二章 打ち上げ

 今日は打ち上げをしなければならないな。打ち上げで歌を唄わなければならないな。

 まるで使命感に駆られたような入江が皆をカラオケに誘い出した。

 放課後、旗を振って先導する入江の後ろを高野が追い、待てよ待てと少路が追いかけ足の遅い水谷は最後尾を追った。

 黒板に描いた絵は大山先生へ見せると泣いて喜んでくれた。それが嬉しくて寂しくて結局五人で泣いてしまった。

 やりたい事をやって、それで感謝を伝えるべき人に伝えることができた。それで満足だった。と、言うわけで。カラオケは大いに盛り上がった。歌って踊ってタンバリンを鳴らした。合唱も歌ったし、独唱をそれぞれ歌わせて、遊びで練習していた踊りをあわせて、マラカスも振った。果てに喉は枯れた。

「唄った。もう今月はカラオケいいわ。もー歌のストックがない。お腹すいた」

 少路の詰め込んだ一文が皆の全ての感想だった。そしてその言葉に皆空腹を自覚し、場所を代えファミレスへ向かうこととなった。

 昼に比べて温度が落ちた。重くのしかかった暑さがもう懐かしい。街中も衣替えが済んで生地の厚い袖の長い服になった。ハロウィンを押し出す店舗もちらほら出てきた。

 店舗を眺めていると、入江がいつも下がりっぱなしのシャッターに見覚えのある落描きをみつけた。

「最近増えたよね、アンハッピーサイン」

「駅の自販機にもあったよ。朝から駅員さんが消してた」

「なんかさー、よくわからない流行り方してるよね」

 手押しドアを開けて入ったファミレスの中は暖かかった。注文もしない内に少路と入江はトイレへと向かうと水谷は高野と二人になった。

 高野は二人がけの椅子の奥へと鞄を押し込み、それを追いかけるようにして場所を確保すると、水谷に話さなきゃいけない事があったと前置きをした。水谷も同じ様にして身を置くと高野が話し始めるのを待った。

「蚜虫、潰れてたよね」

「あ、高野も気づいたんだ」

「私も目聡い方でさ」

「あれって水谷がやった事なの?」

 店員が水を持ってやってきた。二人は受け取ったコップを配置させて、

「私だけじゃないよ。入江も少路も高野もみんなの真剣さがあの蚜虫を潰したんだよ」

「狙って?」

「待って、何で私が?」

「だって、企画したのは水谷じゃない」

 そういえばそうだと水谷は納得する。

「最初は、そうしようか考えたの。蚜虫を潰すには真剣さをぶつけてやれば良いって兄ちゃんに聞いたからさ。でもそうなるように考えたけど面倒になって辞めた。だから今日そういう風になったのはたまたま。黒板にお礼を描くって企画もそれに当てたわけじゃないよ。今日の出来事で一石二鳥を狙うのって不純でしょ。それは嫌だったし。だけど高野、あの蚜虫が何か知ってるの?」

「さあ?東と話をする時、不快な感じがあって決まってうまくいかなかったんだよね。気の所為にも思えたんだけど、前に一回皆で見た時、幻想っぽいよねって話になって私の中で合点がいったというかさ。黒板に絵を描いていた時もさ、頭の後ろ側を圧迫されているみたいな不快感があったんだけど、あの時押し潰した感覚があったんだよね。それで蚜虫がどんなものか、なんとなく分かったっていうか」

 水谷には全くその感覚がなく高野の感覚の鋭さに驚いた。水谷のスカイフィッシュに対しての過敏症が目立っているけれど、高野の方がよっぽど幻想標準世代って感じだ。

「凄いね、私はあの時には分からなかったし、兄ちゃんに聞かなかったらどういうものかも分からなかったよ」

 そうなの?と高野も驚いていた。後で皆に聞いてみようよ、と水谷は言う。

「でもこの程度だよね。出来ることって」

 水谷はコップの水で少しだけ唇を濡らした。高野は水谷の言葉の先を促すように続けて「どうぞ」と手のひらを差し出した。

「先生への感謝は別としてね、体当りするわけでもなく、すれ違いざまに出来るのってこの程度だよなって。特別変わるわけでもないよね」

「がっぷりよっつで組みたかったわけでもないでしょ。それ以上を望むなら自分をとことん変えて、正面きって臨むしかないでしょ」

「確かに。積み重ねた上での変化は望んでも、強くなる為に変わりたいと今は思わないな。甘いんだろうけど。だからいいのか、これで」

「いいんじゃない」

 考えているのか適当に流しているのかあっさりと肯定する。高野はいつも優しくて強い。肯定されると、安心してしまうのだけど、

「なんか、高野と話してるとムズムズする」

「なんで?」

「なんか、ペットを思いっきり可愛がってるようなそんな感じがする」

 どんな感覚よと高野は笑う。

「なんでかは聞かないけど」

「聞いて良いよ」

「もっとムズムズしそうだから聞かない」

 高野がさらに言葉を引き出そうとした処でタイミング良く二人が戻ってきた。

 メニューを開いて皆カロリー高めのセットとデザートを頼んだ。今日何度目かになる自画自賛に花を咲かせ、次は何をしようかと遅くまで話題は尽きなかった。

 秋が、更けてゆく。

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