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 すると、その中では信じられない出来事が起こっていた。

 部屋には沙里さりちゃんがいた。それはいい。その他に樹亜羅きあらちゃんもいたのだ。

 俺より先に空を飛び、その間に部屋に入ったのか!?

 驚きで正常な思考ができない俺をあざ笑うかのように、後ろから鼻で笑うミリカがいた。


「フッ……だから言ったのに。私は樹亜羅きあらちゃんじゃないって」


「う……嘘だろ? だったら何で琴未ことみ沙里さりちゃんを知っているんだよ!」


「前にも言ったでしょう? 私は琴未ことみを元の世界へと戻させるために存在しているって。あなたの才能のなさには飽き飽きしてるのよ。みんなね」


「才能がないって言うなよ! お前に琴未ことみの何が分かるんだ!」


「分かるわ。あなたよりずっと」


「くっ……!!」


 弓を構えていないことから、攻撃の意思はないと見る。

 俺は沙里さりちゃんたちの様子を再度みるために窓へと振り返った。


沙里さりちゃん! 樹亜羅きあらちゃん! 大丈夫!?」


「私は大丈夫だよ琴未ことみちゃん! でも樹亜羅きあらちゃんが……!」


「くうっ……! ダメ……!! 来ないで……!! 私が……私じゃなくなって……いく……」


 沙里さりちゃんはさっきと変わらないようだ。

 だが、樹亜羅きあらちゃんは違う。彼女は胸を抑えて小さくうずくまっていた。

 声を押し殺して必死に何かに耐えている樹亜羅きあらちゃん。

 ま、まさか彼女が……!?


沙里さりちゃん! 樹亜羅きあらちゃんから離れて!!」


「どうして!? 樹亜羅きあらちゃんがこんなに苦しんでいるんだよ!」


樹亜羅きあらちゃんはミリカじゃないんだ!」


「そんな……! あっ……!!」


 最初は否定していた沙里さりちゃんも、俺の奥にいたミリカを見て同意せざるを得なくなる。


 俺たちの推理はまったくのハズレだった。

 樹亜羅きあらちゃんはやっぱり……!

 その瞬間、樹亜羅きあらちゃんが顔を上げて大きな叫び声を上げた。

 彼女の表情に意思は感じられない。

 ただ内に存在する敵のスピーカーに成り果ててしまっていた。


沙里さり……怖いよ……私……いなくなっちゃう……」


「大丈夫! 琴未ことみちゃんと私がいるよ! 絶対に何とかしてみせるから!」


「さ……沙里さり……」


樹亜羅きあらちゃん……?」


「今まで……ありがとね……アアアアアアア!!」


「きゃあ!?」


沙里さりちゃん!」


 彼女の周りに衝撃波が繰り出され、沙里さりちゃんは吹き飛ばされる。

 俺はその彼女を助けるために彼女の壁となった。

 沙里さりちゃんは俺というクッションに包まれたおかげで怪我をせずにすんだ。


「ありがとう琴未ことみちゃん」


「これくらいなんてことないよ」


琴未ことみちゃん、離しても大丈夫だよ。私も少し浮けるから」


「分かった。沙里さりちゃん」


樹亜羅きあらちゃん……」


 部屋に置かれている小物や家財は全てなぎ倒され、まるで大きな地震があった後のような状況へとなってしまっている。

 衝撃波が強くなると同時に、樹亜羅きあらちゃんの姿が変化していく。

 その姿は俺たちが倒そうとしていたコバルダンだったのだ。

 言われてみれば、鏡越しに見えないと言われた時に気づくべきだったのだ。

 樹亜羅きあらちゃんとコバルダンの傷が左右対称だったのは、鏡で反転していたからだったんだ。

 つまり、コバルダンが傷を受けると、沙里さりちゃんはその反対の場所に傷がついてしまう。


 完全に覚醒してしまった樹亜羅きあらちゃん……いや、コバルダンはゆらりと立ち上がって俺と沙里さりちゃんを見つめた。


「クックック……ハーッハッハッハ!! いきなり出会えるとは俺も運がいいな!」


樹亜羅きあらちゃん! 目を覚ますんだ! 君の本当の正体はコバルダンなんかじゃない!」


「んー? きあらちゃん? 誰だねそれは」


「クソッ……! 記憶がないのか……!!」


 後ろでただ佇んでいるミリカ。

 彼女は樹亜羅きあらちゃんを救う気はないのだろう。

 逆に邪魔をしてくるかもしれない。

 だが、彼女はおどけたように俺に言うのだった。


「さーて、才能がない琴未ことみはどうやってコバルダンと戦うのかな?」


「ミリカ……!」


「思い知ることね。あなたの力のなさを」


「ふざけんなよ! 俺は絶対に樹亜羅きあらちゃんを救ってみせる」


「どうぞご勝手に」


 まるで観客になったかのように、ミリカは少し後ろに下がって俺とコバルダンの戦いを観戦する。

 実質、俺とコバルダンの一騎打ちになったわけだ。


「さて、いくぞ魔法少女よ!」


樹亜羅きあらちゃん……!」


 樹亜羅きあらちゃんとしての記憶がないのなら、ある程度戦わなきゃいけない。

 覚悟を決めた俺はエンジェルロッドを構えた。

 コバルダンに入ったダメージはそのまま樹亜羅きあらちゃんに引き継がれてしまう。だからあまり傷つけることはできない。

 加減して戦わないと……!


「ハッハッハ! 喰らえ!」


 コバルダンは剣を取り出し、斬りかかってくる。

 それをエンジェルロッドで迎え撃つ俺。

 エンジェルロッドは剣を受け止め、攻撃を防いでくれた。

 しかし、ロッドはただ受け止めただけで弾いてはくれない。

 このまま鍔迫り合いになったら、負けるのは俺だ。


「ククク……どうする魔法少女よ」


「どうするって……分かってるくせして……!」


「どのみち貴様は終わりだ。なぜなら、俺に殺されるんだからなぁ!!」


「俺は死なねぇ……! 樹亜羅きあらちゃんも琴未ことみ沙里さりちゃんも……全員救ってみせるんだ!」


琴未ことみちゃん!)


「え……!? 沙里さりちゃん?」


(念話しなくても大丈夫! そのままで聞いてて!)


「う、うん」


樹亜羅きあらちゃんが傷つくかもしれないって心配しているようだけど、大丈夫だよ!)


「どうして……!?」


「魔法少女! 貴様、誰と会話している!?」


(エンジェルロッドの必殺技、ロッドの先に光を集めて放つ『ストライクヒット』は浄化効果があるの! だから、コバルダンを倒す時はそれを使って倒して!!)


「分かった沙里さりちゃん……!」


「き、貴様! 俺の質問に答えろ!」


「うるせぇ!!」


「なっ――」


 一瞬の隙を見つけた俺は、即座にエンジェルロッドを鍔迫り合いから離す。

 剣はすかさず俺を切断しようと縦に下りてきたが、俺は心で念じて体を後ろへと下がらせる。

 そのおかげで、俺はコバルダンと距離を取ることができたのだった。

 すぐに俺はエンジェルロッドを解体してブーメランに変形させる。

 樹亜羅きあらちゃん、少しだけ我慢してくれ……!


「いっけぇー!!」


「そんなブーメラン! 効かんな!」


 そんなことは分かってる。コバルダンがこの程度の武器で怯むはずはない。

 だが、俺はコバルダンの目線が武器にいってしまうことを利用したのだ。

 身軽にもなった俺は、一気にコバルダンとの距離を詰める。


 その間に、コバルダンは自らに近づいたブーメランを剣で叩き落としていた。

 力なく下に落ちるブーメランだが、俺はそれを片手でつかみ取り、コバルダンとすれ違いながら高速で飛行する。

 一件何の意味もない行動のように見えるが、これは陽動とエンジェルロッドに光を溜める時間稼ぎというものだ。

 猛スピードで弧を描いて空を飛んだ俺は、コバルダンの背中へと直進していく。


「これで終わりだ……! コバルダン!!」


「なっ!?」


「おらあああああ!!」


 エンジェルロッドの先端に光が溜まっていることを確認する暇もなく、俺はコバルダンの胸部にエンジェルロッドの先をぶち当てた。


「ガハッ!」


 コバルダンの胸部にエンジェルロッドが当たったことで、俺はようやく必殺技が決まったことを確信した。

 先端の光はコバルダンを胸部から包んでいく。それは少しだけ離れている俺にも分かるくらいの暖かな光だった。

 安心できるような、初めて太陽の光を浴びた時のような初々しい感覚が蘇る。

 こんな気持ちの良さそうな光なのに、コバルダンは苦しんでいる。

 そう、ミリカの弓矢を受けた時みたいに……。


「グゥッ……! この光を止めろ……!!」


「これが……お前を消滅させ、樹亜羅きあらちゃんを救い出す方法なんだ。簡単に止めてなるものかよ」


「ふ、ふざけるな……! この俺がいなくなったら……!!」


「それで結構! 樹亜羅きあらちゃんを救えるならな」


 もうコバルダンは抵抗しても無駄だろう。苦しんでいるコバルダンをジッと見つめるのも悪くないが、俺はミリカが気になって後ろを振り返った。

 もしかしたら、俺を妨害してくるかもしれない。

 だが、ミリカは俺の姿を呆然として見ているだけだった。

 手に弓を持っていないことからも、攻撃の意思はないとみる。

 ……ミリカ、一体何が目的だ?

 それに、樹亜羅きあらちゃんじゃないとすると一体誰が……。


「フッ……フッフッフッ……!!」


「何がおかしい? コバルダン」


「ま、魔王様がお目覚めになる……! 時間はもうすでに過ぎているのだ!」


「何を言ってる!? 苦し紛れか!?」


「俺は消滅する……だが、この世界が支配されるのは確実なのだよ!! ハーッハッハッ――グゥ!!」


 意味深な言葉を残し、コバルダンは次第に消滅していく。

 コバルダンの姿と、樹亜羅きあらちゃんの姿が重なり、そして分離していく。

 最後に、コバルダンの姿は完全に光となって飛散していった。

 あとに残ったのは樹亜羅きあらちゃんの姿だけ。俺は、いや俺と沙里さりちゃんは樹亜羅きあらちゃんを救うことができたのだ。

 浮遊能力がない一般人の樹亜羅きあらちゃんの体を支え、俺はホッと一息ついた。


「良かった……ちゃんと樹亜羅きあらちゃんの姿だ」


「んぅ……あ、あれ? ここどこ?」


樹亜羅きあらちゃん、大丈夫? 俺が誰か分かるか?」


琴未ことみに決まってるじゃない……それくらい、分かるわ」


「ハハッ、その憎まれ口……ちゃんと樹亜羅きあらちゃんだね」


「そんな褒められ方あまり嬉しくないけど……ありがとね、琴未ことみ沙里さり


 樹亜羅きあらちゃんは疲労しきっているが、変わらない笑顔を俺と沙里さりちゃんに向けてくれた。

 沙里さりちゃんも樹亜羅きあらちゃんの様子に安堵しているようだ。

 よし、これで何もかも終わった。これで後はミリカの正体を突き止めるだけだ。

 俺と沙里さりちゃんは地面に着地して、樹亜羅きあらちゃんを下ろす。

 足でしっかりと地面を踏んだ樹亜羅きあらちゃんは胸を撫で下ろしているようだった。

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