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 堪えきれなくなった沙里さりちゃんは琴未ことみに抱きついた。

 彼女も、本当の意味で救われた。

 俺の言葉じゃなく、琴未ことみの本当の言葉で。

 良かった……。これで、もう安心だな。


 沙里さりちゃんが泣き止んでから、俺たちは最後の仕上げをすることになる。

 さあ、これが俺の最後の変身だ。


かける先生。最初は恥ずかしがってたんですね。この衣装」


「う……ま、まあな」


「いいじゃんかける。魔法少女になるのも今日が変身納めだよ?」


「そんな納めさっさとしたいわ!」


 琴未ことみもいつもの調子を取り戻している。それにちょっとだけ、優しくなっているような気がする。

 それは俺が琴未ことみと一緒にいる時間が長かったからか?

 まあ、それも元に戻ってから聞けばいいさ。


「さて……後は頼むぞ琴未ことみ


「うん。エンジェルロッドを貸して」


 俺の姿でエンジェルロッドを掴むとなんと小さいのだろう。

 こりゃ子どものおもちゃにしか見えないぞ。

 そんな感想を抱きながら、俺は内心ワクワクしながら元に戻るのを待つのだ。


「……エンジェルロッド! 私の願いを叶えて!!」


 そう、俺の声が部屋の中で鳴り響いた。

 さあ! 俺と琴未ことみの体が元に戻る時だ!!

 こい! あの感覚!

 赤白い光で気持ちのいい感覚!











「ねえ琴未ことみちゃん」


「何? 沙里さりちゃん」


「いや、今はかける先生ですよね? そっちは……」


「ううん。私はまだ琴未ことみだよ?」


「……んん?」


 沙里さりちゃんが混乱している。

 というか、俺も混乱する。

 かけるの声がリビングに響いた後、何も起こらないのだ。

 ちょ、ちょっと待て! 失敗!?


「こ、琴未ことみ! もう一度やってみるんだ!!」


「わ、分かったよかける。エンジェルロッド! 私の願いを叶えて!!」


「……来い! 俺の体ぁー!!」


「……今度こそ、できたかな? 琴未ことみちゃん?」


「何?」


「……またかける先生。ということは……」


「何故だぁ!? 何故元に戻らない!!」


「うーん……」


 沙里さりちゃんと琴未ことみが唸って考える。

 その時、沙里さりちゃんが慌てふためき始めた。


「こ、琴未ことみちゃん! かける先生の体って普通の人間なの……!?」


「え? そうだけど? ってか普通って何?」


琴未ことみちゃん!! かける先生の体は普通……。魔力は回復しないのよ!?」


「アッハッハなんだそんなことかー! いやーびっくりしたねかける!」


「ハッハッハー! まったくだなあ!! そんな簡単なことかー! そりゃ俺の体だったら魔法使えないし、回復するはずもないよなー!! …………って何ぃ!?」


琴未ことみちゃん! まさかそんなことも知らずにミリカに変身してたの!?」


「うーん。まあ……回復するかなーって思ってて……。ほら、かけるは特別だから何とかなるかなーと」


「ならないよ!! ……あれ? でも、琴未ことみちゃんの魔力ならあれくらいで底が尽きるなんてことないと思うんだけど……」


「魔力を使ったからだ……!!」


「え? そんなに大量の魔力をどうやって消費したんですか!? かける先生!!」


「そりゃ、救う……ため……」


「救う!? 誰をですか!?」


 琴未ことみはジト目で、俺はバツの悪い表情で沙里さりちゃんを指差した。

 何がなんだか理解できず、沙里さりちゃんはキョトンとしている……が、すぐに察した。


「まさか……魔王に憑依された私のために……魔力を使っちゃったの!?」


「そうだよ! 沙里さりちゃん!!」


「……うぅ。私のせいで琴未ことみちゃんが元に……もう死ぬしか――」


「ま、待て沙里さりちゃん! 早まっちゃいかん!!」


 沙里さりちゃんは台所へ駆け込もうとする。

 それを俺は必死の形相で押さえ込む。


「悪いのは沙里さりちゃんじゃない! 沙里さりちゃんに憑依した魔王だ!」


「それは違うよ!!」


「何……!? じゃあ誰なんだ琴未ことみ!」


「今回の元凶……それはかける! あなたよ!」


「俺!? 何でだ!!」


「だって、あの作戦考えたのかけるだもーん」


「あの作戦……魔力を一気に集中させるやつか! あ、ああああああっ!!」


 あれか! あの瞬間、ミリカの変身が解かれて俺の姿に戻ったのは、あそこで魔力が尽きたからなのか!!

 お、俺のせいなのかぁ!?

 そんなことはない! 俺は琴未ことみからエンジェルロッドを受け取って必死になって叫び始めた。


「エンジェルロッド! 俺の願いを叶えろ!! 頼む! このとおりだ!!」


「しかし何も起こらなかったのだった……」


琴未ことみ! うるさいぞ!!」


「ま、待ってかける先生! 私がやってみる……」


沙里さりちゃん? それ、『殺』じゃないよね?」


「エンジェルロッドを貸して……」


 暴走が止まった沙里さりちゃん。

 そんな彼女に俺はエンジェルロッドを差し出す。

 沙里さりちゃんはロッドを構えながら少しだけ顔を赤らめていた。


「エ……エンジェルロッド! 私の願いを叶えて!!」


「しかし何も起こらなかったのだった……」


「……わ、私なんてことを!!」


 崩れ落ちる沙里さりちゃん。大丈夫だ君のせいじゃない。


かける、これ、どうしよ?」


「どうするもこうするもないだろ! どーすんだよこれ!」


「だってかけるが悪いんでしょ!?」


「ああ! 俺も悪いさ! だけどお前だって魔力の回復について何も知らないってのもどうかと思うぞ! 魔法少女として!」


「な! だってだってこれから魔法少女になるって決意したんだもん! あの時はまだ魔法少女未満だったんだもん!!」


「……とりあえず、理解しました」


「え?」


 ゆらりと立ち上がった沙里さりちゃん。

 彼女の目には一種の決意が燃え上がっている。


「このままの生活を続けましょう。かける先生」


「い、いやでも……」


「当事者が願いを込めないと、エンジェルロッドはどうやら叶えてくれないらしいです。それも、ある程度の魔力がないと……」


「と、いうことは……」


「はい。かける先生に魔法少女としての魔力を持てるほどの力を蓄えてもらわないといけないみたいです」


「そ……そんな。せっかく魔法少女として頑張っていこうと思ったのにぃ……」


「頑張って下さいかける先生!! 琴未ことみちゃんの魔法少女人生はかける先生に掛かってます!!」


「……マジで?」

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