37

 俺と琴未ことみが向かう先、それは海に突如浮かび上がった城だった。

 波止場で佇んだ俺たちは、これから向かう城へと視線を送った。

 塔の頂上には自己顕示欲を晒しだしているのだろうか。金ピカの意匠が施されている。

 禍々しさを象徴する黒き雲が城を取り囲み、雰囲気は最悪に悪い。

 それ以外にも空は暗雲が立ち込めており、時おり雷の音が鳴り響いている。


 もう俺は魔法少女に変身している。フリフリのスカートは風によって揺らめいているが、恥ずかしく思う気持ちはもうない。

 それが俺が女の子として慣れてしまったのか、琴未ことみと同化しつつあるのかは分からない。


 俺の体と入れ替わっている琴未ことみはミリカに変身を完了させている。

 まさか、俺の体が女体化していたとは思わなかった。……というか、女の子になったら結構可愛いんだな、俺の体……。

 って何を考えてるんだ俺は! 今は目の前の城にいる沙里さりちゃんを助けないと!

 自分の心を一度リセットする意味を含めて、琴未ことみの覚悟を聞くことにした。


琴未ことみ……後悔はないか?」


「それ、まるで死にに行くみたい」


「……そうか。悪かった」


「いいよ。それと……今はミリカって呼んで」


「どうしてだ?」


「……この姿はミリカだから。勝手な私でごめん。……私、自分の口から言うよ。入れ替わってたこと。そして謝るの、沙里さりちゃんに。それで、かけるの体とはお別れするから」


「そっか……」


「うん。沙里さりちゃんに私の想いを伝える。もう……私はくじけない。迷わない……」


 琴未ことみの決意を改めて聞いた。

 もう彼女の心は決まっている。俺がサポートする必要もない。

 彼女は大丈夫だ。きっと、この体で沙里さりちゃんと一緒に進んでいける。

 それにはまず、沙里さりちゃんを取り戻さないとな。

 意気込んで進もうとした瞬間、雷が近くで鳴った。

 反射的に俺の体はビクンと震えてしまう。


「ひゃっ!」


「どうしたのかける? ……いや、今は琴未ことみか」


「ちょ、ちょっと雷にびっくりして……」


「ふふっ、琴未ことみは雷が苦手だからねぇ……」


「じゃ、じゃあお前はどうなんだよ!」


「私は別の体だから大丈夫だもーん」


「くそっ……!」


 ジト目でミリカを睨みつける俺だったが、彼女はまったく意に介していない。

 やっぱり、この体じゃ何でも可愛くなっちまうんだなあ……。

 っと、お互いの緊張も解けたところでそろそろ行くとするか。

 沙里さりちゃんを救いに!


「行くぞミリカ!」


「うんっ!」


 二人は空へと浮かんで、城へと向かう。

 沙里さりちゃんの体を乗っ取って良い気になりやがって……!

 今に見てろ。絶対に沙里さりちゃんの体から引っぺがしてやるからな。

 城の一階からじゃない。俺はすぐにでも頂上へと向かう。

 俺とミリカは手を繋いで、城の頂上へと一直線に飛ばす。

 壁が目前に迫る。だが、俺は避けなずに突っ込む。


「突っ込むぞミリカ!」


「分かったわ!」


 俺たち二人は心で念じて、バリアーを生成させる。

 光に包まれる二人の体。これなら壁なんてぶっ壊せる。

 俺たちは目を閉じて壁へとぶち当たっていった。

 レンガの壊れる音が耳に鳴り響く。そして小さな破片がパラパラと体に降り注ぐ。

 痛みは感じなかった。


「ほう、この城に乗り込んでくるとはな」


沙里さりちゃんの体を取り返しにきたぜ……!」


「そしていきなり頂上へと突入してくるとは、貴様らは面白みがないな」


「うるさい! そんな時間はないの! それよりさっさと沙里さりちゃんを返してよ!」


「やれやれ、また彼女の記憶を読まれたいらしいな……」


 奥の玉座に座っているのは沙里さりちゃん……の体に憑依している魔王だった。

 普段の沙里さりちゃんが決してしないであろう派手な衣装を着込んでいる。

 彼女の健康的な肌が露出し、官能的な視線も含めてかなり艶やかな印象を受ける。

 くそっ……、沙里さりちゃんにこんな格好をさせるなんて……!


 そんな俺の心を読んでいるかの如く、魔王はゆっくりと立ち上がって甘いため息をついた。


「ふぅ……琴未ことみちゃんもしつこいんだねえ。私、飽きちゃったなあー。琴未ことみちゃんが弱すぎて」


「もう騙されないぜ。最初は混乱したが所詮、今の沙里さりちゃんは彼女の記憶を無理やり読み込んで作ったお前の勝手な妄想なんだからな!」


「そうよ。沙里さりちゃんの人生は、魔王、あなたの人生じゃない。体が変わっても、誰かに憑依されてても……代わりの人生は送れない。肩代わりすることはできないの!」


「……ミリカ」


「そして、本当の体の持ち主じゃないとどんな言葉も届かない……! それを私の隣の大事な人から教えられた。……あ、大事な人ってのは沙里さりちゃんについで二番目だけどね」


「最後は余計だよ……! でも、ありがとな」


「魔王! それをあなたにも教えてあげるわ!」


 啖呵を切ったミリカ。もう、彼女は自信のない女の子じゃない。

 彼女は立派な魔法少女だ……。おいそこ、魔法少女とは? ってツッコミは余計だぞ。

 魔王はため息をついて、それから表情を一変させる。

 魔王として本気を出した、殺意の表情だった。


「だったら、私が教えてあげる。沙里さりとしての本当の気持ちをね!」


琴未ことみ……行くわよ」


「ああ。こっちも準備はできてる」


 俺はエンジェルロッドを、ミリカは弓を構える。

 俺たちの力で沙里さりちゃんを救うんだ。

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