35

 その道中、空は一面を雲が覆っていた。雨が降りそうな曇り空だが、何故か雨は降らない。

 すでに天変地異が起こってしまっているのだろうか。魔王の台頭により、この世界は支配されてしまうのだろうか。


「そんなことさせるか……沙里さりちゃんを助け出してみせる……! そして、魔王なんてぶっ飛ばしてやる……!」


 やっとの思いで自分の家に到着した俺。

 ゼィゼィと息が激しさを増すが、そんなことに気をかまけている暇はないのだ。

 今は刻一刻と迫る時間に追われながら、琴未ことみと会って話をつけないと。

 すぐにチャイムを鳴らして俺の体の琴未ことみを呼び出す。

 しかし、チャイムのスピーカーごしに聞こえてきたのは俺の母親だった。

 俺がいる時は、チャイムに向かって話しかけるのは俺の役目となるはずだ。

 なら、俺はこの家にいないことになる。

 まさか、琴未ことみがいないなんて……! あいつ、今どこをほっつき歩いてるんだ。


「はーい。どなた?」


「あ、あの……」


 チャイムを鳴らしてしまった手前このまま帰るわけにはいかない。

 しどろもどろになりながらも、俺は必死に考えを巡らせる。

 とりあえず、目的の人物がいるかどうかを聞いてみるか。無駄だと思うが。


「えと……か、かける先生にお勉強を教えてもらってる琴未ことみって言います。かける先生はいますか?」


かける? あの子ならここにはいませんよー?」


「あ、ありがとうございます……」


「そうだ。せっかくだし、家に上がっていったら? かけるの教え子ってことなら歓迎するわよー?」


「え!? え、遠慮しておきます!」


「えぇー? 美味しいお菓子を用意してるんだけどなあー?」


 これが本当に小学生ならお菓子に釣られてしまうだろう。

 だが、俺は小学生ではない。高校生なのだ。そこ、体は小学生だろって言わない。

 ってか、俺の母よ。最近ではそれは事案になる案件じゃないのか?

 子どもの安全が脅かされている現代日本。そんなにホイホイと招いて大丈夫なのか?

 いや、これは俺が自ら家を訪ねてきているから問題ないのか? でも――

 あー! 今はそんなことを考えてる場合じゃないんだよっ!!


「大丈夫です! かける先生によろしく言っといて下さい!」


「そう? 残念だなー。じゃ、またいらっしゃい」


「は……はい!」


 会話が終了し、俺はそっと胸をなでおろす。

 琴未ことみとして会話するのには慣れてきたと思っていたが、実の親と会話するとこんなにも緊張するとは。

 家にいないとなると、残るは一つしか思いつかない。琴未ことみ沙里さりちゃんの家に戻ってるのか?

 俺はすぐに琴未ことみの家へと駆け出していく。


「ゼィ……ゼィ……つ、着いた……!」


 小学生の体力で全力疾走するのは体によくないことを今日初めて知った。

 最後の方は歩いて家へと向かった俺は、琴未ことみ沙里さりちゃんの家に到着した時にはすでに虫の息となっていた。

 体の方も再びズキズキと痛みだし、先の戦いの傷がぶり返してきているのが分かる。

 だが、こんなところで休んでいる暇はない。

 俺はすぐに琴未ことみと会って真実を話さなければ……。


「え? 開いてる? どうしてだ……」


 すでに玄関のドアは開いているようで、俺は中の様子に不信感を抱く。

 もし、何者かが進入していたらどう対処すればいいのだろうか。

 魔法少女に変身して何とかしなきゃいけないのだろうか。

 そんな不安感を募らせつつ、俺は玄関を経てリビングへと足を運んだ。

 すると、そこにはミリカが佇んでいたのだった。


「あら琴未ことみ……」


「ミ、ミリカ! お前、どうして琴未ことみの家が分かってるんだよ!」


「私は琴未ことみ沙里さりちゃんのことなら何でも知ってるのよ。そんなことより……」


 ミリカは部屋の内装を懐かしむように目を細めて歩き回っている。

 それが何故か黄昏れているような気がして、心の中にチクッと何かが刺さった感覚を覚えた。

 何だ……この気持ち。いや、これはもしかして……。

 俺の中で一つの疑問が浮かび上がってくる。それは、今までのミリカに対する行動に繋がる真相だろう。でも、今はまだ確信できない。

 今はミリカと会話を続けなければ……。


琴未ことみ沙里さりちゃんとこの家で暮らしていたのよね」


「ああ。それがどうした?」


「いつも沙里さりちゃんに迷惑をかけて、それでいて反省もしない。本当にワガママでどうしようもないクズ……それが琴未ことみ


「……何が言いたい?」


「つまり、あなたのせいで沙里さりちゃんが魔王に憑依されてしまったということ。あなたが魔法少女になるのを諦めていたら、沙里さりちゃんは魔王になることもなかっただろうに……」


「おい、そんなこと言ってる場合か!?」


「場合よ。全てはあなたのせいでしょう? 邪な正義感のせいで、一人の少女の未来が奪われているのよ?」


「何!?」


「あなたが悪いの。早く沙里さりちゃんに言えば良かったのに……『元の世界に帰る』ってね」


「うるさい。それとこれとは関係ないだろ!」


「……いつまでしらばっくれるつもりかしら? 琴未ことみの……琴未ことみのせいで沙里さりちゃんが!!」


 ミリカは怒りを露わにして俺に襲い掛かってきた。

 彼女の両手で肩を捕まれ、そのまま床に倒れ掛かる。

 彼女の力は思っていたより強く、肩を握りつぶされるような力が俺に痛みを与えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る