26

 樹亜羅きあらちゃんの家はマンションだった。

 見上げると首が痛くなるのは小学生の身長だからなのか。

 とにかく、空高くそびえ立っている摩天楼のように、琴未ことみの視線から見えた。

 建設当時は純白のコンクリートで固められていたのだろう。それも今は大気や雨風にさらされたせいで灰色に濁ってしまっている。

 樹亜羅きあらちゃんはそんなマンションにおくびにも出さずに進んでいく。

 中に入ると、ご丁寧にロック式の扉があった。どうやって扉を解除するのかというと、近くに鍵穴があってそれにマンションの鍵を挿すのだ。

 樹亜羅きあらちゃんは慣れた手つきで鍵穴に鍵を差し込んでロックを解除させる。


「ほえー、セキュリティがちゃんとしてるんだねえ……」


「そうだね琴未ことみちゃん。私たちの家にもこんなの付けようか?」


「いや、意味がないよ沙里さりちゃん……」


「そうかな?」


 琴未ことみ沙里さりちゃんは一軒家だからあまり意味がないのだ。

 それに、仮に付けるとしてどんだけの費用がかかるのか想像がつかない。


「着いたよ二人とも。これが私の家」


「へぇー……」


沙里さりちゃんは初めて? マンション」


「うん。ってあれ? 琴未ことみちゃんは見たことあるの?」


「え゛!? あ、いやーちょっとね!」


「なーんだ。琴未ことみは見てたんだ。残念」


「ご、ごめん樹亜羅きあらちゃん」


「いいよ別に。さ、入って入って」


 マンション内にあるエレベーターに乗って自分の家へとたどり着き、樹亜羅きあらちゃんは自信たっぷりに自分の家を紹介してくれた。

 一方の沙里さりちゃんは辺りを見回して、同じドアが並んでいることに驚いているようだ。

 そりゃそうか。こっちは一軒家だからな。

 だが、この二人はどうやって一軒家を手に入れたのだろうか。

 いや、異世界から来てる二人だ。考えるのも無駄かもしれない。多分、超魔法でなんかかんかしたんだろう。

 先に樹亜羅きあらちゃんが家に入ってから、俺たちは家へとお邪魔することになる。


「お邪魔しまーす」


「えーっと……そこのつきあたりが私の部屋だから」


「分かったー」


 樹亜羅きあらちゃんの言われた通りに、沙里さりちゃんと一緒に俺はつきあたりの部屋へと足を運ぶ。

 俺が先導していたため、ドアノブを捻って開ける役目は自分となる。

 普段樹亜羅きあらちゃんが暮らしている部屋へと突入する。


「……ゴクリ」


「どうしたの琴未ことみちゃん?」


「い、いきょ沙里さりちゃん……」


「う、うん……」


 緊張のあまり噛んでしまったが、沙里さりちゃんはツッコまずに頷いてくれる。

 意を決して、俺はドアを開け放ったのだった。

 そこには、素晴らしい光景が広がっていた。

 最初に目に入ったのはベッドだった。

 ただのベッドじゃない。可愛らしくファンシーな色と柄の布団。そして様々な動物のぬいぐるみがベッドで休息を取っているのだ。

 内装は女の子らしく、淡い桃色の壁がこの部屋の明度を一段階上げているような気がしてくる。


「す、凄い……女の子の部屋だ……」


琴未ことみちゃんもこれくらい可愛くなってくれればいいだけどなー」


「うっ……」


「脱ぎ散らかした服とか、スナック菓子の袋が床に散乱しなければいいだけどなー」


「ぜ、善処します……」


 意味深そうにジト目を向ける沙里さりちゃんに、俺は苦笑いをしながらそう言うしかなかった……。


 先程から甘くも清々しくなる匂いは香水がかかっているのだろうか。

 ふんわりと気づかせてくれる匂いがこの部屋には漂っている。

 とにかく、樹亜羅きあらちゃんの部屋からは生活臭ではない何かの匂いが俺の鼻をくすぐっていた。

 そんな俺の雰囲気に気がついたのか、沙里さりちゃんは俺の肩をそっと触れてくれた。


琴未ことみちゃん。あっちを見て」


「え?」


「ほら。これだよ。匂いの正体は」


「あ……へぇー……こんなのがあるんだー……」


 沙里さりちゃんが指さした場所。それは樹亜羅きあらちゃんの机だった。

 机もまあー整理整頓がちゃんと成されていて、どこかのおてんば娘とは大違いである。

 その机に、皿が置いてあったのだ。

 皿の中には汚らしい枯れた花が飾られてある。

 一種類ではないようで、様々な柄の花びらがあった。


「うん。確かポプリとか言ったかな?」


「へぇー……。何か汚い感じでいい匂いなんて出なそうだけどなあ」


琴未ことみちゃん……もっとお勉強した方がいいよ……」


「うーん……そうするよ」


 その知識は男に戻ったらどこで本領発揮するのかは分からないが、琴未ことみでいるうちは必要だろう。

 俺は何となく沙里さりちゃんの言ったことに頷いていた。


 沙里さりちゃんはカーペットが敷かれている床に座り、俺はベッドに腰掛ける。

 樹亜羅きあらちゃんが来るまで何もすることがない。

 自然と俺はぬいぐるみの方に目を向けてしまっていた。

 ライオン、トラ、チーターとか色々ある動物のぬいぐるみ。

 これじゃ樹亜羅きあらちゃんのベッドが動物園だ。

 ……ある一つの考えが思い浮かんだ俺はおもむろにライオンを手に取る。

 それから、胸の中でギュッと抱きしめたのだった。

 よし、準備は完了だ。後は姿見があれば……。


「あ、あれ?」


「どうしたの琴未ことみちゃ……って、ぬいぐるみ抱きしめてる琴未ことみちゃん可愛いー!」


「そ、そう?」


「うん! 琴未ことみちゃんにも見せてあげたいくらいだよ! ……?」


 俺と同じ考えに至ったのか、沙里さりちゃんは周りを見渡して思わず首をひねる。

 どうやら、沙里さりちゃんもこの部屋の不思議に気づいたようだ。


琴未ことみちゃん……」


沙里さりちゃんも気がついたんだね」


「うん。ここ、鏡がないね」


 そう。この部屋には鏡がないのだ。

 これが男の子なら問題ないだろう。しかし、樹亜羅きあらちゃんは女の子だ。

 女の子ならば、鏡があるだろうと俺は思った。

 差別的かもしれないが確率は女の子の方が高いはずだ。

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