38

 先に動いたのはミリカだった。

 彼女は魔王へと弓矢を放つ。沙里さりちゃんの体といって手を抜いている余裕はない。ここで強気な姿勢を見せておかないと魔王に沙里さりちゃんの体が切り札として使われてしまう。

 でも、だからと言って沙里さりちゃんの体を傷つけることもいけない。

 俺は……俺たちは沙里さりちゃんを救うために来たのだから。


「アハハッ! エンジェルロッドでも浄化できない魔王の力……思い知ることね!」


 魔王は高らかに笑うと、俺たちに向かって接近してきた。

 彼女は地面すれすれに浮かび上がって、とてつもないスピードでこちらに来る。

 俺とミリカは二手に分かれて魔王を捉える。

 俺の方はエンジェルロッドをブーメランにし、ミリカは弓を構えて魔王の体に狙いをつけている。

 さあ、どっちから始末してくる……!?


「小癪だねえ……! じゃあ、琴未ことみちゃんから始末してあげるよ!」


 一瞬ミリカの方かと思ったが、魔王は俺に迫ってくる。

 そうだったな。まだ、こいつは俺を琴未ことみだと思い込んでいるんだった。まだ、沙里さりちゃんに正体はバレてないってことでもあるか……。

 最後までバレずにここまで切り抜けたことを素直に褒めたいところだけど、それは沙里さりちゃんを救ってからにしよう。

 そうだな。全てが終わったら三人でどっか飯でも食べに行こうか。最近の小学生は何が好きなんだろうな。

 まさか……高級料理店とか言い出さないよな? バイトしてるって言ってもそれは無理だぞ。


「よそ見してる余裕があるのかなあ!? 琴未ことみちゃん!!」


「ああ。俺たちは絶対に負けないからな」


「大した余裕だね。でも無駄だよ琴未ことみちゃん!」


 ブーメランの形から元のロッドの形に変更し、接近戦に対応する。

 ただ、これは威嚇であって沙里さりちゃんに直接ダメージを与えるものじゃない。……のはずだったが、魔王の猛攻にはさすがの俺もキツイかもしれない。

 魔王は手のひらから魔法を繰り出してくる。放ってくる魔法が透明な光に包まれているのは、沙里さりちゃんが元々持っていた魔力も含んでいるのだろう。

 小さなクリスタルの棘が俺の体を貫こうと迫る。

 俺はロッドを振り回して棘を弾いていく。


「アハハッ! 防ぐだけじゃ私を倒すことなんて不可能だよ!」


「……ああ。そうかもな!」


「うぐっ! ……く、後ろから!」


「後ろには私がいるからね。沙里さりちゃん」


「くっ! ミリカね……!」


「魔王。あなたは沙里さりちゃんの力を使いこなせてないわ。あの子の能力は補助系。だから、戦いには向いていない。沙里さりちゃんに憑依したのは失敗だったわね」


 勝ち誇ったような表情を浮かべるミリカと、彼女の方を向いて悔しそうに歯ぎしりをする魔王。

 俺は魔王の心の乱れを察知し、すぐにエンジェルロッドに光を集めた。

 心の余裕がない時にストライクヒットを当てれば、もしかしたら魔王を浄化できるかもしれない。

 それが、俺の考えた一か八かの作戦だった。


「今だ……! 喰らえっ魔王!」


「な、何っ!?」


「ストライク……ヒット!!」


 ロッドの先を魔王の胸元へと突く。

 その瞬間、先に集まっていた光が魔王を包んでいった。

 これでいけるか……!?

 まだまだ安心できない状況に俺の鼓動は高鳴り、振動している。


「ぐ……! せっかく甦ったのだ……!! たかが魔法少女如きに浄化させられてたまるか……!! ぐおおおおお!!」


「なっ――!」


 苦悶の表情を浮かべながら、魔王は雄叫びを上げた。

 その瞬間、魔王を取り囲んでいた光が一気に消失した。

 やつは、気合で光を消し去ったというのか。

 拘束から解き放たれた魔王は俺を睨みつけると勢い良く腕を振るう。俺はその衝撃によって奥の壁へと吹き飛ばされてしまった。


「があっ!」


琴未ことみ!」


「貴様も同じだ! ミリカ!」


「させな――くっ!!」


 俺と同じく、魔王は腕を振ってミリカを吹き飛ばし壁奥へと叩きつける。

 魔王は本気でキレてしまったようだ。下手にストライクヒットを撃ったのがマズかったのか……!?

 二人とも壁で張り付けになっていることを見て、魔王は俺たちをバカにしたような下品な笑いをして挑発した。


「グハハハハ! 所詮、弱い魔法少女! この我の力に敵うものか!」


「うぅ……! 魔王……!」


「ミリカ。そう言えば、沙里さりの記憶がお前の正体を知りたがっているぞ。お前は誰なんだ?」


「教えるわけないじゃない……! バカじゃないの……!?」


「その状態になっても挑発できているのはさすがと言っておこう。いや、褒めているわけではない。自分の状況が分かっていない愚か者として、さすがと言っているのだよ」


「愚か者か……。確かに、私は愚か者かもしれないわ」


「ほう?」


「でも、もう愚か者から卒業するの……! だって、かけると約束したんだから……!」


かける……。一端の家庭教師か。そいつと約束して何になる? 魔力も使えず教え方も下手くそ! そして――」


 おい、それはアレか?

 沙里さりちゃんがそう思ってるのか? んん?

 いや、落ち着け……。アレは魔王が沙里さりちゃんの記憶を読み取って模造しているに違いない!

 俺の心を動揺させる術をまだ持っているとは、魔王。お前を少しだけ褒めてやろう……。


「――貴様とは次元の違う人間なのだぞ?」


「うるさい……! かけるは私たちの先生なのよ……!!」


 ミリカは俺を信頼している。そんな俺がこんなところで張り付けになっている暇はない。

 俺は力を振り絞って壁から脱出し、再び魔王へと接近する。


「待て魔王!」


琴未ことみか。貴様、沙里さりの記憶によれば最近修行をサボっているようだな? そんなナメたことで我に勝てると思ったのか?」


「思ったよ。お前の存在なんか、俺たちから見ればちっぽけな存在だからな」


「人をおちょくるのは実力が伴ってないなければ無意味だというのが分からんのか?」


「俺は諦めない。絶対に沙里さりちゃんを救い出す」


「エンジェルロッドを使用しても無駄なのにどうやって我を浄化させるというのだ? 貴様ら二人の力を持ってしても不可能だというのに」


「二人の力……? そ、そうか……!! その手があったか!」


 魔王の言うことは間違っている。俺とミリカは、まだ本当の意味で力を合わせていない。

 魔力は、魔法少女は……琴未ことみ――この体――だけじゃないんだ。

 俺は壁にめり込んでいるミリカを助け出し、地面に横たわらせる。

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