第5話 異世界の村との出会い
郁夫は森を抜けて広い道に出ると、遠くに小さな村が見えた。セントリ村というその村は、畑が広がり、作物を育てる人々の姿があった。自然と調和したその景色は、かつて郁夫が通っていた農業高校の風景を思い出させた。
「こんな場所なら、きっと異世界の食文化を学べるかもしれない」と、郁夫は胸を弾ませ、村へと向かうことにした。
村の入り口で、農作業を終えたばかりの若い女性が彼に気づき、笑顔で話しかけてきた。
「こんにちは、見かけない顔ですね。旅の方ですか?」
「ええ、少し旅をしていて、この村を訪れてみたくて。ここはどんな場所なんですか?」
「ここはセントリ村と言って、主に農業を営んでいる小さな村です。特に目立ったものはないけれど、作物がとてもよく育つんです。もしよかったら、少し村を見ていきませんか?」
郁夫は興味深く頷き、彼女に案内してもらうことにした。村の中は静かで、村人たちが協力して農作業や市場での取引を行っていた。その中で郁夫の目に留まったのは、市場に並んだ奇妙な乳製品の塊だった。それは、熟成チーズのように見えるものではなく、もっと滑らかで、一見するだけでは乳製品だとわからないほどの不思議な形状をしていた。
「これは何ですか?」と郁夫が尋ねると、市場の主人は自慢げに説明してくれた。
「これは『スムージークレイ』というんだ。山の特殊な粘土と牛の乳を混ぜ合わせて、独特の舌触りと風味を作り出す。我々の村の特産品だよ。」
「粘土と乳の組み合わせなんて、想像もつかないな……」
郁夫は少し驚いたが、異世界の文化や食材の独自性を感じ、興味をそそられた。彼は市場でそのスムージークレイを試しに一口食べてみた。舌に触れた瞬間、滑らかで柔らかく、ほんのり甘味が広がる。その味わいは、これまでの乳製品とはまったく異なる食感だった。
「これは不思議な食べ物ですね。どうやって作っているんですか?」
「山で採れる特別な粘土を使っているんだ。水を含ませると不思議な味わいが出るんだが、特にこの村の土壌で育った草を食べた牛の乳と組み合わせることで、こんな風に柔らかくて美味しいものができるんだよ。」
郁夫はその説明に耳を傾け、異世界の素材が持つ独自の性質に感銘を受けた。発酵という概念がないこの世界では、食材同士の「化学反応」に頼った調理法が主流のようだった。しかし、郁夫の知識からすると、これを発酵食品に変換できる可能性があると感じた。
「この村の食文化をもっと知りたいな……」
郁夫はそう思い、スムージークレイの作り方を手伝ってみることにした。
彼は市場の主人や村人たちとともに、粘土の処理や牛の世話を学びながら、自分の持つ発酵の知識をどう応用できるかを考え始めた。粘土と乳の組み合わせは新鮮だったが、郁夫は自分の世界での発酵技術が、もっと美味しさを引き出せると確信していた。
数日後、郁夫は村の特産品であるスムージークレイに新たな工夫を加えることを提案した。
「この粘土と乳の混合に、少しだけ時間をかけて発酵させてみると、もっと深い味わいが出るかもしれません。村の素材は素晴らしいですが、もう一段階工夫できると思います。」
村人たちは発酵という概念を知らなかったが、郁夫の熱意に心を動かされ、彼の提案を試してみることにした。郁夫は、彼が持つ「錬金(発酵)」スキルを応用し、粘土と乳を時間をかけて自然の中で発酵させるプロセスを導入した。
そして、ついにその成果が現れる日が訪れた。発酵させたスムージークレイは、元のものとは全く違った深みと風味を持ち、柔らかさの中に微かな酸味とコクが加わった。村人たちはその味に驚き、次々と試食した。
「これ、すごい!今まで食べたことのないような、深い味わいだ!」
「郁夫さんの提案通りにしたら、こんなに美味しくなるなんて……!」
村全体がその成果に沸き、郁夫はようやく自分のスキルがこの異世界でも役立つことを実感した。
「この世界でも、発酵という技術がきっと広がっていくはずだ。村のみんなも驚いてくれたし、次はもっと多くの場所で試してみよう。」
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