第2話 わたくし、何をしてますの?

木漏れ日が差し込む昼下がり。

賊の山がなくなり、いつもの中庭に戻った知らせを聞き、わたくしは中庭に移動し、ゆったりとマシューのいれてくれた紅茶を飲む。


紅茶は、わたくし好みでほんのり甘く、柔らかい舌触りの紅茶である。


爽やかな風が、中庭の木々の葉をザワザワと揺らし、少しツンっとした緑の香りを届けてくれる。



(はぁ、なんて穏やかな時間なのかしら)



ティーカップを置き、ほうっと小さく息を漏らす。

自らの吐き出した吐息に、少しだけ紅茶の香りが着いており、それがまたとても良い香りで思わず笑みが浮かぶ。


なんと、心落ち着くひと時なのだろうか?

先程、胃もたれしそうな騎士団の方々の紹介に、思っていた以上の(精神的な)ダメージを受け、休憩を申し出たのが数分前。


フルーツェルと団員の方々が、それぞれの任務に戻って行っていただいたことで、わたくしはようやく、こうして心休まる時間を確保することに成功した。




「・・・・お嬢様。この後のご予定を見直しましょうか?

少々・・・かなり、お疲れなご様子ですが?」


「いいえ、それには及びませんわ。

確か、午後からは剣のお稽古だったかしら?」




わたくしの確認の言葉に、マシューは静かに頷き、メガネを少し押し上げる。




「はい、お嬢様。本日は講師の方と模擬戦をする予定になっております。」


「・・・そう」




マシューの言葉に、興味なさげに返したわたくしは、再び紅茶を1口飲む。


今日の鍛錬、かなり退屈なものになることが確定してしまったのだ、わたくしだってこういった態度をとってしまう時だってあるのだ。


普段ならつくろうことができるのだが、精神的に疲れが溜まっている今であれば尚更である。


案の定、少々渋い顔をして、こちらを見ているマシューに、わたくしはバツが悪くなり、ゆっくりと席を立ち、午後の準備をするために更衣室へと向かった。



そして、この時ゾワリッと妙な悪寒を感じ、わたくしは思わず「ひっ」と小さな声が自然と口から漏れた。




「お、お嬢様!いかがなさいましたか?!」


「な、なんでもありませんわ!!」




慌てた様子で周囲を警戒するマシューに、わたくしはそう返事をして、そそくさと修練場の更衣室を目指す。



な、なんだったのだろうか?

いま、とてつもなく嫌な何かを感じた気が




妙な悪寒を感じながらも、わたくしは普段より少しだけ足早になりながらも、修練場の更衣室を目指した。












=========




「・・・なるほど、そういう事でしたの?」




更衣室で、トレーニングウェアに着替えたわたくしは、鍛錬用の木剣を手に、修練場を訪れた。


ここは、四方を壁で囲われた屋外にあり、天井は無い。

地面は、しっかりと踏み固められた土で、ところどころ背の短い草が生えている。



そして、そこに待っていたのは─────




「はーっはっはっー!!

踏み込みが甘い!剣筋がブレている!目線を切るな!重心をもっと意識しろ!

隙がでかぁーーーーい!!!」


「ひっ、ひいいぃぃぃぃいいいーー!!」




本日、わたくしと模擬戦をする予定になっていた講師の方が、大男に片手でバシバシと木剣で何度も何度も叩かれている姿であった。

見覚えのある大男の姿に、声をかけようとしたその時、講師の方が大男に仕掛ける。



講師の方は男性で、わたくしと同じトレーニングウェアを着ており、手にはロングソードを持ち、頭には兜を模した分厚い革製の被り物をしている。

一方、大男は、かなりの軽装で、頭に皮の被り物もしていなかった。

持っているのも、木剣ではなく、ただの木の棒であった。


それなのに、服は修練場の土汚れでかなり汚れており、守られているはずの顔は少しだけ青くなっている。


そして、わたくしが止めに入るよりも少し早く、講師の方が振り上げたロングソードをうち払われ、あえなく木剣を手放してしまう。

両目を見開いて驚いた様子の講師に、大男はその隙をつくように、がら空きになった胴体に木剣をフルスイングした。


すると、講師は呻くような声を漏らしながら白目を剥き、そのまま身体が宙を舞い、ドシャッと少し離れた地面に背中から落ちた。




「はーっはっはっ!!

ルナ嬢の本日の講師と聞いたから、どれほどの実力かと思えば、大したことない男だったようだな!!!

この程度なら、全く稽古にならないでしょうなぁ〜、、、、ねぇ?ルナ嬢??」




大男が、快活な笑い声を上げながら、木剣を肩に担ぎ、こちらを振り返った。

わたくしは、小さくため息を吐きながら、大男に声をかける。




「随分と手荒い歓迎を致しましたのね?

それで、わたくしの講師の方を倒して、なんのおつもりなのかしら、団長様?」




大男改め、フルーツェルは、私にそう言われて、バツが悪そうに頬をかいた。




「水臭いですねぇ〜、呼び捨てでいいですって!!

それに、剣術の稽古ですよね?!

ここはひとつ、俺もルナ嬢の噂が本当かどうか確かめようと思ったわけですよ!!」


「・・・どういうことですの?」




フルーツェルの言葉に、わたくしは腰に提げている木剣を抜き、構えをとる。




「あなた、何を知っていますの?」




眼をスーッと細め、意図せず低くなってしまった声色に、驚いたように眼を開いたフルーツェル。

だが、直ぐに口元がニヤリと歪められ、わざとらしく肩を竦めて見せた。




「うちは、情報屋も兼ねてる組織でしてね?

噂話なんかも集めるんですよ?


眉目秀麗にして、咲き誇る花のような笑顔、声は鈴を鳴らしたような美しい声。

誰でも1度は憧れる高嶺の花。

誰が呼び始めたのか、ついた呼び名が



"青の令嬢"



だが、その呼び名ともうひとつ!!!


近付く男のことごとくを、その類まれなる剣の腕でなぎ払い、切り伏せる。

あまりの強さに、生半可な冒険者や騎士ですら相手にならないその実力。

無闇に近付く輩を寄せ付けない花の棘。

着いた呼び名が───"青薔薇の令嬢"ブルーローズ・メイデン


孤高の青い戦乙女!!

不屈の令嬢!!

戦場に咲く一輪の薔薇ぁあー!!!」




芝居がかった動きで、まるで詩人のように朗々とわたくしの(不本意な)呼び名を叫ぶフルーツェルに、イラッとしたわたくしは、自然と笑顔を浮かべ、首を傾げてみせた。




「あらあらうふふ。随分ご存知ですのね?

どこでお聞きになったのかしら?

その話、そこまで広まってるはずはないはずなのだけれど??


と・く・に、後半ほとんどわたくしも聞いたことがない呼び名なのですけれど、誰がそんなことを言ってますの???」


「え?どこって、ルナ嬢と手合わせした奴らに決まってるじゃないですか!!

顔を真っ青にして、まるで死の淵から生還したみたいな顔でガタガタ震えながら教えてくれましたよ!!!


まあ、呼び名以外は俺が勝手に今付け加えたんですけどね?なかなかいいでしょ?」




フルーツェルのその言葉を聞くのと、わたくしがフルーツェルの側頭部に木剣を振るったのはほぼ同時だった。


ゆっくりだが確実に彼に近付いていたわたくしは、確実にその横顔をとらえ、木剣にも確かな手応えがあった。


だが、直ぐに違和感に気がついたわたくしは、素早く剣を引き、くるりとその場で回転し、そのままの勢いで木剣を横なぎに振り抜いた。


すると今度は、空を切る虚しい音がブンッとなっただけで、いつの間にか姿を消していたフルーツェルに、わたくしは唖然とした。



(わたくしが、相手を見失った???

索敵の魔術はここに入った瞬間から展開していますわ・・・一体どこに??)




体勢を取り直し、周囲を素早く目視しつつ、索敵の魔術をさらに広くさせる。


すると、突然背後から気配を感じ、わたくしは素早く後ろを振り返った。

すると、ほっぺたに何かがぷにっと突き刺さり、あまりのことにわたくしは固まった。


よく見れば、いたずらっぽい笑みを浮かべたフルーツェルが、人差し指を立てた手をこちらに向けており、その指が、わたくしのほっぺたにちょうどささる位置に構えて突っ立っていたのだ。


け、気配を感じ取れなかった?!

しかも、今感じ取れたのは、もしかしてわざと?!




「かなりの戦闘センス、剣の腕ですね!

索敵の精度もかなりいい線いってますね?

まあ、実戦経験の浅さのせいでかなり隙だらけですけど、その辺の奴らにならこれでも充分通じますね?」


「っ?!にゃ、にゃにお!」




ほっぺたに指がささっているので、言葉がうまくでず、あまりに間抜けな声に恥ずかしくなって顔が熱くなっているのが分かってしまう。

すると、嬉しそうにニカッと笑みを浮かべたフルーツェルは、指を戻して、今度は両腕を胸の前で組んで仁王立ちした。




「あー、力も足りてませんね?女性と考えれば十分かもしれませんが、戦ではそんなことを加味してくれる相手はいません。

戦闘スタイル的にも、このままじゃいずれ死にますね?


・・・てわけで、本日は模擬戦はやめて、基礎練にしましょうか?


ここまでの才能が潰れるのは惜しいですし、いいですよね?」


「・・・そんな勝手が、許されると思ってますの?」




頬を擦りながら、フルーツェルを睨みつける。

すると、彼は少しだけ驚いた様子で目を見開き、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。




「あちゃー、こりゃ別の問題があるかぁ。

───それじゃ、こういうのはどうですか?


これから俺が、これでルナ嬢の木剣を打ち払います。

軌道も、打ち払う位置も、タイミングも教えます。


それでもし、ルナ嬢が剣を持ったままでいられたら、今日は大人しく言うことを聞きましょう!!


ですが、ダメなら大人しく基礎練してもらいます!!

いかがですか?」




そう言って、近くにほおっていた木の棒を拾い上げたフルーツェルは、わたくしの持っている木剣を指しながらそう言いはなった。




「・・・あらあら、うふふ」




あまりのことに、わたくしは小さく笑ってしまった。

その、こちらを侮った条件や態度に、かなりカチンっと来てしまった。




まあ、冷静に考えれば確かに、そういう評価になるだろう。


相手は、大陸最強の男

かたや、ただ剣の腕がたつだけの令嬢


どんなに強いと言われていても、どんなに剣の才能があると言われていても、自分より強いわけがない。

ましてや、これほどハンデをつけてもまだまだ実力に開きがある。



本当、本当に、、、、、




















────舐められたものですこと?








わたくしの中で、何かがブチリッと音をたててちぎれる。

自然と、顔は笑顔で固定され、木剣を握る手に力がこもる。




「団長様?1つ、確認してもよろしいかしら??」


「ええ、ええ!なんでもどうぞ?

1つと言わずいくらでも?

なんなら、俺が補助もしましょうか?」


「あらあらうふふ。でしたら、わたくしからも条件をお出ししても??

─────もし、わたくしが受けきれなかったら、1?」


「ええっっ?!?!?!?!?!」




わたくしからの条件の追加に、フルーツェルは素っ頓狂な声を上げて固まる。

すると、わたわたしながら訂正を求めてきた。




「い、いやいやいやいや!!!なんでそーなるんです?!

これでもかなりそっちが不利なんですよ?!

俺が不利になる条件ならともかく、なんで俺が得する条件を?!?!」


「・・・あらあら、うふふ?」




これ以上は、言葉はいらないでしょう。


わたくしは、剣をしっかりと構え、両手で剣を持ち、腰を少しだけ落とした。

ポピュラーな剣の構え。




「わたくしの準備はいいですわ?

いつでも、うち払ってくださいまし?」


「い、いやいやいや!ですから!!!」


「・・・フルーツェル様」




食い下がろうとするフルーツェルに、わたくしは小さく呼びかけた。

そして、真っ直ぐ彼を見つめて、ただ一言、告げた。




「きなさい、フルーツェル」




あたふたしていた彼は、わたくしの一言で、ピタリと動きを止め、わずかに固まっていたかと思うと、ため息をついて棒を左手に持ち、渋い顔でこちらを見た。




「全く、強情なお嬢様だな、あんた?


それじゃあ、これからやりますよ?

俺の木の棒で、ルナ嬢の木剣の右手側、その側面を打ちます。

軌道はあなたから見て右上段から、斜め。

左下へと振り下ろします。

振る時は、俺から声をかけるんで、絶対に木剣を手放さないでくださいね?

分かりましたか?」


「・・・ええ、いつでもどうぞ?」




フルーツェルの言葉に、そう返すと、フルーツェルは木の棒をゆっくり振り上げた。

このまま、この棒はわたくしの剣を左下に叩きつける。

そう教えるように振り上げられた木剣に、わたくしはしっかりと剣を握り直し、来るべき衝撃に備える。



大丈夫、何度もやってきた。

今回は、フルーツェルも油断している。

確実に決まるはずである。



内心、彼の呆気に取られた顔を思い浮かべながら、静かに、だがしっかりと集中して来るべき衝撃を待つ。


視線は、自ずと彼の握る木の棒へ

振り上げられ、今にも振り下ろされようとしている木の棒。

警戒しながらも、それが僅かにこちらへ振り下ろされる初動を捉えた。




軌道もわかる、打たれる位置もわかる。

不明なのは、迫り来る速度と力


とんでもないことだけは分かる。

もはや反則で、理不尽で、強烈な一撃が。



なので、わたくしも反則ズルをする。


(腕に[肉体強化]、さらに、視覚を[感覚強化]!)


わたくしが無詠唱で可能な魔術、[肉体強化]と[感覚強化]を並列発動する。


こうすることで、この瞬間だけは大の大人の男性よりも力強く、通常の人よりも視覚能力が強化される。


これで、木剣に当たる瞬間に握りを強くすれば、耐えられるはずである。


強化された視界で見て、こちらに振り下ろされようとする木の棒が、わたくしの木剣に迫る。

強化している上でこの速度、おそらく感覚強化をしてなければ何が起こったかすら分からない速さで木剣を払われ、無様に負けていたでしょう。


ですが、ここまで捉えられるなら、あとは当たる瞬間に力を込めるだけ!



あと数センチ、あと数十ミリ、あと数ミリ


─────今っ!!






わたくしは、強化された力を解放し、ギュッと木剣の柄を握る。

その瞬間、木の棒が当たり、凄まじい力が、わたくしの木剣を伝い、わたくしの腕にその威力を伝達してきた。


そのあまりの強さに驚き、だが、絶対に負けないという強い意志でさらに柄を握る。


そして、完全に木の棒が木剣の側面にうち据えられ、このまま止まるであろうと確信したわたくしは、思わず笑みを浮かべそうになり、違和感に気がついた。


振るわれた木の棒が、全く止まらないのだ。

渾身の力で握っているはずの手が、僅かに押し負けて開こうとしているのだ。


わたくしの手が、わたくしの意志とは関係なく、ジョジョに指が解かれ、木剣を、手放しそうになっているのだ!!



(う、うそっ?!わたくし、[肉体強化]まで使っていますのよ?!)



あまりのことに、思わず視線を手元から、フルーツェルに向ける。


そして、見てしまった。


ああ、見る必要はなかったのに、見てしまったのだ。



こちらが、必死に耐えてやろうと

必死に抗ってやろうと

必死に勝ってやろうと


そんなわたくしを





───にやけていやらしい笑みで見つめるフルーツェルを!!!





その瞬間、魔術が切れ、小気味のいい

スパーンッ!、カランカランカランカランッ、という音を聞き、わたくしは手の中から木剣がなくなり、代わりに地面に打ち据えられた木剣がある

ことを理解した。


すると、木の棒を振り下ろした体制のまま、フルーツェルが真剣な顔でこちらを見ていることに気がつき、思わず睨み返してしまった。




「・・・では、約束通り。

今日は基礎訓練を致しましょう!!


ほらほら、時間が無いですよ?まずはランニングです!行きますよ??」




木の棒を肩に担ぎ、妙に元気な声でそう言うフルーツェルに、わたくしはキッと鋭い視線で訴えかけた。

すると、彼は困った様子で肩を竦めた。




「睨まれても困りますよ?

ほら、行きますよ?」


「ご、誤魔化さないでくださいまし!!

あなた、わざとはぐらかしていますわよね!!!」




わたくしの言葉に、真面目な顔で眼をパチパチさせた彼は、ため息をついた。




「何かと思えば、それですか?

望むものなんて、なーんにもないですって!」


「嘘をおっしゃい!!!

あなた!さっきまでいやらしい顔でわたくしに棒を振り下ろしてたでしょ!!!無欲な訳ありませんわ!!!」


「何の話ですか?!

バカ言ってないで、ほらほら走った走った!!

来ないなら、俺先に走ってますからね!」


「お、お待ちなさい!!!

どこまでもわたくしのことをバカにして!!

許しませんわよ!!!」




逃げるように駆け出したフルーツェルの後を追い、わたくしは彼を追いかける形で結局修練場の外周を何周も走らされることになる。



そして、その後もあれやこれやと逃げられながら、結局基礎訓練を全てやらされ、今日の午後の鍛錬は終わりを迎えたのであった。


















=====その日の夜=====




「はぁ、疲れましたわ」




湯浴みを済ませ、自室に戻り、ベッドの倒れ込むように沈む。

ふんわりと花の香りのする毛布と、湯浴みの時に髪につけた香油がほのかに香り、とてもいい匂いが鼻をくすぐる。

枕からも、太陽の香りがして、ポカポカと僅かに暖かい。


全てがわたくしをリラックスさせ、眠りへと誘ってくれる。


ほうっと息を吐き、モゾモゾと毛布を被ると、視線を横へと移す。

視線の先には、薄いカーテンの掛けられている窓があり、そこから月の光が差し込み、僅かに室内を照らしていた。




静かに目を閉じ、今日の出来事を振り返る。


あまりに強烈で、濃い1日


何の変哲もないティータイムから始まり、そこから見たこともない一癖も二癖もある方々。

大陸最強で、常に無礼な大男による、基礎訓練。



そして、それを通じて感じた、自らの非力さ





相手が相手ではあったが、本当に手も足も出なかった。

こちらは、反則までしたのに、全く歯が立たなかった。


無造作に振られ、全てを伝えられ、全く力を発揮していない状態で、何も出来なかった。



あの時、どうしてわたくしはあそこまでイライラしてしまったのが、今なら分かる。


わたくしは、プライドがあったのだ。

並大抵の相手には、負けないと。

令嬢と侮る相手や、無粋な男性には負けないと。


ただ、全く甘くてとんでもない勘違いだったのだ。


あれは、普通の男性くらいかそれより強いくらいの実力で振るっていた一撃だった。


だからわたくしは、ずるをして、不意をつこうとした。

あわよくば、一撃を見舞ってやろうとしたくらいに。



でも、彼はわたくしが、魔術を使っていることも、おそらく分かっていた。

だから、少しだけ、ほんの少しだけ、力を加えてきたのだ。


今なら分かる、あれは侮っていた訳ではなく、こちらを労わっていたのだ。


そうしないと、少し力を出すだけで、壊してしまうと分かっていたから。

ほんの少しだけ力を込めるだけで、わたくし程度吹き飛ばしてしまいそうになるから。



剣の腕がたつ???

青薔薇の令嬢????



そう呼ばれて、どこかで奢っていたのだろう、嫌っているフリをして、どこかで誇っていたのだろう。



そう、きっとそうなのだ。

そうでなければ、説明がつかない。




「・・・ふっ、うぐっ・・・うっ

・・・ふえぇぇ〜っ」





この、悔しい気持ちや、涙に、理由が付けられない。





その夜、わたくしの部屋からすすり泣くような声が聞こえて来ていたのだろうが、誰一人として、その声を聞いたと言うものはいなかった。










そう、1人もいなかった












=========




「おはようございます!ルナ嬢!!!

あれ?目赤く無いですか?!

もしかして、昨日の訓練辛すぎて泣いてました??

うわぁー!キツかったですか?!

すいません、やりすぎてましたね!!


痛いところとかあります?筋肉痛ならマッサージでやわらぐんで!後でハルを連れてきますけどどうします??」





────元凶のこの男以外は!!!




次の日の朝、ベラベラと喋るフルーツェルに、怒りで震え、またランニングもどきをこおなったってしまったのは、仕方の無いことだと思う。



ほんとに、ほんとにわたくし






わたくしは、何をしていますの?!




ああ、腹立たしい!!

お待ちなさいっ!!

フルーツェル!!!!

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青の令嬢 〜今日も私の騎士団の様子がおかしい〜 @040413shun

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