第3話
「……あ、ああー……けっこう、縮んだ……? ご、ごめんね……?」
「だ、だいじょぶ、です……。ブラウスやスカートは無事? っぽいので、……あと、ちょっと大きめサイズだったから、まだ、なんとか……せ、洗濯、ありがと、ございました……」
脱いだブレザーを抱きしめる。目の前がじわじわと滲む。
泣きそうなのを堪えて目を擦ると、元黒ローブさんに手を引かれた。改めて「ごめんね、気がつかなくて。弁償するから」「い、いいです、……だいじょぶです」を繰り返してから、部屋の隅にあるソファに腰掛けるよう促されて、半泣きのままそこに腰掛けた。
「取りあえず、傷の手当てしちゃおう。しみるけど、我慢してね」
「さ、さっきみたいに、魔法でちょちょいって治せたり、しないんです、か……?」
「人の身体は繊細だからねぇ。魔法って大雑把だから、基本、他人の身体には使えないんだよ。自分の身体だと割と融通利くんだけどね」
彼女はそう言うと、棚から取り出した小さな箱からいくつかの瓶と小皿を取り出し、ソファ横のサイドテーブルに置いた。小皿の上に複数の瓶から液体を垂らして、同じように取り出した小さな綿の塊で混ぜ合わせる。そして、うっすらと緑に染まったそれで膝と頬の擦り傷をぽんぽんと軽くはたいた。
じわっと傷に薬がしみて痛むのに、目と口を固く閉じた。じくじくとした痛みは、けれどすぐに引いていく。後は少しだけ傷跡が温かいような不思議な感覚だけが残った。
あれ? もう……痛くない?
「はい、治ったよ」
「え、もう!?」
「すごいでしょ? 特製なんだよ」
薬も箱も片付けると、彼女は私の横に腰を下ろした。身体ごと私の方を向いて、真っ直ぐに私を見つめた。思わず私も、身体を彼女の方に向け、真正面から対峙した。
「君は落ち着いているね」
「お、おちっ、ついて、なんて、ないです」
「ここまで誰のことも非難しないし、叫ぶことも暴れることもない。声さえ荒らげない。十分落ち着いているよ。すごいと思う」
「あの、さっきの金髪の人、召喚とか、……聖女、とか、言ってましたけど、どど、どういうこと、なんでしょうか」
言葉がどもる。舌が上手く回らない。恥ずかしい……けど、聞いておかないと。
聖女ねぇ、と元黒ローブさんはなんとももの言いたげな微妙な顔で薄く笑った。
「その前に自己紹介しておこうか。――私はルカ。魔術大国アヴァロンの魔法使いで、この国で間諜をしていた」
「は……?」
なんか変な情報ぶっ込まれた。
……かんちょー……間諜……? って、聞こえた、ような……?
「間者、スパイ……どう言えば分かりやすいかな」
「あ、スパイで分かります。分かりやすいです。スパイ、なんですか……? それ、私に言っちゃって、良いんですか……?」
「うん。君を連れ帰って任務完了したから大丈夫」
私が任務だった? え? どういうこと? なんで大丈夫? 連れ帰って任務完了した? ――過去形?
「まず、現在の状況を説明するね。君とあの子たち2人は、この国に魔術を用いて召喚されました。ここは君達の住んでいた世界とは異なる世界です」
「は、はぁ……」
「あれ、驚かないんだね」
「えっと、小説とか漫画とかで、割と良くあるお話っていうか」
「なるほど、君がいたのは娯楽的な物語がとても発達している世界なんだね。文化的にかなり成熟している世界ってことか……。……えっと、それでね、異世界からの召喚というのは、私達の世界では禁忌の術式でね。違法なんだ」
禁忌。違法。……え、それって、禁忌を犯して呼び出したものは処分とかそういう。
「私はこの国がその禁忌を自国の魔法使いに強要しているという情報を受けてきたんだ。その情報の真偽の確認と阻止のために。ただ、確認が取れた時には、……タイミング的にどうしても止められないところまで進んじゃっていてね。
術式の発動を阻害すると別方面で影響が出てしまいそうだったから、仕方なく次善策として、術式に細工をして発動時に向こうで発光するように細工したんだ。
召喚術式は発動まで少し時間がかかるし、足下が光れば普通の人なら逃げ出すだろうから、発動させつつも被害者を出さない方向で術を処分する予定――だったんだけど」
まさか最後に3人も召喚されてしまうなんてね。と溜め息を吐かれてしまった。……ご、ごめんなさい? 私は、一応、避けようとはしたんだよ……。
「そしてね、申し訳ないけど、送り返してあげることが出来ない。何しろさっきも言ったとおり、魔術って大雑把でね……。無事に返してあげられる算段が付かないんだ。とりあえず、3人とも五体満足でこちらに来れて良かったよ。これまでだと事故で四肢が欠損とか、色々あったから」
彼女の言葉にぞっとする。
これまでこの国が召喚術式を行った回数は3回。初回は術式自体が未完成であったものをそのまま強行した為に術式を刻んだ建物が崩壊し術者が犠牲となった。二回目は1人を召喚出来た。……が、片手片足欠損状態での召喚となり、即座に救命措置がとられたものの失血により召喚者は死亡した。そして今回が三回目となり、ようやくの成功だったらしい。
「君の身柄については、私が保護させてもらった。君はこの国が違法召喚に手を染めたことを示す生き証人でもあるからね」
「決定、なん……です?」
「うん。その代わり、不安かもしれないけど、身の安全は保障する。これからの身元の保証や暮らしや、身の立て方の手助けも約束する」
「な、なるほど……?」
帰せない。違法行為の証人。だから、そうなる代わりに、ある程度守ってくれるし、いろいろ助けてくれるってこと……かな。
ちらりと見ると、すごく真面目な顔でこちらを見ていた。
嘘を言ってるわけじゃない、みたいだ。
取りあえず、命は、無事。最初から何もしてもらえずに追放されるとか追い出されちゃうとかは、ない……のなら、最低最悪なスタートではない、……かな。
「あの……あの子たちは、どうなっちゃうんで、しょうか……」
気になるのは、あとはそれだ。
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