第4話
「……今すぐに助け出すことは出来ない。けれどこちらの息の掛かった人を通じて出来る限りのサポートはさせてもらうつもりだし、機会を伺って助け出すから心配しないで」
言葉に嘘は感じられなかった。……にぶちんの私に分かる範囲では、だけど。
今はこれ以上つっこんでもどうにもならないんだろうな。
聖女とはなにか、という問いにも答えをくれた。
曰く、「象徴」だそうだ。この国はかつて魔法大国であった時代があり、今回行使された召喚術もその頃の名残なのだそうだ。後世――つまり今現状の最新魔術理論では明らかな欠陥があることが判明しており、禁術とされてしまっているけれど、それさえも彼ら魔法大国の末裔である王家からすると許しがたい横暴であり暴挙である、という認識らしい。そしてこの国はかつてその召喚術で招いた異世界人の「聖女」による救国の伝説と彼女が王家に嫁いだ歴史があるのだそうだ。
「招いた異世界人が全員かつての伝説の聖女と同様の力を持っている――とは限らないんだけどね。だとしても、象徴とすることは出来るだろうから、そう酷い扱いはされないと思うよ。何せ聖女召喚を行ったことも、成功したことも、近隣諸国に盛大に発表している頃合いだろうから」
……。つまり彼らは自分たちで『違法召喚やりましたー!』って喧伝するのか。アホなのかな?
ついでに言うなら、今の世界は平和だそうだ。彼女の母国である魔術大国アヴァロンを初めとした5つの国が世界をまとめあげており、各国間の関係も非常に友好的なんだとか。
「何だかんだ言ってね、商売が世界を救うんだよ。各国間の商取引を円滑にして、各国がそれぞれ他国に依存する面を持ち合うんだ。戦争して相手国に損害があれば自国が立ち行かない状況を複雑に入り組ませて作り上げれば、そう易々と戦争なんて出来ないのさ」
そしてアヴァロンは世界の盟主であり、バランサーなのだそうだ。アヴァロンが世界に対して平等でありまたその公正さを信頼されているのは、ひとえに彼らの住む国の盟主が『人ではないから』なのだという。
「君も盟主を見たら吃驚するよ。すごく綺麗な方だから」
そして更に衝撃的な事実も伝えられた。私達が今いるこの部屋は入り口の鍵を一定の術式で『閉じる』ことで術式が発動し、部屋の入り口が接続している場所を変えてしまうのだそうだ。
今居る場所も、元々アヴァロンにある彼女の家の一室で、それを無理矢理城の一室の出入り口と重ねていた物を、解除したのだとかなんだとか。
割と、ひどい。何もかもが事後報告だ。
実際、扉が開いたら確かに全然違うごく普通の家の廊下に繋がった。なんというか、近代建築っぽい。普通に普通の家って感じだった。
「バタバタして疲れただろ? お腹は空いてる?」
「あんまり……」
「じゃ、お夕飯は少し軽めにしようか。なにか苦手な食べ物とか食材はある?」
「せ、セロリとか? 癖とか香りとか強いお野菜、あんまり好きじゃないです……」
「了解。宗教的な禁忌で食べられないとか、食べないといけないものはある?」
「あ、そういうのは全然なしです」
それなら、と言いながら、サラサラと彼女は手元のメモに文字と絵を描く。うわぁ、うまい。
出来上がった絵に描かれていたのはサラダとホットサンドだった。
「ルッコの葉とラパスの茎にミモザを乗せたアヴァロンだと定番のサラダと、こっちはパンの間にベーコンと卵を挟んだホットサンドだよ。大丈夫そう?」
「えと、サラダの具材が全部知らない名前……です」
「ルッコはしゃわしゃわした柔らかい葉っぱで、ラパスはちょっと酸っぱいけどしゃくしゃくした歯ごたえが楽しい細長い茎を食べる野菜で、ミモザは黄色く実が熟するちょっと甘い野菜だよ。食べられなかったら無理せず残して大丈夫だからね」
「わ、わかりました……、がんばってみます」
あとこれを渡しておくよ、と不思議な銀色の輪を差し出された。うすっぺたい銀箔の輪っか???
何ですか? と尋ねたら、「リング」というものらしい。リング? 輪? いや、確かに輪っかだけど。
「左手を出して」
「こう、ですか……?」
差し出した左手の手首に、彼女が手にした「リング」を通した。するり、と輪が縮まって、手首にはまった。
「わ、わぁ!?」
「自動調整機能付きなんだ。水やお湯に濡れても平気だよ」
「な、なんですかこれ!? ま、まほう……?」
「うん。魔術式が刻まれてる。私のこの指にはまってるのの腕輪版で、機能制限タイプ。他の国から来た人に貸与されるものなんだけど、身分証兼お財布みたいなものなんだ。一応中に君が魔術局預かりの身であることを示す仮の身分証と、ちょっとだけお金も入ってるよ。3万リルだけだけどね」
「な、なるほど……? 外すのはどうしたら?」
「外れない」
「……は?」
「外れない。外せるのはこの国を出てリングを返却する時か、正式な指輪型のリングを嵌めるときだけだよ」
「え、えと、それは」
「っていうか、外したら駄目。この国では、リングをしてない状態での一定時間以上の国内滞在は違法なんだよ。他国の人でも自国民でも同じで、犯罪行為になってしまうんだ」
なので絶対に外そうとしないように、と念を押された。
リングの承認がされていない生体反応は「人」と見做されないので、狩られる対象になるらしいし狩っても罪には問われないとかなんとか……こ、怖すぎるんだけど……。
案内された二階の部屋は、どうやら客室らしい。部屋は他に2つあって、1つは彼女の部屋の様だった。残り一部屋は何だろうと見ていたら、ひょいと開けて見せてくれた。風呂場だった。湯船もあるから、ご飯を食べたらゆっくり浸かって休むと良いよ、とのことだ。
ベッドが1つ。こしらえのタンスが1つ。壁際に平デスクが置かれその前に折りたたみ式の椅子が1つ。窓はなし。掃除は行き届いていて清潔そうだが、少しシンプル過ぎる寂しい部屋だった。
タンスの中のハンガーを借りて制服を吊した。替えの服がいるねぇ、明日買いに行こうかと言われて、曖昧に笑って頷いた。夕食が出来たら呼ぶから、それまで少し休んでおいで。色々あって疲れただろ? と言われ、頷いて部屋を出て行く彼女の背中を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます