16

 数十分の沈黙の後、俺はようやく自分の体と対面することができた。

 俺の体になっている琴未ことみは、傍から見ておかしいところはない。

 口調もクラスメートといる時は俺の言葉遣いそのままになっている。

 アイツ、本当に魔法で記憶が読めるみたいだな……。

 学生カバンを脇に抱えながら、琴未ことみは俺を見下ろした。


「やあ琴未ことみ。どうしたんだ?」


「……ちゃんとやってるか見に来たんだよ」


「そっかそっか。可愛いやつめ」


 そう言いながら、琴未ことみはしゃがみこんで俺の頭をなで始める。

 くっ、嫌悪感しかない。

 同時に敗北感も味わいながら、俺は無理くり琴未ことみの手を跳ね除けた。

 琴未ことみはニヤニヤとして、俺の行動一つ一つを楽しんでいる。

 こんなところでそんな顔をしたら、俺が変質者と思われちまう。

 それに、魔法少女の話題をこんな場所でするわけにもいかない。

 頭のおかしい人間と認定されないため、場所を変えなければ……。


「……さて、どうする?」


「……ここだと話しにくい。どっか人目につきにくい場所に行こう」


 琴未ことみは俺の姿で頷き、そして歩き出す。

 まるでアイツが人気のない場所を知っているかのように。

 かといって、俺が知っているわけじゃない。

 ここは琴未ことみに従うしか無い。

 俺は琴未ことみと並びつつ歩き出した。


 琴未ことみが案内してくれた場所は、河川敷だった。

 琴未ことみは坂になっている場所に腰を下ろして座り込む。


「おい、琴未ことみ


「何だ?」


「ここのどこが人目につきにくい場所なんだ?」


「……いいじゃん。ここが私のお気に入りの場所なんだからさ。沙里さりちゃんも知ってる大好きな場所なの」


 ようやく、琴未ことみは自分の口調で喋り始める。

 うう、女の子が男の子のような口調で話しても元気のあるボーイッシュとして見られるけど、男の子が女の子のような口調だと気持ち悪い……。

 しかも、それを喋っているのが俺の体なんだから、キモさ倍増である。

 俺は心の中でため息をつきつつ、琴未ことみの隣に座り込んだ。


「ちゃんと高校には行ってるのか?」


「そりゃあね。だって今はかけるの体だし」


「変なことしてないだろうなあ……!?」


「してないよ。記憶が読めるし、問題ないって」


「そうか……」


 琴未ことみにしては珍しいと思った。

 コイツは面白いと思ったら即実行に移すタイプだと思っていたからだ。

 一応、約束は守ってくれているようで安心する。


「それと、家庭教師のことだがな」


「うん。行かないほうがいいのかな?」


「そうしてくれ……」


 想像する。

 俺となった琴未ことみが、もし家庭教師に来たら。

 間違いなく沙里さりちゃんで遊びだすだろう、コイツは。

 そうしたら入れ替わっているのがバレる。

 琴未ことみが自制心を持っているのなら大丈夫だが、多分ない。

 それに、いくら俺の記憶が読めるからといって人に勉強を教えるのは並大抵の苦労では言い表せない。

 これはいくら琴未ことみでも無理があるというものだ。

 俺は頭を抱えながら、琴未ことみに懇願した。


「ま、私も面倒くさいしラッキーだね! 沙里さりちゃんに勉強を教えるってのもやってみたかったんだけどねー」


「勘弁してくれ……」


「そうだ! ねえ、沙里さりちゃんは元気?」


「元気? ……って、元気だぞ。ってかお前な、ちゃんと服を洗濯しろよ。大変だったんだぞ」


「アハハ、ごめん。ついうっかり」


 俺の体で容赦ないテヘペロをかます琴未ことみ

 殺意が湧く。

 だが、ここで怒ってもしょうがない。

 俺は今日の目的を話すことにしたのだった。


「なあ……お前、自分以外の魔法少女を見たことあるか?」


「え? あるよ普通に」


 琴未ことみは至って普通のことのように言い放つ。

 もしかして、沙里さりちゃんの知らぬところで余計な迷惑をミリカにかけてきたんじゃないだろうな、コイツ。


「ホントか!? 実は、お前以外の魔法少女が出てきたんだ」


「ええー? ほんとー?」


 しかし、琴未ことみが出した答えは俺の予測を裏切るものだった。

 彼女は……肉体は俺の体だが、ここは彼女としておこう。

 彼女は、俺が言い放った事実を嘲笑うかのように、口元に手を当てて引き笑いをしていた。

 だったら、何で最初の質問は肯定したんだ?

 俺への嫌がらせか!?


「確かに、魔法少女は見たことあるよ。だって、私の世界は魔法少女がたくさんいるんだからね」


「そうなのか? だったら、お前以外の魔法少女がこの世界に来たんじゃないのか?」


「いや、それは無いねえ。だって、私は特別だったからね」


「……へ?」


「……っと、それは今は関係ないか。とにかく、私以外の魔法少女はいないよ」


 あっさりと言い捨てる琴未ことみに、俺は呆然とするしかない。

 だったら、昨日の三時に会ったのは魔法少女じゃないのか?

 琴未ことみ沙里さりちゃんとも随分親しそうに話していて、その二人が知らないってのはさすがにないだろう。

 ……また琴未ことみの悪ふざけかもしれない。

 そう思った俺は、とりあえず名前だけでもと言葉にした。

 これで何らかの動揺を見せれば、何か知ってることになる。


「おかしいなあ。名前はミリカって言ってたんだが、琴未ことみ沙里さりちゃんとは仲が良さそうだったぞ」


「ミリカ……フフン、いい名前ね」


「あのな、お前そんなこと言ってる場合かよ。ミリカって奴はな、お前に魔法少女の資格がないって言ってたんだぞ」


「いいんじゃない? 資格がなくても」


「……え?」


 再びあっさりととんでもないことを吐き捨てる琴未ことみ

 資格がなくてもいい……?

 何を言ってるんだコイツは。

 確か、琴未ことみは特訓するためにこの世界に来たって言ってなかったか?

 つまり、琴未ことみは特訓を放棄するってことなのか?


 琴未ことみは相変わらずヘラヘラとしながら俺に言葉を続ける。


「そーだ。かけるの方から沙里さりちゃんに言ってよ。『私は魔法少女の資格がないから帰る』って」


「な、何だって?」


「それを言って沙里さりちゃんを納得させたら体を元に戻してあげるっ。どう? 悪い話じゃないでしょ?」


 提案する琴未ことみ

 表情の裏に隠されている感情は読み取れない。

 しかし、彼女は俺に嫌なことを押し付けるつもりなのだろう。

 最初からそのつもりなのか、もしくは今思いついたことなのか。

 どちらにしても、彼女はとんでもないことをしでかしそうになっている。

 それは……その言葉は自分で言わなきゃ意味がないんだ。


「……違う。今すぐ元に戻せ」


「それじゃ約束が違うよー」


琴未ことみ、よく聞くんだ。本当に特訓が嫌だったら、今すぐ自分の口から沙里さりちゃんに言うんだ」


「今はかける琴未ことみだもん」


「体はな。でも、心はまったくの別人だ。きっと沙里さりちゃんも気づく。心が違う人間の言葉なんてな……」


「……どういうこと?」


「嫌なことは嫌って言わないと、そのうち自分が潰れていくぞ」


 すると、琴未ことみは急に不機嫌になっていく。

 自分の作戦が通らなかったことがよほど不満だったのか、彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。

 だが、こんなところで折れる俺じゃない。

 琴未ことみは自分の心が傷つくのが嫌だから俺にやらせようとしている。

 それじゃ意味が無い。逃げてるんだ。


琴未ことみ沙里さりちゃんが好きなのは分かる。沙里さりちゃんに文句を言いたくない気持ちも分かるよ。でも、本音を言い合ってこそ、友だちの仲が深まるってこともあるんだ」


「……沙里さりちゃんは好きだよ。でも、私が魔法少女の時の沙里さりちゃんは嫌い」


「え?」


「才能がない私に無理やり特訓させるんだもん。どうせ、私なんて才能のない魔法少女なんだから……。早く元の世界に帰りたいのに」


琴未ことみ……」


 お前、そんなこと思ってたのか。

 俺は彼女の意外なる一面を見た。

 魔法少女としての才能が、何を意味しているのか俺には分からない。

 しかし、彼女は沙里さりちゃんという理解者がいるにも関わらず、自分を『才能ない』と決めつけている。

 ……才能なんて、誰が決めるんだろうな。

 そんな二文字で自分の人生を決めるような人間に、琴未ことみをさせたくない。

 だから、俺は立ち上がって琴未ことみを睨みつけた。


「そんなこと言うなよ。沙里さりちゃんがそんな考えなしに特訓させてるなんて考えられないぞ。それに、俺と琴未ことみを入れ替えたんだろ? 魔法少女としての才能……あるんじゃないのか?」


「ないよ! どうせ、私なんて……!!」


 俺の強い口調が琴未ことみの精神を荒立ててしまったのか、彼女も立ち上がって俺を睨んだ。

 彼女が立ち上がることで、俺は自然と彼女を見上げる体勢になってしまう。

 そして、男子高生が冷淡に見下ろす光景で、俺の体は自然と萎縮してしまう。

 それが琴未ことみの体になっているからなのか、はたまた俺自身の心が原因なのか、それは不明だ。


かけるなら私のこと理解してくれると思ったのに!! もう知らない! 絶対に元に戻してやらないっ!!」


「あ! 琴未ことみ!!」


「どうせ私のことなんて誰も……誰も……!!」


 彼女は河川敷より駈け出し、そして奥へと消えていってしまった。

 今の俺は女子小学生なため、走って追いつけるわけがない。

 もどかしさを覚えながら、俺は黙って彼女を見送るしかなかった。

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