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 外に出て、俺は広大な空を見上げた。

 夏だから辺りはまだ明るい。

 冬になったらこの時間帯は真っ暗になっていることだろう。

 今日は適温で、心地いい風が吹いている。

 一日を締めくくるに素晴らしい天気だ。

 琴未ことみ沙里さりちゃんも、この夏の夜を見ているのだろうか。


「……あれ?」


 その時、俺の脳裏にある疑問が浮かんだ。

 家にいたのは、確かに琴未ことみ沙里さりちゃんだ。

 でも、親はいたのか?

 共働きという線もある。

 しかし、あの子たちの家庭教師をしてから、俺はあの子の親に会ったことがない。

 いや待て。そもそも、琴未ことみ沙里さりちゃんって苗字が違うじゃないか。

 どうしていつも同じ家で勉強してるんだ?

 得体のしれない不安感に駆られ、俺は思わず彼女たちの家に引き返していた。

 家は二階建ての、よくある一軒家だ。

 訝しみながら、俺はチャイムを鳴らす。

 数秒のうち、パタパタと玄関に走ってくる音が聞こえてくる。

 俺はつばをごくりと飲み込んで、その人物を待った。


「はい……ってかける先生。どうしたんですか?」


沙里さりちゃん……」


 少し怖い顔をしていたのかもしれない。

 沙里さりちゃんは不安げな表情をして怯えている。

 俺は帰りの道中で浮かんだ疑問を尋ねることにした。


沙里さりちゃん、ご両親はどうしているんだい?」


「え? 父と母はまだ帰ってきてないですけど……」


「そっか。琴未ことみはまだいる?」


「いますよ?」


「一緒に暮らしてるの?」


 沙里さりちゃんは少し迷いながらも、俺の疑問に首を縦に振ることで肯定してくれた。

 ますます俺の疑問が膨らんでいく。


「確か、苗字違ったよね? それがどうして一緒に――」


「……先生、ごめんなさい」


「え?」


 沙里さりちゃんが手のひらを見せる。

 その瞬間、俺の目の前で火花が散った。

 キレイな花火だった。

 色とりどりでカラフルな火が俺の瞳に映り、散っていく。

 そんな光景を見ているせいだろうか。

 俺の中の疑問は暗闇の中に吸い取られていった。


 ボーッとしている俺を心配に思ったのだろう。

 沙里さりちゃんが声をかけてくれた。


「あの先生、大丈夫ですか?」


「あ……ああ。えーっと……」


 俺は何でここにいるのか。

 家庭教師としての仕事は本日は終わったはずなのに。

 それに、琴未ことみ沙里さりちゃんが二人で暮らしているなんて当たり前じゃないか。

 いつもと変わらないのほほんとした笑みを浮かべている沙里さりちゃんを心配させまいと、俺は敢えて大笑いをした。


「あっはっは! いや、何でもないんだ。ごめん沙里さりちゃん」


「おかしな先生ですね」


 控えめに笑っている沙里さりちゃんを見て、何とかごまかせただろうかと思う。

 俺は手早く沙里さりちゃんに別れを告げて、再び帰路へとついたのだった。

 それから自宅に戻って、数時間は事件のない日々を送れていた。

 しかし、事件は夜の十時頃に起こった。


「……ん?」


 宿題も終盤戦に差し掛かった頃、シャープペンシルに入っていた芯が底をついたことに気がついた。

 いつものことだと思い、俺は机の引き出しを開けて替芯を探す。

 普段なら常備しているはずの替えの芯。

 だが、偶然にもこの時は用意してなかったのだ。


「マジかああああああ……」


 椅子の背もたれに寄りかかって、俺は大きなため息をつく。

 重たい空気が俺の肩にのしかかる。

 このまま宿題ができないのは非常に困る。

 でも買いに行くのはめんどくさい。

 かと言って宿題をサボるのは俺の主義に反する。


「行くしかねーか……」


 ため息をつきながら、俺は替芯のために表へ出ることにした。

 つい数時間前まで明るかった夜空も今は冬の夜空と変わらぬ様相をしている。

 太陽の光がなくなったせいか、心なしか風も冷たい。

 普段着で表に出てしまった俺はちょっとだけ後悔した。


 この時間帯で開いているのはコンビニくらいしかないだろう。

 俺は近くのコンビニへと足を運んでいく。

 替芯だけを買いに行くために夜出かけるとは俺も運が悪い。

 今度からは常に一つは常備しておかねば……。


 今年の目標が出来たところで、俺は奇妙な音を耳にした。

 金属と金属が撃ちあっているような音。

 それが俺の耳に入り込み、異常を知らせた。

 何故だか気になった俺はその音を探る。

 その音はどうやら公園から聞こえてきているようだった。

 公園に植え込んである大木に身を隠し、俺は公園の様子を伺う。

 もし、不良たちが集まっていたらどうしよう。

 ってか、99%が不良の集まりだよな。


 興味本位で公園に来てしまった自分を嘆きながら、俺は大木から顔を覗かせる。

 そこで繰り広げられていた光景は、不良の集まりなどではなかった。

 一言では言い表せないほどの、異常な光景だった。

 二つのシルエットが争っているのは視覚で理解できる。

 一つ目のシルエットは小学生くらいの小さな人型だ。

 だが、もう一つは何だ?

 明らかに人間でないのは確かだ。

 腕と足が異常なくらい伸びている。

 その伸縮で、小学生くらいの影を追いかけているのだ。


「くっ! やるわね!」


 暗がりでよく見えないが、女の子の声がした。

 じゃあ、あそこにいるのは女の子で、しかも背丈が小さい子ども!?

 シルエットは伸びる手足を退けるために、空高く跳躍したり手に持っている長い棒を振り回したりしている。

 どちらにしても、あんな小さい女の子が危険な目に合っているのは間違いないだろう。

 小学生の家庭教師をしているからだろうか。

 彼女を助けなければならないという想いが湧き上がり、気づけば俺は少女のシルエットに向かって走っていた。


「うおおおお!」


 俺が近づくにつれ、シルエットは確かな物へと変化していく。

 やはり、小さなシルエットは女の子だった。

 フリルのついた可愛らしいドレスに身をまとっている少女を不思議に思ったが今は彼女を助けることが先決だ。

 俺は今まさに、少女に迫るもう一つの影から身を徹して守ろうとしていた。


「危ない!」


 少女とは別の影はまさに異様と言うべきものだった。

 手足が触手のように伸縮自在。そして、胴体の中心に歪んだ顔らしきものが浮かび上がっている。

 グロテスクな外見に足がすくむ思いに駆られるが、気持ちで負けるわけにはいかない。

 グロテスクな化物は自分の手を伸ばして少女に叩きつけようとする。

 俺は少女をかばうように抱きしめ、目を瞑りながらジャンプした。

 その後ろで地面が叩きつけられるような音が鳴り響いている間に、俺の体は地面と接触した。

 地面の砂が痛いが彼女を救っただけでも良しとしなければ。

 俺は痛みを我慢しつつ、少女に微笑みかけた。

 しかし、次の瞬間、俺は驚愕の事実を目撃することになる。


「お前……琴未ことみか?」


「あ……かける


 俺に抱きしめられている、目の前にいる少女。

 それは俺が家庭教師で勉強を教えている琴未ことみそっくり……いや、琴未ことみ自身だったのだ。

 彼女はバツが悪そうな表情で目をそらし始める。


 何が何だか分からないが、琴未ことみを守らなければ。

 言うが早いか、立ち上がった俺は彼女を抱えて公園から逃げようと画策する。

 あんな触手怪物、自衛隊に任せておけばいいんだ。

 何で琴未ことみが襲われているかは今は聞かない。

 彼女を助けることを優先する……!


 化物の唸り声に恐怖して、俺はサッと後ろを振り向く。

 先ほど触手を回避した際の攻撃は、地面をえぐっていた。

 あんなのを喰らってたら、琴未ことみと俺は死んでいた。

 背筋が寒くなる思いがする。

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