妖しき影を追跡せよ! 魔法少女24時!

22

琴未ことみちゃん、朝だよ!」


 そんな元気のいい声が俺に呼びかけてくれたことで、目を開けることができた。

 しかし、俺のまぶたはすぐに閉じられてしまう。

 本来ならば抗わなければならないのだが、そんな意思は俺にはない。

 気だるい感情が重石となって全身にのしかかっているのだ。

 原因は絶対に深夜の秘密特訓だろう。

 夜型の琴未ことみは深夜だと目が冴えきっていたのだが、こうして朝を迎えるとどうしようもなく眠い。


「ほらー、あーさーだーよ!」


 再び声がする。

 眠たすぎるこの体のため、その声に一瞬だけ殺意が湧いてしまったがそんな感情を抱く暇はない。

 俺がこの体で遅刻するわけにはいかないのだから。


「う~ん……起きる~……」


 重たい頭をもたげながら、俺はゆっくりと体を起こした。

 とりあえず、ベッドから離れなければ。

 転がるように、ベッドより退避する俺。

 床に寝そべってしまうで、まるで寝相の悪い人だ。

 しかし、この体も外気に触れられたおかげで覚醒の兆しをみせている。

 ようやく立ち上がることが出来た俺は、大きなあくびを一回すると、声の主に振り返った。


「おはよう……沙里さりちゃん」


 まだまだ寝ぼけ眼なのだろうか。

 そんな俺を見て微笑んでいる沙里さりちゃんはクシを差し出してくれた。

 恐らく、今の俺の髪の毛はとんでもないことになっているのだろう。

 それは漫画やアニメの表現でよくある、大爆発に巻き込まれた人の髪型のように、ボッサボサになっているに違いない。


「昨日は何時まで起きてたのかなー?」


「ん……ちょっとね……」


「ふふっ。さ、早く着替えちゃってよ。朝ごはんはもう出来てるからね」


「はーい……」


 本来ならば怒ってしまうのかもしれないが、沙里さりちゃんは微笑みを絶やさずに部屋から出ていく。

 もう一度あくびをして、俺は姿見で自分の姿を確認した。


「うわっ……これは酷いな」


 そこには鬼女がいた。




 朝食を食べ終わり、俺と沙里さりちゃんは小学校へと通う。

 家を出る直前、俺はもう一度だけ姿見で自分の姿を確認する。

 ジーンズにTシャツといった元気さが際立つ服装のスタイル。

 そして、活発さを表現するポニーテール。動くたびにぴょこぴょこと可愛らしくなびいてくれる。

 どちらも琴未ことみとしてのアイデンティティとして決まっている。


 最初は不慣れだったポニーテールも、いつの間にか得意になってしまっているな。

 これは琴未ことみの記憶が無意識に引き出せているからだろうか。

 それとも俺が手慣れてしまったのか……。

 こんなスキル、習得してもあまり嬉しくないぞ。

 男に戻った俺がポニーテールなんて髪型するわけないし、仮にやったら気持ち悪いし……。

 あ、自分の子供が出来た時とかに使えるか?

 それも何十年後の話だよっていうことだけどな。


「ふぅ……」


 何かをやりきった琴未ことみの顔が鏡に反射する。

 幼き少女のドヤ顔を、今俺は間近で見ることができるのだ。

 一言で言おう。可愛い。

 俺はそんな琴未ことみの顔にずっと見とれてしまっていた。


「準備は出来た? 琴未ことみちゃん」


「……ふむ。……うん」


琴未ことみちゃーん?」


「……うーん……」


「こ・と・み・ちゃん!!」


「ひぇっ!? あ、ああ! 今行くよー」


 沙里さりちゃんの呼びかけにようやく気づけた俺はハッとして彼女に振り向く。

 何やってんだよ俺は……。

 ぁぁぁ……。早く沙里さりちゃんと琴未ことみを元気にさせて再び同じ日常生活を送れるようにしなけりゃならんのに……!


 俺は自分の心が入っている琴未ことみに見とれてしまったこと、必要のないスキルを覚えてしまったことの両方に対してがっくしと肩を下げつつも沙里さりちゃんと学校に向かうことにしたのだった。

 昨日の出来事から沙里さりちゃんを心配していた俺だったが、どうやら杞憂に終わってくれたようだ。

 朝、俺を起こしに来た時や、朝食を食べている時。

 そして、こうして登校している時だって彼女は昨日と変わらない表情をしている。

 それは無理をしているというわけではなくて、心の底から微笑んでいるように俺には見える。

 いや、杞憂で良かった。

 とりあえず、沙里さりちゃんを助けることはできた……のかな。


 途中の分かれ道で樹亜羅きあらちゃんとも合流する。

 樹亜羅きあらちゃんも変わらず、レースが装飾されている高級そうな服装を着こなしている。

 もののはずみで、一瞬だけ彼女の服に触れてしまったことがある。

 その時、俺の手に触れたレースの柔らかさといったらなかった。

 全ての感情を優しく包んでくれるような、ゆりかごのような感情を抱かせてくれる肌触り。

 あんなのを着て毎日学校へと着ている樹亜羅きあらちゃんは本当に幸せ者だろう、俺は思う。


「おはよ、二人とも」


「おはよー樹亜羅きあらちゃん」


 樹亜羅きあらちゃんと挨拶を交わした俺は、ふと彼女の目元が気になってしまった。

 いや、俺が目元フェチというわけではない。

 俺の見間違いでなければ、彼女がやつれているように見えたのだ。

 彼女はまだ小学生だから、昨日の疲労もそこまで残らないはずだが、彼女の目元には黒紫色の線ができていた。

 化粧……ではないよな。化粧だとしても、自分の印象が悪くなるようなことをするとは思えない。そうなれば、クマなのだろう。

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