28

 疑ってかかっている樹亜羅きあらちゃんに向かって、俺は力強く頷く。

 それから、恥ずかしい変身の呪文を樹亜羅きあらちゃんのいる前で唱えたのだった。

 その瞬間に広がる光の球。それに包まれる俺の体。中でのお着替えタイム。

 あっという間に、俺は魔法少女に変身完了していた。


「これが魔法少女。琴未ことみちゃんと私は別の世界から来た魔法が使える人間なの」


「へ……へっ!?」


「クラスのみんなには内緒にしておいてね? ……恥ずかしいから」


「あ……あ……」


 口をパクパクとさせながら目を異常なほど擦っている樹亜羅きあらちゃん。

 目の前で起こった出来事が信じられないのだろう。

 俺だって最初は信じられなかった。いや、信じたくなかった。

 他人と体が入れ替わるなんて、あり得ないと思っていた。

 そんなのは、同じ学校の猫かぶり女子生徒に告白したら神と戦っていたか、神社で転げ落ちるか、隕石が日本に落ちない限りないと思ってたから。いや、そんな稀なシチュエーションはないか。

 とにかく、樹亜羅きあらちゃんにも現実を受け入れてほしいというわけだ。

 彼女は依然として驚きを示している。


沙里さりの言ってた魔法少女って……夢じゃなかったんだね」


「そうよ。これはほんとーの出来事なのっ」


 沙里さりちゃんは胸を張ってふんすと仰け反っている。

 この間に否定されたことがよっぽど不服だったに違いない。


 俺のような高校生ならあれこれ理屈を付けたりするだろうが、そこは想像力の豊かな小学生。

 彼女はすでに何となく受け入れ始めていた。


「へー。じゃあ琴未ことみは魔法少女になって地球を守ってるんだ」


「いや、実はあまり守って――むぐっ」


 沙里さりちゃんに口を塞がれる俺。


「うん! ちゃんと守ってるんだ! 夜中は三時に起きて退治に行ったり、長くツラい修行をこなしたり、それはもう過酷で過酷で……」


琴未ことみ……あんた、勉強あまり出来てないから心配だったけど日夜そんなことをやってたんだね」


 沙里さりちゃんの口車に乗せられて、樹亜羅きあらちゃんは感動し始めている。

 そして、ただ突っ立っている俺の手をギュッと握ってくれたのだ。

 樹亜羅きあらちゃんの手入れされている柔らかい手が俺の手を包み込んでいく。


「人知れず頑張ってたんだね。ごめん、正直言うとちょっと見下してた」


「ちょ! 酷いな樹亜羅きあらちゃん!」


「だからごめんって!」


「まあ、いいけど……。じゃ、話を戻そうか。お願い沙里さりちゃん」


「分かった琴未ことみちゃん。あのね、さっき言ったコバルダン」


「うん」


「その男に樹亜羅きあらちゃんは操られているのかもしれないの」


「操られている……?」


「そう。樹亜羅きあらちゃんはコバルダンによって変身させられている可能性があるんだ。その証拠に最近、私たちは謎の魔法少女と戦ったわ」


「それが私だって分かる理由はあるの?」


「その子……名前はミリカって言うんだけど、私たちを知っているようだったの。でも、この世界にいる魔法少女は琴未ことみちゃん一人だけ。しかも、私の知らない魔法少女がいるなんて考えられない。琴未ことみちゃんのために、私はあの世界で一生懸命魔法少女について調べてたから……」


「そっか……」


 樹亜羅きあらちゃんは沙里さりちゃんの話を聞き終わると、大きなため息をつき俺と沙里さりちゃんに向かって頭を下げた。


「ごめん、知らないうちに私……二人を傷つけてたみたいなんだね」


「謝らなくてもいいよ樹亜羅きあらちゃん。悪いのはコバルダンなんだから」


沙里さり……」


 樹亜羅きあらちゃんの原因じゃないって否定してあげることで、彼女の心の負担を軽くする。

 優しい沙里さりちゃんだからこその気遣いだろう。

 それでも樹亜羅きあらちゃんの不安は晴れない。その理由は、彼女自らが口にした。


「ありがとう沙里さり。でも、私じゃどうすることもできないよ。いつ変身したのかも分からない。自覚がないの」


「兆候はない? 例えば頭が痛くなるとか急に眠くなるとか……」


 樹亜羅きあらちゃんは低く唸りながら思案を繰り広げていく。

 だけど、彼女が言った言葉は謝罪だった。


「うーん……全然覚えてないよ。兆候といっても、本当に分からない」


「そっか……」


樹亜羅きあらちゃん本人が分からないとなると、どうしようもないような気がするよ、沙里さりちゃん」


「いや、まだ手はあるよ琴未ことみちゃん」


「それは……?」


「ずっと樹亜羅きあらちゃんの側にいることだよ!」


「……うん。それは確かにそうだね。そうすれば樹亜羅きあらちゃんの変身の瞬間が見えるよ」


「いい案でしょ? 琴未ことみちゃん!」


 俺は沙里さりちゃんになんて言おうか迷ってしまう。

 だって、彼女はとっても澄んだ表情で俺を見つめてくるのだ。

 こんな純情な目を持った彼女に、俺は現実を突きつけることができるのだろうか。

 そんな心の葛藤に喝を入れてくれたのは樹亜羅きあらちゃんだったかもしれない。


沙里さり……それって私をずっとストーカーするってこと?」


「え? いや、ストーカーじゃないよ樹亜羅きあらちゃん。これは警護だよ!」


「何か違うような……」


 ……そっか。あの手ならいけるかもしれない。

 何となく納得していない樹亜羅きあらちゃん。

 俺は彼女を納得させるために、ある提案を言葉にした。


樹亜羅きあらちゃん、今日は親はいる?」


「え? 最近はずっと家にいないよ」


「だったら泊まってもいい?」


「泊まる?」


「そうそう。今日は三人のお泊り会。それなら抵抗はないでしょ?」


「……うん。それならいいかな」


 俺の提案に樹亜羅きあらちゃんも優しい表情を見せる。

 ストーカーと言えば聞こえは悪いがお泊り会となると話は別だ。

 沙里さりちゃんはすでに乗り気になっていて、嬉しそうにはしゃいでいる。

 いつもは大人びている沙里さりちゃんも年相応の感情を見せているのは新鮮だ。

 琴未ことみも色んな顔を持っているのだろうか。俺たちには決して見せない秘密の表情を……。


琴未ことみちゃん。早速家から着替えとか持って来ようよ!」


「そうだね。あ、樹亜羅きあらちゃんもついてきてよ」


「どうして?」


「私たちがいない時にミリカになったらもったいないからね」


「そっか。そうだね」


 そんなこんなで、三人の小さなお泊り会は幕を開けたのだった。

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