三章 幻想退治・前

 東台神社の起こりは予言を聞く少女に山伏が小さな祭壇を設けた事に始まったとされている。それから大凡百五十年の時を経て訪れた明治の始め、訪れた近代化も知らず東平左衛門は若き日より先達同輩共に峰中を巡り、四十の歳遂に悟りを開く。教えの守護と実践により『東台花塚』を得る。


 東神社には東平左衛門が晩年に創設した禰宜集と呼ばれる集団がある。

 年齢は様々で下は十七から上は七十まで修業における結果から選抜された幻想絡みで起きる事件に対処を行う実行者たちの集まりであった。

 本来『禰宜』とは神職の名称であるが、東神社においては禰宜の実際的実践を行う集団として『禰宜衆』が置かれた。禰宜衆は表の役割とは切り離されている為、神職としての務めはなく、幻想絡みのトラブル解決を役割としていた。所属するのは東神社家系の者から檀家まで様々で、学生からサラリーマン、果ては定年を越えて悠々自適な老輩まで日々鎬を削っている。裾野も今年からぺーぺーながら禰宜衆を名乗ることを許されていた。

 東神社は豊島区幻想の出現時、政府と内々にその対処を行った事から、立入禁止区域を含めた禁足地の管理を任されている。その為、立入禁止区域にはいくつかの会所が置かれ、禰宜集により日夜見廻が行われている。


「裾野、凪はまだ?二人揃わないと見廻りに出られないだろ。あいつ最近弛んでるんじゃないの?」

 会所の一室に置かれた長机、並べられた椅子のひとつにどかっと身を置いた秋庭 穂波(あきば ほなみ)はまだ顔の見えない東へ怒りを募らせていた。

「穂波さんの言うことしか聞かないんだから、ちょっと言ってやってくださいよ」

 会所にある小さなガスコンロで沸かしたお湯を急須へと注ぐ。すると、昨日買ったばかりの茶葉の濃い香りが鼻孔をついた。しばらく待ってから分厚い湯呑に注ぎ差し出しす。穂波は嬉しそうにありがとう、と言って両手で引き寄せた。

「あいつは少しも定まってるものがないから。ただ楽しんでるだけなのよ」

「それ言ったら俺だって何もないよ」

 裾野は棚から煎餅を取り出して空になった盆に入れてやる。

「そんな事無いよ吉喜。まだまだバランスは悪いけど見るたびに良くなっていくよ。でもあいつはいつまでたってもただ可愛いだけ。縛られてた昔の方が良かったかもしれないくらいでさ。男も女も人間格好良くなくちゃしゃーないってのにね」

 溌剌と話す穂波はいつも格好良く見える。以前は長かった髪が短く切り整えられて白い肌の長い首が、すっきりとした小顔を持ち上げていた。髪を切ったことで綺麗さよりも利発さの方が際立っているかもしれないと裾野は思う。

「穂波さんはいつも格好いいけど、威勢が良いから男受けは悪そうだね」

 言って、余計な軽口だったかもしれないと裾野は焦ったが、

「ばあか、彼氏に受け良ければそれで良いんだよ」

 穂波はくつくつくつと楽しげに笑う。

「吉喜って軽口叩くような奴だった?」

 ごめんと裾野が謝ると、

「弁えた軽口は良き会話の一要素ってものじゃない?男子三日会わずばって言うけど、いいねえ青春だね」

 裾野には言っている事の意味をきちんと捉える事が出来なかったが、穂波が嬉しそうな事だけは伝わった。

 その時、会所の引き戸が、ガラガラと音を立てた。

「穂波ちゃん、久しぶりだね」

 靴を見て分かったのだろう、急いで玄関を上がってきた東が顔を出した。裾野の前では消して見せない笑顔とは対象的に穂波の表情は引き締められており、裾野に緊張が走った。

「凪、集合時間はちゃんと守れ。遅れるのなら連絡くらい入れろ。叱る人間が居ないからって腑抜けてんじゃねーぞ」

「だって」

 花が咲くようだった表情が一瞬にしてしょぼくれだって俯いた。穂波を前にすると東は年の離れた妹のようだった。事実、本人も穂波もそのような関係であるように振る舞ってはいた。

「だっても何もない。確かにこの会所は人数少ないから注意する人も少ない。けど締めるところは自分で締めろ。バイトと言ったって金もらってやってるわけだろ。それ以上に怪我や命に関わるかもしれないんだからな」

 反論を試みよとしたのか一度顔をあげるも、見つめ返す穂波の瞳と視線が交錯した瞬間に東は視線をすぐに落とした。それから珍しく東は頭を下げた。

 穂波は一度大きく息を吸ってから吐き出すと、

「元気にしてたか、凪」

 頭を下げた東を見て厳しい表情を収めた。東は急に柔らかくなった穂波を前にして罰が悪そうに顔を上げる。

「……私は元気だよ。穂波ちゃんの方こそ元気にしてたの?」

「私はだいたい元気にしてるよ。忙しくても飯だけはちゃんとしたもの食べてるし」

「そっか、それならよかった」

「お前も元気そうで何より」

 言って、丁度飲み頃のお茶に口をつけた。

「仕事楽しい?」

「報われる瞬間はあるよ。その時は楽しいと感じなくもないけど、大抵は安堵かな。大変な事や腹の立つ事の方が多い。失敗もするしな」

「そういうの聞くと社会に出たくなくなるね」

 東は大げさに顔を歪めて見せて言う。裾野は東が湯呑を気にしているようだったので再び席を立ち上がった。

「私も学生時代は学校卒業してこれからずっと働くんだって思ったら、電車で吊り輪を抱きかかえて寝てるおっさんとか頭おかしいんじゃねーかって思ってたよ。だけど、今は同じ格好しながらなんとかやってるわ。まあ年イチで仕事辞めたくなるけどな」

 裾野はまだ暖かい茶葉にお湯を注ぎながら、その言葉と裏腹にある余裕を感じていた。その余裕の正体が一体何なのか、社会人を経験していない裾野には分からなかった。

「で、今日はどうしたの?」

 東は聞き、そういえば裾野もそれを聞きそびれていた事を思い出した。裾野が東の前に湯呑を置くと、小さくアリガトウなんて言っている。

「まあご存知私は禰宜衆でもないからあまり顔は出さないようにしているんだけど、今日は森生から手伝ってくれって言われてね。巣が増えているらしいんだよ。それで今日一斉に掃討するんだと」

「巣?」

「幻想のな」

「それじゃあ今日はそれを祓うってわけか」

 幻想の巣は一口に巣と言っても古今東西様々な巣が存在する。鳥の巣のようだったり、膜を張ったようなもの、そんな分かり易いものもあれば、城や遊園地、村落などの巨大な巣が確認されている。総じて巣への参加者を守護する幻想原理が働くものを『巣』と呼称しているが、見た目でも違うように原理もピンキリであった。

「まあ、安心しな。大迷宮ってわけじゃないからさ。傷の舐めあいを隠すためか、聞こえないように吠える為の薄っぺらい巣だよ」

 それを聞いて裾野は安心した。

 わざわざ嘗ての禰宜衆のエース級が派遣されて来る位だからもっと厄介な巣なのかと思ったのだが、単純にお目付け役なのだろう。最近先輩方は会所にも顔をださずに単独で活動している。連日、裾野でも対処できる幻想相手ではあったがぺーぺーの自分と東の二人ペアが続き皆忙しいのだろうなと思ってはいた。東という巫女がいるとはいえ新米の禰宜衆に任せて大丈夫なのかと不安に思わないわけでもなかった。ウチの大将も忙しいながら一応気には掛けてくれているらしい。

「森生も忙しいから、勘弁してやってよ」

「最近多いですよね。俺等も最近幻虫退治が多いですけど、なんで急に増えたんですかね?」

「ていうか、虫って何で発生するの?」

 驚きと、疑問とそれから一周してもう一度疑問があって、間が空いた。東の質問に穂波はすごい形相を作り、そのまま裾野を振り返った。睨まれた裾野は視線を受け止めずに明後日の方を向く。

「あんた仮にも東の巫女がなんで知らないのよ。それなんで幻想が発生するのかって聞いてるのと同じだぞ」

「昔に聞いた覚えがあるけど、忘れても支障なかったからここまで来ちゃった。それに反発しながら巫女になる教育受けてたから覚える気もなかったし。巫女はビヨンド繋げられればそれでおっけーなとこ有るし」

「東の巫女は血族強制だから仕方ないっちゃそうだけどさ。妹の事もあったしな―――」

 血族強制で尚且、体の弱かった妹の分まで期待を背負わされ、余計に両親の巫女としての教育は熱心だった。神主直系でもあり、分家巫女達にも示しを付けなければならなかった事から東の受けるプレッシャーは子供ながら凄かっただろうと裾野は思う。ただ現在では歳を経て体が強くなった東の妹はその才を最高と認められており、また巫女に積極的な姿勢をみせている事から家督を譲られる事が決まっている。そして東は両親と交渉した結果、高校卒業後に巫女としての役目を解かれる予定となっていた。

「それでも基本中の基本だからさ。身の回りで何が起こってるのか知る機会があるんだから把握しようと勤めないと、命に関わる話なんだから」

 穂波は立ち上がり、正面から裾野と東を見据える位置に立つ。

「吉喜に感謝しろよ。考えて対策立てるのは何もテストに限った話じゃないんだ。仕事もそうだし幻想退治も同じだ。根本のルールや条件を把握しておくっていうのは基本中の基本だからな。吉喜も、一人で何とかならない事もあるから二人でやってんだ。そういう意味合いも察してよく考えろ。不意な出来事なんてのは有利不利不明な状態で対峙するんだから持ってるカードを常に全部使える状態にしておけ」

 穂波は顎でしゃくり、裾野に説明を促す。どこから話せば良いかと穂波を伺うと、「まあ、最初っからだろ」と項垂れた。

「それじゃまあ一応、幻想の成り立ちから説明するとさ」

 聞く姿勢の整っていない東を見て穂波が一言嗜めると、すぐに背筋を正した。

「元来脳ってのは情報の解析と保存また生命維持を含めた身体のコントローを担っているだけだと思われていたんだけど、幻想が出現したことによって身体より外部への発信装置としての役割があることが明らかになったんだ。その発信器官としての脳が無意識を含む意識を発散させた際、禁足地の中心にある『裂けた大穴』その先の異界、つまりはビヨンドから常時放出されて漂っている様々な種類の幻想の元とでも言うべき『因子』と結合することで生まれるのが幻想なんだよ。公になってないけどね。世間的に幻想は裂けた大穴から現れるって事になってるし」

 分かっているのか分かっていないのか東は機械的に頷いている。

「つまり人間の意識とビヨンドの因子が結合することで幻想は発生しているってわけ。『スカイフィッシュ』や『幻虫』の場合は特に簡単で、存在確率の高い因子と、どこにでもあるような意識の掛け合わせで出来るから発生しやすいんだ。ちなみにこの構成要素の事をレシピと言ったりする。ま、これは流石に知ってるか」

 あーそーね。

「習慣や慣習、ルーティーンのように集団または個人の意識・無意識によって起こされる広い意味での『現象』に対して因子が結合することもある。幻虫のように人の意識と因子が結合した場合、因子側が幻虫の超常的な性質を作り上げるのに対して、現象と因子が結合した場合は現象そのものが幻想の性質であり、因子はその現象を現象という性質を持った幻想へと変換する要素となる。学校を沈めているダイダラボッチの大鍋なんかは多分現象側の幻想なんだろう。おそらく学校に起因する何かしらの現象がその幻想原理となっているって考えられてる」

 言い終わって裾野は一息をつく。冷め始めた茶を口に含んだ。次は何を話したらいいかと思案して、

「それじゃ今の話を踏まえて、スカイフィッシュは何故発生すると思う?」

「今言ってたじゃん。意識とビヨンドの法則が交わるからでしょ?」

「そう、海外の幻想拠点を魔境にしてる幻想も含めて全部同じ、とされてる。ただし豊島区幻想におけるスカイフィッシュに限ってはちょっとカラクリがあってさ、政府と東神社ら、それと民間企業が作り上げたセーフティシステムなんだ」

「どういうこと?」

「スカイフィッシュってのはさ、人間の意識と多数の因子が結合した結果虫やそれ以上に厄介な幻想、果ては妖魔なんぞとなって現出する前に、漂っているビヨンドの因子を逐次無意識と結合させて無害な幻想として放流してしまおうってできた代物なわけだ」

「……ふーん。どうやって?」

「ダリア・ラック・ベリのあの風景画さ。あの画、凄く良い画だろ?あの画はさ、見た瞬間にエモーションを掻き立てるよう、心理学的に調整されて描かれているんだ。そして街を見ると無意識に風景画と景色を重ねて見てしまう。この豊島区の街をスカイフィッシュが泳ぐ景色をね。街を見る度にダリアの魚が宙を泳ぐ景色を重ね、ダリアの絵を見た時のエモーションを無意識に呼び起こす。それと同時に周囲にある雑多なビヨンド因子と結合するように誘導する仕掛けがあるんだ」

「無害って言うけど、有害なスカイフィッシュもいるじゃん」

 裾野は肯定する。

「それは、簡単に言えば毒を含む因子や、因子と結合することで毒になる意識も当然存在してしまっているからなんだ。でもスカイフィッシュとして排出されている時点でより被害の少なくなる幻想ではあるんだよ」

 しかしそこで東は何かを思い出したように顔を挙げる。

「でもちょっと待って、ダリアの絵は渋谷での巨大鯨発生の後だったよね?」

 ダリアの画の仕組み以外特に詳しくない裾野は穂波を振り返る。意図を悟り穂波が口を開いた。

「いや、情報の正確な初出はわからないが、時系を追うとダリアが絵を発表してから池袋で巨大鯨が発生するまでに数日の時間がかかっている。また彼の絵が世に広がるまでそれから一週間程度かかった。つまりまだローカルで火もついていない初期に人間の無意識と因子が結合して池袋駅の上空に鯨を出現させたわけだ」

「何で世間じゃダリアの方が鯨発生後ってことになってるの?ダリアの画って豊島区幻想の風景画って事になってるでしょ?」

「ビヨンドと繋がった裂けた大穴はさ、ビルの地下駐車場に空いて、今は禁足地として管理されてるよね。でも当時池袋駅構内の空間にもヒビが入ってビヨンドと繋がりかけた状態で数週間たってたらしいんだよ。あの時池袋駅周辺にはヒビから漏れ出た因子が溢れてたわけ。裂けた大穴と合わせて豊島区の因子の濃度は今の禁足地並だったって話。だから当時が一番心霊現象が多かったし、都市伝説も活発だったのよ。おかげで禰宜衆も人が足りなくて大忙しだったし、犬猿の仲のアカデミーと手を組んでまで退治に動いてたしね。

でもそこでダリアの絵が世に広まり、人々が知らずと意識と因子を結合させて鯨を始めとしたスカイフィッシュをつくっていった事で、徐々に落ち着きを見せたんだ。

 結果、宙を泳ぐ魚のいる幻想、豊島区幻想に成った。

 タイミングの問題だよ。ダリアの絵が世間的に評価されたのは豊島区幻想を作り上げた後だったから。作者もタイミングについて否定もしてないからね。だからダリア・ラック・ベリはこの幻想的な世界を美しく描き上げた作家という評価になったんだ。当然評価される筈だよね。豊島区幻想の景色がコピーでダリアの絵こそがオリジナルなんだからさ」

「ビヨンドを観測してからニ週間でよくそんなの作れたよね」

 裾野も初めて聞いた話だった。ビヨンド出現の混乱は話に聞いていたがダリアの画が登場した経緯については聞いたことが無かった。

「恐らく裂けた大穴が見つかる前から刷り込んだ意識と因子を結合させる実験をしていて、ある程度の成果はあったんだろうよ。裂けた大穴は旧豊島区にしかないとしたって、小規模にはあちこちに点在しているからね。抑えてるビヨンドとの通用口があるんでしょ。でなきゃ緊急を要する街の危機に芸術なんてものに頼ろうだなんて思わないだろうし。海外の拠点はその対処に失敗して大魔境を作り上げちゃってるでしょ?」

「だけど、穂波さんが言うように芸術で広めようって不確定要素すごくない?芸術程人による評価が違うものもないでしょ。今でこそ皆に知られてるけど博打だよね」

「国家主導で民間企業とも協力したって言ったろ?広告代理店のチームによって画策されていたのは、流行らせて定着させる事だったんだ。だから画って選択も勝算があっての事だったみたいよ。それに吉喜も言ったけど、画自体にもエモーションがキーとなるよう最先端の人間工学と心理学的仕掛けが施されているみたいでね。そこへ無意識と因子を結合させる為に東神社・花塚の技術を組み合わせてダリアの画は作られたんだ。謂わば、あの画ってのは現代が誇る一級品の呪物なんだよ」

「でもダリアを嫌いな人もいるでしょ」

「そりゃもちろん。詰まるところ絵の好き嫌いは趣味だからね。気に居るようにアピールしたり、その人が画に感じた興味を大きくしたりする事はできても嫌いな物はどうしようもないさ。でも少数なんてどうでも良いんだよ。大勢が良しとするから流行るし定着するんでしょ。それは別にダリアに限らない。

けど私の友達にもいるけど、あれを嫌いになると画の効果が反転して作用したり、混線したりするから大変だけどね。何も無い街角を見て急に吐いたり、毎晩スカイフィッシュにうなされたり色々問題が出るらしい。幻想標準世代の持つ弊害なんて一部では言われてるけど原因は大概がダリアだろう」

 東はそんなこともあるのかと何かに納得しているようだったが、突然ハッとして立ち上がった。

「ちょっと待って、じゃあダリア・ラック・ベリが描いたわけじゃないの!?」

 裾野にとっては今更の話ではあったので納得ずくで話を聞いていたのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

「居るとすればそのチームをダリア・ラック・ベリというんだよ。なんだ、ダリアに絡繰があってショック受けてんの?」

「そりゃショックだよ」

 東は目に見えてわかるくらい盛大に肩を落とした。

「落胆することはないよ。色々計算し尽くして作られたものだけど、それをディレクトした人間ていうのは間違いなくズ抜けたセンスを持ってるヤツなんだからさ。でなかったら祈祷術と科学とアートを融合させて剰え流行らせて定着させるなんて曲芸みたいな事出来ないだろ。考える事自体イかれてる」

 穂波は本気でそう思っていそうであったのだが、東はそういうことじゃないと首を振る。

「絵描きが純粋に描いた絵って物が良いものだと思ったの。それを、良いものだと思いたかったの」

「まあそれが絵で良かったじゃん。表を好きになって裏側の現実に裏切られたり、自分が勝手に作り上げたものしか見ないで裏側の現実を思い知るなんてよくある話なんだから。勝手に信じて裏切られた気になるその度に恥じ入るものさ」

「そんなぱっと思い切りよくなれない」

 東はまるで子供が駄々をこねるようだった。穂波のフォローを受け入れられず声を荒げた。しかし穂波はその様子に動じず「そりゃそうだ」と言うと、残りの茶を飲みきった。

「さて、丁度講義も終わったし、そろそろ巣を祓いに行くよ」

 茶を飲む事で和み落ち着いてしまった裾野と、沈んだまま煎餅を齧る東に気合を入れる大きな声だった。

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