29

 俺たち三人は着替えを持ってくるために一旦家へと帰っていく。

 そういえば、樹亜羅きあらちゃんは琴未ことみ沙里さりちゃんが一緒に暮らしているのは疑問に思わないのだろうか。

 沙里さりちゃんに怒られてしまうかもしれないから、その疑問を直接樹亜羅きあらちゃんに聞くことはないけど……。

 多分、この家に入るとそんな疑問が消え去ってしまうのだろう。現に俺もそうだったしな。

 今まで疑問に思ったことはないんじゃないか? 俺の記憶からかき消されているかもしれないけど。

 玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨てて、俺はすぐに琴未ことみの部屋へと向かう。


「さて、さっさと準備しなきゃな……」


 部屋に入って、俺は適当なリュックを探す。

 それはクローゼットの中にあった。女の子らしいピンク色を基調としたリュックだった。

 俺はその中に次の日の授業道具や着替えなどを無造作に入れていく。

 どうせがさつな琴未ことみだ。こんな感じで入れていけば怪しまれることはないだろう。


「っと、よし! 行くか!」


 リュックに明日を詰め込んだ俺は、琴未ことみの部屋を勢い良く飛び出していった。


「遅いよ琴未ことみちゃん!」


「えぇ!? 沙里さりちゃん早くない!?」


「早くないよ。琴未ことみちゃんが遅いくらいだよ」


 俺でさえ少し早いかもと思ったのに、沙里さりちゃんはすでに玄関に立ちはだかっていた。

 彼女は仁王立ちで俺こと琴未ことみを急かしている。

 彼女は限定商品が残り少ない時の焦りのように、しきりに飛び跳ねて俺を呼んでいる。

 仕草は可愛らしいが、そこまでお泊り会が嬉しいのだろうか。

 ……いや、小学生は嬉しいのかもしれない。

 小さなイベントでも、小学生の感覚からすれば天変地異が起きるほどの衝撃。

 そんな新鮮さが小学生の特権かもな。


「むぅ……」


「ほら、早く行くよ二人とも」


 いつになく琴未ことみを真面目に注意している沙里さりちゃんの代わりが、樹亜羅きあらちゃんだった。

 彼女は冷静に俺たちを諭し、先に玄関から出て行く。

 樹亜羅きあらちゃんから離れないようにするため、俺たちは頷きあって一緒に玄関を出ていった。

 鍵がしっかりと閉まっていることを確認して、俺たちは樹亜羅きあらちゃんの家へと再度向かう。

 向かうはずだったが、それは一人の来客によって一度ストップすることになった。


「あれ? 琴未ことみ沙里さりちゃん。そして樹亜羅きあらちゃんじゃないか」


「あ。かける先生!」


「え……? ど、どうして……」


 遠くに見える人物。それは俺自身だった。いや、俺の姿を借りた琴未ことみだった。

 琴未ことみは手を振って俺たちのところへと走ってくる。

 沙里さりちゃんはかけるが来たことを素直に喜んでいるようだが、俺は違う。不安の渦が出来上がっている。

 何で今さら琴未ことみは俺と沙里さりちゃんに接近してきたんだ? 沙里さりちゃんの顔を見に来たのだろうか。だったら納得するんだが……。

 俺の記憶を有効に使っている琴未ことみは、普段の俺のような仕草で沙里さりちゃんに話しかけていた。


「三人揃って今日はどうしたんだい?」


「今日は樹亜羅きあらちゃんの家でお泊り会をするんです!」


「へえー……それは凄いな。誰が言い出したんだ?」


琴未ことみよ。それがどうしたの?」


 樹亜羅きあらちゃんがかけるに向かってある意味で爆弾のようなものを投げつけてしまった。

 彼女はかけるのことを不審に思っているようだ。あれ? 俺は今まで自分自身の姿で樹亜羅きあらちゃんに会ったことはあっただろうか。いやない。

 そうか。彼女としては認識がないのに名前を知っているのを不快に思っているんだ。

 おい琴未ことみ。お前なんてことをしてくれたんだ。


琴未ことみがなあ……。ふーん……」


「どうしたんですか? かける先生?」


「いや、珍しいと思ってな。こういうのは沙里さりちゃんが思いつくんじゃないのかなって思っただけだから」


かける先生、琴未ことみちゃんもやる時はやる女の子なんですよ?」


「……いや、琴未ことみは何もできない女の子だよ」


「え?」


 らしくない言葉を吐いたかけるに驚いたのだろう。

 沙里さりちゃんは目を見開いて言葉を失っていた。

 その彼女の顔に気がついたのか、かけるはすぐに言葉を訂正する。


「――あ、ああ! すまない沙里さりちゃん! 琴未ことみだってその気になれば何だってできるもんな!」


「そうですよ! 私はいっつも信じてるんです。琴未ことみちゃんのこと……」


 何で琴未ことみがこっちに接近してきたのかを聞き出さなければならない。

 俺は沙里さりちゃんと樹亜羅きあらちゃんを先に行かせるように言った。


沙里さりちゃん、樹亜羅きあらちゃん。私、かけると話があるの。だから先に行ってて」


「うん、分かった。じゃあまたよろしくお願いします、かける先生!」


 沙里さりちゃんは依然として疑いの眼差しを止めない樹亜羅きあらちゃんとともに、目的地へと足を運んでいった。

 この場に残っているのは琴未ことみと俺のみ。これでようやく話ができるというわけだ。


「……どうしたんだ琴未ことみ?」


「ただ沙里さりちゃんの様子を見に来ただけ。それよりかける、お泊り会ってどういうことなの?」


「俺はただ樹亜羅きあらちゃんを助けたいから進言したまでだ。それ以外の感情はない」


 これは本当だ。これ以上樹亜羅きあらちゃんの悲しげな表情は見たくない。させたくない。

 その思いが俺の脳内にひらめきを作り上げたんだ。

 でも、琴未ことみは拳を握りしめて震えさせていた。


「……嘘」


「嘘じゃない。知ってるか琴未ことみ。ミリカって魔法少女、樹亜羅きあらちゃんの可能性が高いんだ」


「え?」


「だけど、樹亜羅きあらちゃんにはその時の記憶がない。それはコバルダンが彼女を操っているからだ。それが……俺と沙里さりちゃんがたどり着いた答えだ」


「そんな……そんなことって……」


「それとな琴未ことみ。俺はお前に言わなきゃならないことがある」


「な、何よ……?」


「まだ自分の可能性を否定するんなら、俺が違うって証明してみせるぜ。魔力のない俺が、この体でな」


「む……無理に決まってるじゃない! 私より魔法も使えない。魔力だってないのに!」


「……だからこそだよ。そんな俺が努力して強くなれば、お前だって才能が関係ないって気づくだろ?」


「……っ」


 何か言いたげに唇を噛む琴未ことみ

 その後は何も言わないで俺に背を向けて走り去っていくだけだった。

 待ってろよ琴未ことみ。俺はこの体で必ずお前に認めさせてやる。絶対にな。

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