三章 巡り合せ
裾野は教室を出でて、東の指差す方向を向くと、廊下に散らばった紙からチラホラと廃りの幻虫が湧き始め、また廊下の隅から、トイレの中から、誰かが落とした影から幻虫が産まれ出ていた。幻虫に気づいた生徒達の悲鳴と、喧嘩による騒動が入り混じり廊下は騒がしいどころではなかった。
けれど裾野は冷静に事態の対処方法について考えを巡らせる。東がすれ違いざまに「餓鬼に憑かれてる」と言っていた。廃りの幻虫に種々様々な幻虫に加えて餓鬼までとなると正直一人じゃ手に余る。本来であれば東にサポートを頼みたいところだが、東は人気の多い場所で東神社として注目を浴びる事を良しとはしないし、何より混乱している東に巫女の役目が可能とも思えなかった。
さてどうしたものかと裾野が悩んでいたところ、野次馬の一番後から一歩引いたところに友人と真剣に話しているニ年の有名人、篠原悠馬を見つけた。人伝いに篠原悠馬の評判は裾野の耳にも入ってはいたが生活圏の違う人間に今まで興味を持つことはなかった。しかし、篠原悠馬の、期待を持ちたく成る評判と、四の五の言ってられない状況もあり裾野は思い切って話しかけてみることにした。
「話し中ごめん」
裾野は堂々割って入ると二人は突然の闖入者に表情で不快感を表した。
「篠原は喧嘩、止めに行かんの?」
我ながらなんて不躾なのだろうかと思う。けれど急いでいるのに挨拶に自己紹介していても仕方ないと考えた結果であった。
「ああ、三組の名前は何て言ったか…」
裾野は知っている筈もないだろうと名字を伝えると、間髪入れずに篠原悠馬の会話相手の三津粱湖が東と血縁である事を直ぐに理解したようだった。学校では東と従兄弟だと言うことを秘密にしているわけではないが、それが広まることは無かったはずだ。裾野に興味のある人間が少ないからだし、裾野も友達と呼ぶ周囲の人間以外に積極的にコミュニケーションをとろうとしなかったからだ。だからその情報を覚えている三津は変わった人間なのだろうと裾野は思う。
「俺が行く理由がないし。関係無いしな」
篠原悠馬は全く取り合う気が無いようだったが、そもそも折込積みで話しかけている為裾野は全く怯まない。
「でもさ、尾藤と張れるのって篠原くらいじゃない」
「ちょっと待て、なんだ突然。知り合いみたいに会話に入ってきてよ。礼儀っちゅうもんがあるだろ」
「不躾でごめん。今時間がなくて。協力して貰えないかと思って話掛けさせてもらったんだ」
篠原は「わからんわからん、そんな突然言われてもな」と相手にするのを辞めようとしたのだが、三津が「だから、喧嘩を止めたいんだろ」と切り返す。
「俺じゃなくても野球部とかいるだろ。ガタイ良いのが」
三津より身長の高い篠原は、不満そうに三津のツムジのあたりを睨んでいる。
「気持ちで張れるかって事だからさ。そういうの得意そうだし」
「やけにグイグイくるけどさ、俺の何を知ってるんだ。だいたい尾藤も佐野も好きじゃないし、勝手に潰しあっていればいいんだよ」
全く乗り気をみせない篠原に裾野はそろそろ諦めて手を引こうと思った時だった。
「お前に頼りたくなる気持は俺にも分かる。つか、お前以外の人間なら分かるよ。つか、お前止めにいかねーの?それなら俺が行こうか」
三津がなんだが嬉しそうに言った。
「は?粱湖喧嘩すんの?」
「悠馬が出来ないならやってやろうと思って。面白そうじゃん。それに喧嘩じゃないから。仲裁だから」
「何で粱湖が俺を煽ってるんだよ」
「別に煽ってないよ。何でも出来るお前が出来ない事を俺が出来たら面白いだろ」
篠原はでかいため息をついて、
「どこがおもしれーんだよ。それに何でも出来るわけじゃねーよ」
篠原は大きな身振りで自身の不満を三津に伝えようと表現していた。
「俺は面白いの。それに廃りの幻虫が発生したのってアンハッピーサインに端を発してるわけだろ。もし仮にその幻想の影響で尾藤や佐野が暴れているのなら責任の一端は俺達にあるだろ。なら関係ない顔してるのも気持ち悪くない?」
篠原は眉間に皺を寄せ、三津が話し終わるのを待って口を開く。
「俺はもっと面白い事がしたいんだ。血がわっと熱くなるようなさ。研鑽積んだり、時間かけて仕込んだものにプライドかけて集中してその日があっという間に終わっちゃうような事。こんなつまらない処で喧嘩して人殴り合うなんて、無駄でしかないわ」
篠原は動かない理由を怒りに任せて吐き出した後「それで」と続ける。
「裾野は何をするんだよ。まさか俺たちに任せっぱなしって事は無いんだろ?」
話の構図は『動かない篠原を三津が誘い出すが篠原はそれでも動かない理由を語っている』のだと思っていた。けれど何がどうなったのかいつの間にか裾野にとって話が好転しているらしいことに加え、色々なピースが集約されている偶然に裾野は思わず目を見開く。
「その前に幻虫の存在も廃りの幻虫も知ってるって事でいいの?」
「ああ、東神社の人間だから幻想は視えるんだよな。俺達も割と魚意外の幻想を見つけられる側だよ。特に三津は幻想標準世代の権化みたいな奴だし」
それなら話は早いと裾野は考えたプランを二人に説明する。
裾野は周りの幻虫と『廃りの幻虫』を祓い、篠原と三津は仲裁をする。だがきっと餓鬼に憑かれた尾藤は簡単に止まらないから全力で相手をしなければならない。
花塚がその力を発揮するには時間がかかる上に今は東が居ない為威力が半減してしまう。だから憑かれている人間に花塚の効果を通す為には、体力を奪う必要があった。
裾野は言うが早いが、すぐさま行動を開始し、二人の前でそっと花を摘む儀式を行う。すると、廊下に詰まった腐臭が濃くて甘い金木犀の香りに塗り替えられた。
篠原も三津も起きた出来事についてゆけず、数秒程呆けていた。そして合図もなく動き出した裾野が視界からいなくなった事に気づき二人も野次馬の中へと足を踏み入れた。
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