30

 時刻は夜の八時。俺がいるのは樹亜羅きあらちゃんの家だ。

 彼女をコバルダンから守るため今日は彼女の家にお泊りなのだ。

 やましい気持ちなんてこれっぽっちもない。

 これっぽっちもないが、コミュニケーションの必要性はあるだろう。

 そう、俺は今お風呂場にいるのだ。

 いくら樹亜羅きあらちゃんの家でも、大浴場のような広さはない。

 よって、湯船に二人、その間に一人が体を洗うというスタンスになっている。

 今、俺は樹亜羅きあらちゃんと湯船に入っている。

 彼女は同じ女の子ということもあるのか、包み隠さずに湯船に浸かっている。

 やはり、彼女の小ぶりながらも小学生にしては大きい胸が見え隠れしてしまっていることに、俺はマナーとして目を伏せる。

 その先には、体を洗っている沙里さりちゃんが見えてしまった。


琴未ことみちゃん。どうしたの?」


「い、いや……特に理由はない……かな」


「そっか。だったら背中洗いっこしようよー」


「うう……」


 昨日は沙里さりちゃんの真剣な表情のおかげで変な気持ちになることはなかったけど、今回は違う。

 彼女の何も知らない裸体がありありと俺の目に映し出されてしまっている。

 俺は、そんな彼女が眩しくて目を伏せてしまっていた。


琴未ことみ、女の子同士なのに何恥ずかしがってるのよ」


「わ、私だって恥ずかしくなる時もあるよ……」


「珍しいのねえ。琴未ことみにもそんな感情があるんだ」


「き、樹亜羅きあらちゃん……! 私も人間なんだから当たり前だよ……!」


「ごめんごめん。いっつもはしゃいでる印象があるからさ」


 樹亜羅きあらちゃんの琴未ことみの評価が妙に低いのは、日頃の琴未ことみの行いのせいだろう。

 ……いや、この場合俺のとっている行動がおかしいんだろう。

 琴未ことみなら、ここははしゃぎまくるのかもしれない。

 はしゃぐってどうやればいいんだ? 女の子に抱きついたりする? それともお風呂の水をバシャバシャと樹亜羅きあらちゃんにかける?

 後者はまだしも前者はマズいだろう……!

 そんな感情を思案していると、樹亜羅きあらちゃんが俺の背中を押した。


「ほら琴未ことみ。早く上がって沙里さりちゃんの背中流してあげなよ」


 ここで黙っていたら俺が怪しまれる。

 ここは意を決するしかない……!

 俺はお風呂に上がり、沙里さりちゃんの後ろに座る。

 そして、彼女から受け取ったタオルで彼女の背中を流すのだ。





 湯冷めしないよう、すぐにパジャマに着替えた俺たち。

 夕食は沙里さりちゃんが簡単な料理を作ってくれる。

 一瞬だけだが、小学生しかいない中でどんな夕飯を食べればいいのかと迷ってしまったが、ここにとんでもないポテンシャルを秘めた小学生がいることを忘れていた。

 沙里さりちゃんのおいしい料理に舌鼓を打った後は今日の目的である樹亜羅きあらちゃんの警護に移っていく。

 小学校にいる時、樹亜羅きあらちゃんが体調不良などを理由に琴未ことみ沙里さりちゃんと離れたことはないし、ミリカと出会った時は夕方と深夜という時間帯だった。

 今まで楽しいことだけを考えていた樹亜羅きあらちゃんも、時間が経っていくごとに緊張の面持ちになっていくのが手に取るように分かる。

 彼女を落ち着かせるため、俺は樹亜羅きあらちゃんの肩に手をかけた。


「大丈夫だよ樹亜羅きあらちゃん」


琴未ことみ……」


「私と沙里さりちゃんが守ってみせるから。絶対に」


「うん……もし私がおかしくなっても、助けてね」


「当たり前だよ。友達だからね」


「うん……!!」


 樹亜羅きあらちゃんの涙を溜めた顔。

 こんなのを見せられたら、絶対に守らなきゃな。

 改めて決意した俺。その時、カーテン越しに影が横切った。

 俺はすぐに立ち上がり、カーテンを除けて窓を開けた。

 窓の外には何かがいた雰囲気は見られない。

 だが、影が見えたのは確実だ。そして、それはきっとコバルダンだ。

 樹亜羅きあらちゃんとその家族が住んでいる部屋は五階だ。まず、そんな高さの人間なんていない。

 それに虫でもないと思った。窓に一瞬だけ映った影は窓を覆い隠すほどの大きさを誇っていた。

 そんな大きな虫が町中に出たら周囲はパニックになっていることだろう。しかし、外はいつもの閑散とした空気に包まれている。


琴未ことみちゃん。私にも見えたよ。影が」


「コバルダン……だよね?」


「絶対にそうだよ。琴未ことみちゃん、ここでコバルダンと決着を決めよう」


「……分かった」


 沙里さりちゃんの言葉に頷き、俺は魔法少女へと変身する。

 もう慣れた頭上から降りてくる魔法少女の服。

 フリフリとした可愛らしい外見の裏に、とんでもない防御力を秘めている。

 抵抗せずそれを受け入れ、俺は魔法少女となる。


「じゃ、行ってくる」


「うん。気をつけてね琴未ことみちゃん。もしかしたら、樹亜羅きあらちゃんを利用してくるかもしれない」


「短期決戦、ってことだね」


琴未ことみ……」


樹亜羅きあらちゃん、絶対に守ってみせるからね」


「ごめん。私のために……」


「気にしないで。これが修行になるんだから」


琴未ことみちゃん。私は樹亜羅きあらちゃんをミリカにさせないよう防御魔法を掛け続けるけど、ゆっくりできる時間はないわ。それだけは気をつけて」


「分かった。……待ってろよコバルダン!!」


 二人の女子小学生に見守られながら、俺は窓のサッシに足をかけて空へと飛び出していったのだった。

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