『凛と咲く花の季節に。』の感想

凛と咲く花の季節に。

作者 ハマハマ

https://kakuyomu.jp/works/16818093075068270015


 辛夷の花が咲く春、叔母の孟夏に求婚する元服前の鬼の卯月の話。


 新しいはじまりと再生の象徴としてのテーマ「春」が、物語全体に描かれています。

 叔母の孟夏に求婚する独特なシチュエーションは新たな始まりを表しています。叔母にとっての春は、亡き夫を偲ぶ季節でもあるが、卯月のプロポーズによって、彼女も新しい始まりを迎えようとする姿が示されており、物語の中で春が重要な役割を果たしています。

 テーマと上手く組み合わせながら、感情と季節が巡る美しさを描き出しているところに、面白みを感じます。

 辛夷の花を効果的に使いながら、卯月の葛藤と孟夏の反応、感情の変化が上手く描かれており、四月の異名に彼女の気持ちを表しているところなどが良かったです。


 主人公は、元服前の十四歳、鬼の卯月。一人称、儂で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 恋愛を扱っているので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れで書かれている。


 女性神話とメロドラマの中心軌道に沿って書かれている。

 一年前の春。長月のことが好きな卯月の姉・弥生は、嫁にもらってほしいと打ち明けられずにいた。そこで、家督を次ぐのを卯月に託し、婿探しの名目で長月を従者に鬼ヶ島から連れ出すことを父と卯月にだけ伝え、島を出ていった。

 元服を二年後に控えた卯月は、二十八歳の叔母である孟夏が好きであるが、打ち明けられずにいる。孟夏の夫、父の弟である叔父が亡くなって四年が経っていた。

 辛夷の咲く春、「綺麗に咲きましたよ」との孟夏の声に、どこにいるのかすぐにわかった卯月は駆け寄り、屋敷の裏山に咲く、凛々しくも小さく薄い花弁の辛夷を共に見る。

 頭の中で、姉の言葉の後押しを受けて、自分の気持ちを打ち明ける。姉が戻らぬこと、足らぬ一年は父がやり過ごすことを説明するも、年齢が倍であり冗談はよしてくださいと一度は断られるも、新しいことをはじめるのに、辛夷の咲花は最適だと勧めると、来年返事をすると答え、孟夏の名も、卯月と同じく四月を意味すると教えられる。卯月は、早く来年の辛夷が咲くことを願うのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場の状況の説明、はじまりでは、卯月の叔母である孟夏の「綺麗に咲きましたよ」との声に 裏山に咲く辛夷の花を見上げる彼女の元へ行く。

 二場の目的の説明では、可憐で凛とした辛夷から孟夏の姿が重なる。

 二幕三場の最初の課題では、頭の中は叔母上のことでいっぱいだと、脳裏に浮かぶ一年前の春に鬼ヶ島から出奔した姉に問いかけると、『シャンとせぇ卯月。欲しいなら欲しいと口にするが良い。この妾の様にな』と言われる。そういう姉は、長月に嫁にもらうてくれとは言えなかったが、いまごろは従者につれていった長月と首尾よく夫婦になれたかと思いを馳せる。

 四場の重い課題では、ニヤついている理由を孟夏に聞かれ、一年前に姉が島を出たときも辛夷が咲いていたと言い、刻限までに婿を連れて戻ってくるのかという彼女に、姉は従者の長月と夫婦になる為に島を出たこと、自分と父しかしらないこと、長月でさえ知らないことを孟夏に打ち明ける。

 五場の状況の再整備、転換点では、姉が戻らなければ島の当主、跡継ぎの問題はどうなるのか心配する孟夏に、姉の代わりに卯月が後を継ぐと答える。刻限まであと一年、卯月の元服まであと二年。足らない一年は父がのらりくらりとかわすことになっている。

 六場の最大の課題では、卯月は自分が当主となる暁には孟夏を妻とし、支えてほしいと打ち明ける。告白したことを褒めてくれと、卯月の中にいる姉に告げる。孟夏は叔母であり、年齢が倍も離れているので冗談はよしてほしいと断るも、血の繋がりはないし、年の差はどうでもいい、自分にはあなたしか映っていないと腹に力を込めて告げた。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、それでもやはり、とうつむく孟夏。叔父が亡くなって四年、もうよいではないですかと声を掛ける卯月。前を向き、新しいことをはじめるには辛夷の咲く春は最適だと促し、来年返事をくださいと伝える。孟夏は来年、凛と咲花の季節に返事することを約束。

 八場のエピローグでは、卯月が四月を意味するのは知っているかと聞かれる。もちろんと答えれば、四月の異名を知っているか問われて、知らないと答えると、孟夏も四月を意味することを知っていてほしいと頬染めて言われる。返事の答えは有りなのか。満開の辛夷を前に、早く来年の辛夷よ咲いてくれと思うのだった。


 たったそれだけの伝言の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎がうまく絡み合いながら、辛夷の咲く下で気持ちを伝え、来年返事をする約束をするやり取りが、実に微笑ましく描かれている。

 タイトルはもちろん、サブタイトルまでも、テーマの春と物語の内容を示していて、よく伝わってきます。


 冒頭の導入部分は、客観的な状況の説明からはじまり、本編では主人公の意見や考えなどが主観で密に描かれ、終わりはまた客観的な視点で粗く書かれています。

 告白して返事をもらえるまでの過程を描いているのがいい。

 うまくいってほしい、という願望を読み手に抱かせる構図を描いているので、感情移入しやすい。しかも、共感を得られやすい主人公像が与えられている。


 読者を共感させるために本作の主人公である卯月は、元服前の子供であること、姉の弥生が長月と夫婦になるため島を出ていること、叔母である孟夏にかわいがってもらっていること、孟夏を愛していること、父のあとを継ぐこと、といった境遇に置かれています。

 年上を好きになった場合、子供であれば、なおさら真面目に相手にされず、失恋するのが目に見えている。

 姉は気持ちが言えなくて、実力行使に出て島を出てしまっている。

 結果、姉の代わりに自分が父のあとを継ぐことになり、次期当主。

 これらから、主人公には非常に興味が湧く。


 主人公の状況や心情をナレーションのごとく伝えるのではなく、動きで示しているところがよかった。冒頭から、叔母の伝言を聞いただけでどこにいるのかがわかり、駆けつけている。

  

 五感で訴えかける書き方をすると、より共感しやすい。

「木蓮の様にでろりと分厚い花弁ではない。木蓮に比べれば小さく薄い花弁を放射状に、パッと開いた姿には凛々しさをも感じられる」という具合に、辛夷の花は視覚的に描かれているのに、匂いがない。

 ちなみに辛夷の花は、レモンのようなさわやかさとスパイシーな甘みが調和した、非常に強く爽やかな香りがするという。

 花だけでなく、茎や樹木全体から甘く華やかな強い香りが放たれるので、里山のふもとまでも漂うほどの強い香りがある。

 それほどの匂いがあるにも関わらず、書かれていない。

 なぜかといえば、卯月は辛夷を見ているけれども、よく見ているのは、辛夷をみている孟夏だから。

 花の匂いは描かれないが、「ふうわり華が咲いた様なこの笑顔」「倍も歳の離れた叔母上はニマ〜っと微笑んで」「叔母上の凛と立つ姿の様に」といった具合に書かれている。

 艶めく黒髪から覗く耳の先が真っ赤だったり、わざとらしく咳を挟んだり、うつむいたり、少し頭を揺らしたり首を振ったり頷いたりしたようにみえたり、卯月の見る孟夏の姿は、春に咲く辛夷と重なって、感じられる。

 

 姉は戻らぬと言った卯月が「儂がおる。刻限まであと一年。儂の元服まで二年。足りぬ一年は父上がのらりくらりと躱かわしてみせると仰せだ」と告げたとき、「ずいぶんと温くくなった風が辛夷こぶしの枝を揺らす。花弁を飛ばす」という表現は、孟夏の驚いた心情を表していると推測する。

 なにかが壊れた後で真相が明らかになるのは、少女漫画でもよくみられる手法。だからこのあと、「儂は姉上の代わりに父の跡を継ぐ。この島の当主となる。その暁には叔母上――いや、孟夏もうかどの、儂の妻となり、儂を、支えてくれ」と卯月は秘めてきた思いを告げられたのだ。


 ときどき頭の中で姉が出てくるのは、漫画的な表現でもあり、面白く感じる。また、卯月の心情の書き方も口語的で書かれているのもいい。

 作品の性質上、孟夏の口調や地の文が古風なところがあるため、作品自体に硬さを感じてしまうのは仕方ない。しかも、描いているのは告白という緊張する場面

 そんな状況に、心情を口語的に挟むことで柔らかさが生まれ、読み手にとっても読みやすくなっている。


 全体的に、一文があまり長くなっていないのもいい。

 非常に読みやすく、テンポもいい。 

 

 武家の中でも身分の軽重により異なるが、元服の年齢はおおよそ十一~十七歳という。でも本編は鬼なので、この考えは当てはまらないだろう。

 本作で卯月は十四歳とあり、二年後に元服を迎えるとあるので、十六歳になったら、父の跡を継ぐのだろう。

 そのときには、孟夏を妻に迎えているに違いない。

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