36

「グッ……! ミリカ……お前……!!」


「もうどうすることもできないわ! 沙里さりちゃんは魔王に憑依されて、助け出すことはできない!! 全部あなたのせいなの!!」


「何で……何でもう諦めてんだよ! ミリカ!」


「だって無理じゃない! ストライクヒットでも魔王を浄化できないんじゃ、手はないもの!!」


「希望を捨てるなミリカ……! 俺は最後まで諦めないぜ……」


「う……うるさいっ!! アンタはいつもそうやって聞こえの良い言葉ばっかり吐いて!!」


 ミリカは俺から離れて、弓を召喚させた。

 痛みをこらえながら、俺は先に魔法少女へと変身する。

 生身で弓矢に当たったら、今度こそ死んでしまう。そんなことはさせない。

 もう慣れたフリフリの衣装に身を纏った俺はエンジェルロッドを構えて弓矢に対抗する。


 ミリカは憎しみの感情を俺に向ける。これは琴未ことみに向けてるんじゃない。俺に向けているんだ。

 彼女が弓を構えて俺の眉間へと狙いを定める。

 だが、もうミリカの弓矢の軌道は読めるんだ。もう、効かないんだよ……俺には。


「喰らえっ!!」


「……ミリカ」


 最小限の動きで俺は弓矢を回避する。

 それと同時に家が少しづつ壊れていく。最後の日常を守っているこの家でさえ、無残に壊されていく。


「どうして!? 何でそんな顔して回避してられるのよ!?」


「……もう止めようミリカ」


「嫌!! 琴未ことみを倒す!! 私が絶対に琴未ことみを倒してやる!!」


 悲痛な叫びと共に、ミリカが弓矢を俺に放っていく。

 だが、俺は簡単に回避することができる。

 その結果、ミリカの攻撃は意味をなさないまま、俺は彼女の目前に近づくことができたのだった。

 俺は黙って、エンジェルロッドを分解してT字の形に組み替える。

 すると、エンジェルロッドはハンマーの形に姿を変えた。


「そ、それは……!!」


「目を覚ませ、ミリカ……!」


 俺は迷わず、ミリカに向かってハンマーを叩きつけた。

 ハンマーのせいで動きが鈍かったが、それはパニックになっているミリカも同じだった。

 結果として同じ速さになってしまったため、ミリカは回避することもままならず、体全体にハンマーを受けてしまったのだった。

 家の壁を突き抜け、庭に投げ出されるミリカの体。

 庭を転がってしまったことで土まみれになったミリカは、俺に勝てない悔しさからか地面を叩きつけていた。


 俺はそんな彼女に対して哀れみの表情を向ける。

 今までの行動を考えると、彼女の正体は概ね想像できている。

 さらに、今日の彼女の行動で、俺の疑問は確信へと変わった。

 だから、自信を持って彼女の正体を言うことができた。


「どうして!? どうして私が勝てないの……!? 魔力はこっちの方が多いのに……!!」


「……想いが違うんだよ。ミリカ……いや、琴未ことみ


「……え? 今、なんて……」


「もう変装は止めにしないか? 琴未ことみなんだろ? キミ……」


「バ、バカにしないで! どうして私が琴未ことみだなんて……」


沙里さりちゃんが言っていた。この世界に来る魔法少女は一人だと。しかし、その前提が崩れても沙里さりちゃんの知らない魔法少女はいないはずだってな。まず、ここで異世界から来た魔法少女の線は消える」


「…………」


「そして、俺たちは最初、ミリカが樹亜羅きあらちゃんだと思っていた。だけど、それは違った。樹亜羅きあらちゃんはコバルダンだった。なら、ミリカは何者なのか……。この世界で魔力を使える人間……それは……俺の体になった琴未ことみしかいないんだよ」


「そ、そんなことで……!!」


「聞きたいならまだあるさ。俺は度々、我を忘れて元の口調で喋る時があった。今は琴未ことみの体になっているのに、まるで他人のように言う時もあった。ミリカ、君はその時何の疑問も湧かなかったのか? 自分のことをまるで他人ぶっている琴未ことみに。琴未ことみを憎んでいる君ならもっと逆上するはずだろう?」


「っ!? それは……!」


「そりゃそうだろうな。だって、自分自身も他人と入れ替わってるんだからな」


「……っ」


「最後に君が持ち出した提案。沙里さりちゃんに『私は魔法少女の資格がないから帰る』って言うこと。きっと、俺を倒して俺が沙里さりちゃんに泣き言を言うように仕向けたかったんだろう? 違うか?」


「……そうよ。全部……全部駆かけるの言うとおりよ!!」


 ミリカ……いや、琴未ことみは顔を上げて俺に叫んだ。

 それにミリカとしての表情はなく、琴未ことみ自身の悲しみが浮かび上がってきていた。

 彼女は涙を流しながら俺の衣服を掴み、強く握りしめる。そのせいで、魔法少女の衣装にシワができてしまっていた。


かけるが……かけるが私の言う通りに動いていれば……! 沙里さりちゃんは魔王に憑依されることがなかった!! 私と一緒に元の世界に帰れるはずだったのにっ!!」


「……琴未ことみ


かけるが悪いの! かけるのせいなの! かけるの……!」


「……もし、俺が君の言う通りに動いたとしよう。それでも……琴未ことみ沙里さりちゃんも幸せにならない。特に沙里さりちゃんは……」


「……分かってるよ、そんなこと!!」


「なら何故なんだい? 君が」


「私のために苦しんでる沙里さりちゃんを見たくなかったのよ……! いつまでたっても成長しない私を沙里さりちゃんは必死に応援してくれてる。それは嬉しいよ。だけど……だけどもう苦しいの! 早くこんなこと止めたいのよ!! だったら……二度と沙里さりちゃんに会えなくてもいい。私のことを忘れて、新しくスタートしてほしいって……思って……!」


「そんな大事な理由があるなら、自分から言えばいい……。どうして俺に任せようとしたんだい?」


「……嫌だったの。沙里さりちゃんの悲しむ姿が。かけるが言えば、沙里さりちゃんが悲しんでも心の中でかけるのせいにできる……。私の口から言えば、沙里さりちゃんが悲しんだのは私のせいだもの……」


 小学生の年相応に、琴未ことみは我を忘れて泣き始めた。

 今までの元気はただの空元気だったんだ。彼女はあのいたずらっ子の裏で、こんなにも葛藤を繰り返していたのか。

 嗚咽を混じらせて語る彼女の想いに、俺はただ受け止める。そして、優しくアドバイスをする。

 それにはまず、心を開いてくれないとな。俺はミリカの体に手を伸ばし、彼女を包むようにゆっくりと抱きしめたのだった。


「あ……」


琴未ことみ。修行しても中々成果がでなくて辛かったんだな」


「……くっ」


「……悪かった。君の本心に気づけなくて」


かけるのバカ……バカ! バカ!!」


「でも、俺から言えることはただ一つだ。……どんな結果になろうとも、沙里さりちゃんに言えるのは琴未ことみだけだよ」


「……」


「異世界に帰る選択でも、修行を続ける選択でも……自分の口で沙里さりちゃんに言わないと、君は一生後悔することになる。自分の人生を、自分で選んでないから、絶対に」


「じゃ……じゃあ、さっさと沙里さりちゃんに言って帰れって言うの!?」


「……俺は信じてるよ。琴未ことみの力を」


「……どうして?」


「君はこんなにも一生懸命沙里さりちゃんのことを考えて行動している。その心はきっと君を成長させている。同時に、君の体もね」


「か……かける……」


「だからさ、もう少しだけ頑張ってみないか? また辛くなったら俺に相談してくれ。魔法は使えないけど、一応年上の先輩だからな」


「私……できる? ちゃんと魔法少女になれる?」


「なれるさ。俺が保証する」


「……か……ける……先生……」


 琴未ことみの涙のダムが崩壊し、彼女は俺の胸の中で号泣する。

 辛かった胸中をようやく吐き出せたんだ。今は思いっきり泣いた方がいい。

 数十分に渡って泣き続けたミリカ……いや、琴未ことみは後に俺の膝枕で眠りについた。

 泣き疲れってところか。しかし、これで彼女の心の整理もつくだろう。

 琴未ことみを救うことはできた。残るは沙里さりちゃんか。

 彼女を救い出せば、晴れて元通り。俺もきっと自分の体に戻れることだろう。

 琴未ことみも特訓に励み、きっと結果を出して沙里さりちゃんと一緒に笑顔で帰れるようになる。


「でも……沙里さりちゃんを乗っ取った魔王にストライクヒットは効かなかった……」


 沙里さりちゃんを救い出す。それには魔王の存在を引っぺがさなきゃならない。

 だが、エンジェルロッドの力では魔王に対抗することはできなかった。

 さっきの戦いで、俺は魔王の力に完全敗北を喫してしまった。

 次は琴未ことみと一緒だから戦えることはできるだろう。だが、それじゃ沙里さりちゃんは救えない。


「どうしたもんかな……沙里さりちゃん」


 俺はリビングの棚に飾ってあった一枚の写真を見上げた。

 それには琴未ことみ沙里さりちゃんが仲良く写っている。きっと、この世界に来てから間もない頃なのだろう。

 琴未ことみの笑顔はまだ自然で、沙里さりちゃんも見た感じ気苦労がなさそうに見える。


「夢の中の沙里さりちゃん……。君は自分自身が消滅してもいいって言ってたよね?」


 思わず、写真に語りかけてしまう。


「……でも、それじゃ納得しない人間がここに二人ほどいるんだ。だから……俺は諦めないよ。沙里さりちゃんを救うために……必死に考えるから」


 写真の琴未ことみと、膝で寝ているミリカの姿を見比べる。

 ……そうか。その手があったか。だが……出来るかどうか分からない。だけど出来て欲しい。

 そんな、一か八かの妙案が俺の中で一つだけ生まれた。

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