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「もしかして……」


「どうしたの琴未ことみちゃん?」


「鏡があることで樹亜羅きあらちゃんの頭の中に戦え……戦え……って脅迫概念が……」


「うん……コバルダンが何かしている可能性があるよね」


 妙に納得してしまっている沙里さりちゃん。

 彼女は神妙な顔つきで周りを見渡していたが、思い出したように目を丸くさせた。


「……やっぱりミリカは樹亜羅きあらちゃんだよ。琴未ことみちゃん」


「え? でも、それは樹亜羅きあらちゃんが否定してたよ?」


「こうは考えられない? ミリカになっていた時『樹亜羅きあらちゃんの意識が封印されていた』」


「……封印?」


「うん。コバルダンが樹亜羅きあらちゃんを操ってミリカとして変身させてたんだよ。それなら、樹亜羅きあらちゃんの時にミリカの記憶が残ることはない」


「でも沙里さりちゃん。最初にミリカに会った時はコバルダンに弓矢を放ってたと思うんだけど……」


「演技の可能性だってあるよ。タイミングが良かったもの」


「うーん……納得できるようなできないような……」


「魔法少女は琴未ことみちゃんしかいないんだよ、この世界には。それに仮に魔法少女だとしたら、私が知らないわけがないわ」


「確かに……。でも、それなら最初コバルダンを襲った理由は? 演技をする意味が分からないよ。私だったらコバルダンとミリカの二人で私にトドメを刺しちゃうよ?」


「演技じゃないとしたら……きっと、樹亜羅きあらちゃんの正義の心がコバルダンの支配を少しだけ弱めているのかもしれない。琴未ことみちゃんを倒そうとする心はあるけど、同時に琴未ことみちゃんを救いたいって気持ちが拮抗してるんだよ」


 なるほど。沙里さりちゃんの推理は意外にも筋が通っている。

 だったら、俺は樹亜羅きあらちゃんに向かって啖呵を切ったということか。


 ぬいぐるみを持った琴未ことみの姿を見るのは後になるだろうと思ったが、俺はドアの近くに配置されている物に目が止まった。

 白のローブがかかっているその物体は、人の身長ほどの長さを誇っている。

 もしかすると、これが鏡かもしれない。

 そう思った俺は近づいてローブを取り外したのだった。


「あ、鏡だ」


「やっぱり、これが鏡だったんだね」


 白のローブに隠されていた鏡は、壁に向かって斜めに立て掛けられていた。

 汚れもなく、綺麗に目の前を反射している鏡は、ぬいぐるみをギュッと抱きしめている俺をありのまま映していた。

 ぬいぐるみを持つ。本物の琴未ことみは自らこんなことはしないだろう。

 しかも、目の前の琴未ことみはデニムのジャケットとパンツを履いている。さらにポニーテールで勝ち気なイメージを作り上げている。

 そんな彼女のギャップ感溢れる出で立ちが、鏡に映っているのだ。


「おお……可愛い……」


「ね? 琴未ことみちゃん。私の言った通りでしょう?」


「ねえ沙里さりちゃん。今度ぬいぐるみ買ってよ」


「うーん……今度のテストで良い点取れたらね」


 ……って沙里さりちゃんは琴未ことみの保護者かっ!?

 何故かぬいぐるみをねだってしまった俺も大概だが、沙里さりちゃんは本当に琴未ことみのお世話係なんだな。


 そんな二人同士の会話が続いてきたところで、樹亜羅きあらちゃんがドアを開けて中へと入った。

 彼女の手にはお盆が乗せており、その上にお菓子やジュースなんかが置いてある。

 わざわざごめんね樹亜羅きあらちゃん。本当によく出来た女の子だよ。

 樹亜羅きあらちゃんは部屋の真ん中にある丸いテーブルにお盆を置くと、今度は俺の方に向かってきた。

 その表情は恐れを抱いているようだった。


琴未ことみ……」


樹亜羅きあらちゃん。この鏡にも……何か映ってるの?」


「……否定したいけど、そう」


「そっか。だからこれで隠してたんだね」


 床に落ちていたローブを手にとって樹亜羅きあらちゃんに見せると、彼女は無言で頷く。

 彼女が来た以上、苦しませるようなことはしたくない。

 そう思った俺は鏡をローブで隠したのだった。


「……ごめん琴未ことみ


「ううん。こっちこそごめん。勝手に鏡を使ったりして」


「いいよ別に。琴未ことみの可愛い姿も見れたしね」


「えへへ……」


「ほら、テーブルの周りに集まって。適当に座っていいから」


 樹亜羅きあらちゃんの一言で、俺と沙里さりちゃんはテーブルに集結して周りに腰を下ろす。

 そう、今日は樹亜羅きあらちゃんの悩みである鏡について詳しく聞くために来たんだ。

 そろそろ本題に入ってもいい頃合いだろう。


樹亜羅きあらちゃん、鏡には何が映っているの?」


「う……」


「怖いのは分かるよ。でも聞かせて。私も琴未ことみちゃんも気になってるの」


「……分かった。私も覚悟を決めるよ。あのね……鏡に変な人影が映ってたの」


「『映ってた』? 今は?」


「今はハッキリと見える。輪郭も、姿も……」


 樹亜羅きあらちゃんは心なしか震えているようだ。

 それもそうだろう。知らない人が鏡を見るたびに映っているのだから。

 しかも、それは日を経るごとにくっきりと映っていくのだから……。


 そんな樹亜羅きあらちゃんに同情しているうちに、沙里さりちゃんは次の行動に移っていた。

 彼女はノートと鉛筆を一セット手渡していた。

 つまり、彼女に描かせるつもりだろう。コバルダンを。


「お願い樹亜羅きあらちゃん。私たちにも見せて。鏡に映る存在を」


「……沙里さりのお願いじゃしょうがないね。ちょっと待ってて」


 樹亜羅きあらちゃんは観念したように言うと、鉛筆を手に持ってノートに顔を描き始めた。

 何度も見ているからだろうか。脳にこびりついたその存在の輪郭を彼女は一寸も違わず描いているように見える。

 そして、ノートに描かれる存在は沙里さりちゃんが予期していた通りの人物――コバルダン――だった。

 鉛筆をテーブルに置いて一息つく樹亜羅きあらちゃん。どうやら描き終わったようだ。


「こんな感じかな。私ってバカみたいでしょう? こんな幻を毎日見てるなんて……」


琴未ことみちゃん。やっぱり私の考えに間違いはないよ」


「うん。私もそう思う」


「ん? 沙里さりの考え? それって何?」


樹亜羅きあらちゃん。この絵に描かれている人の名前、私たちは知ってるんだ」


「え!! それって本当!?」


 樹亜羅きあらちゃんもそれは予想外だったのだろう。

 彼女はテーブルに両手を付けて沙里さりちゃんの方へ前のめりに体を傾けた。

 沙里さりちゃんは彼女の期待を裏切らないように、ゆっくりと話し始めた。


「この名前はコバルダン。私たちの敵なんだ」


「て、敵? どういうこと?」


「……本当は誰にも喋っちゃいけないんだけど、樹亜羅きあらちゃんは大事な友だちだから言うね。実は私たち……別の世界からやって来たの」


「ね、ねえ……私をバカにしてないよね? それ」


 さすがの樹亜羅きあらちゃんも少しは怒っているようだ。

 沙里さりちゃんがウソをついているわけがないと思いながらも、自分は酷くバカにされているのではないか。

 そんな不安感が彼女の表情から読み取れる。


「ウソじゃないよ。……琴未ことみちゃん、変身して」


「そうだね。それが一番手っ取り早いか」


「変……身……?」

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