21

 沙里さりちゃんが寝静まった夜中、俺は体を起こす。

 時刻にすると夜中の二時。

 ほとんどの人は静かに眠りについている時間帯だ。

 そんな時間に俺が向かう先は庭だ。

 琴未ことみの体になって初めて知ったのだが、沙里さりちゃんと琴未ことみが住んでいるこの一軒家には庭が存在していた。

 塀も高く、簡単に強盗には進入されにくいというのも、グッドだった。

 まず小学生の体だと塀の長さにはとてもじゃないが敵わない。

 つまり、夜中に何かをやっていてもバレない確率がアップする。


「よし、ここでいいか」


 塀があるというのに、俺は周りをキョロキョロと見回してから変身の呪文をそっと唱えた。

 こんな真夜中だと、変身時に俺を包んでくれる光の球も自己主張が強いんじゃないかと思うが、魔法少女になるためにはしょうがない。

 誰もこの異変に気づかないように願いながら、俺は変身を完了させた。

 ……というか、家の中で変身すれば良かったかもしれない。


「この次からはそうしておこう……」


 下手にリスクを冒すよりもそっちの方がずっといい。

 今回は誰にも気づかれなかったから良かったものの、せっかく沙里さりちゃんに秘密で外に出ているのに他の人にバレてしまっては意味が無い。


「……よし、エンジェルロッドを持ったっと」


 しっかりと握られているエンジェルロッドを確認し、俺は大きく息を吸った。

 琴未ことみに俺の意思を伝えるため、そして沙里さりちゃんを救うため。

 秘密の特訓が今、幕を開ける。

 琴未ことみ沙里さりちゃんにも誰にも教えられていないエンジェルロッドの力。

 これを引き出すため、俺は変身を遂げたのだ。


「とりあえず、どういう形状なんだ? コイツは……うわっ! 壊れた!!」


 エンジェルロッドを色々カチャカチャさせて、動かす。

 そうしているうちに、なんと真っ二つに分解されてしまった。

 二つに分かれたエンジェルロッドは、もうすでにロッドとは言えないほどの長さになってしまっている。

 大体、今の琴未ことみの腕くらいの長さだろうか。

 女子小学生の腕の長さと同じ=短いと分かる。


「ってか……くっつくのか?」


 恐る恐る、俺は二つに分かれたエンジェルロッドをはめ込んでみる。

 すると、エンジェルロッドは元の長さを持った一つの棒となった。


「……もしかして」


 もう一度二つに分離させる俺。

 それから、試しにとT字の形にロッドを組み合わせた。

 その瞬間、T字の横線を司っているロッドに変化が起こる。

 光り輝いた先に現れたのは、ハンマーだった。

 物理法則を無視し、ロッドはハンマーへと変わった。

 意味不明だが、これがエンジェルロッドの能力なのかもしれない。

 組み合わせによって多彩な武器へと変化する。

 使いようによっては面白いこともできるだろう。

 ……俺が使いこなせればの話だが。


「この形……言うなれば『エンジェルハンマー』というところか」


 使い具合を確かめるために、ハンマーのままで素振りを始める。

 重さはエンジェルロッドの時と変わらないようだ。

 つまり、どんな形であっても重さは変わらない?

 これまた物理法則無視だが、魔法少女なら無視してもいいのだろう。

 きっと、これから何も無いところで新しいアイテムとか、パワーアップキットとかが出てくるに違いない。

 だとしたら嬉しいんだがな……。


「よし。応用はこれくらいでいいだろう。最初は基本からいかないとな」


 エンジェルハンマーをエンジェルロッドへと戻す。

 きっと、この形態が一番使用することになるはずだ。

 俺はエンジェルロッドを振り回しながら、脳内でミリカを想像した。

 目の前にいるかのように思い浮かべ、仮想敵として設定する。

 今の俺に足りないのは実践経験であり、エンジェルロッドの捌き方だろう。

 体は幾つもの戦線をくぐり抜けてきたかもしれないが、心は初心者だ。

 そのズレを直すために、俺は日夜特訓に励もうと決意したというわけだ。


「遠距離も近距離も対抗できるミリカか。弓矢は早いのと遅いのがある……」


 ミリカとしては遠距離で俺を仕留めたいはずだ。

 なら、彼女の取る行動は……。

 いくつかのパターンを考え、俺はそのパターンを攻略するように動いていく。

 もう、この体を傷つけさせるわけにはいかない……。


 時間は刻々と過ぎていく。

 琴未ことみは夜型のようで、夜中になればなるほど目が覚醒していくのが分かる。

 だから、朝が弱いのだ。彼女は。

 だが、今はこの感覚をありがたくも思う。

 誰にも知られずに密かに特訓できるのだから。

 その後、俺は体に限界が来るまで必死に特訓を重ねていったのだった。

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