと服着てたってことはルカさんが服も着せてくれて――……あ、その時裸も見られちゃっfsっd――


「ひぇぇ……」


 情けない声しか出ない。泣きそう。鏡の中の私も泣きそうな顔をしていた。でも、私の知ってる私じゃなかった。


 鏡の中にいたのは、私と同じ髪形の、だった。イヤイヤちょっと待って、私昨日シャワー浴びたよ。身体に変化は……あんまり気にもしてなかったな。思わず鏡をまじまじ見たけど、そういや私の胸は残念ながら元からぺったん。大差ないことに涙が出そうだ。股間は――……もぞもぞ探るけど、なにか付いたりとかはしてない……ような……けどちょっと待って、なんかこう、おしりの穴しかなくない?


「せ、性転換ならぬ、性紛失……!?」


 男になったわけじゃないけど、女の子でもなくなってる感じ!?

 いやしかし、なるほど納得したところもある。あの子たちが私をあんな風に睨んだ訳だよ……同じ学校の制服着た見知らぬ男の子なんてそりゃ敵視したってしょうがない。顔も、元の私と全然似てないしな……結構可愛いけど。

 そしてあのイケメンも、『聖女』召喚だったから、男に見える私を巻き込まれた何か――従者、だと思ったってことか。


「大丈夫?」


 いつの間に来たのか、ルカさんがひょこっと私の後ろから顔を出して見下ろしていた。……そう言えば、渡された下着、下は短パンだった。なるほど……なるほど?


「あの、ルカさ、わた、わたし、男の子……」

「うん。……うん? あれ? え? 何言ってるの?」

「わたし、わたし、女、なんですぅ……どうしてこんな、こんなのって……」


 あ。だめだ。涙が溢れて止まらない。えぐえぐと喉が情けなく鳴る。頭の中が混乱して、どうしたらいいのかもうわからないよ!

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