◇章 豊島区幻想
とある日の明朝、東京都豊島区、JR池袋駅上空300Mに突如凄まじい速度で渦を巻きながら上昇する鰯の群勢があった。竜巻に巻き込まれた木の葉が暴れ狂うように上昇し、遅れて50メートルを超える巨大な鯨が現われる。鯨は口を大きく開き、下方から包み込むようにして鰯を一口のうちに飲み込んだ。鯨は満足そうにそのまま上昇を続け、残されたのは、鯨を見上げていた数百人が地に伏し横たわる異常な景色だった。
鯨の出現を皮切りに、豊島区各地に魚が出現を始める。魚類だけに留まらず海洋生物が池袋駅を中心に次々と姿を現し宙を泳いだ。
都内を始めとして日本は大混乱に見舞われたが、当時世界の扱いはフェイクニュースそのもので、本物と偽物の間でお祭り騒ぎになっていた。
出現したのは海洋生物だったが海洋生物ではなかった。彼らは海ではなく宙を泳ぎ、そして物理的干渉を一切受けつけていない。壁をすり抜け、人の手で触ることは叶わなかったし、映像媒体にも映らない事があった。
また豊島区内のとあるビルの地下駐車場、その宙空に空間を裂いた直径十メートル程の大穴が発見された。
果たして街に出現した海洋生物は何処から現れるのか?その疑問へ答えるように、その大穴から海洋生物の出現が確認される。
しかし、空間の向う側について、また海洋生物については現在に至っても未だ詳細が掴めていない。
であるからして、人はこれを『幻想』と呼び、裂けた大穴の向う側を『ビヨンド』と呼称した。また幻想の海洋生物の行動範囲が豊島区周辺に限られたことから土地の名を冠し『豊島区幻想』と称した。
それから世界が一変する。都心に現れた幻想の海洋生物、『スカイフィッシュ』は視覚として現れる。光情報を眼球で捕らえているわけではないのにもかかわらず、脳が幻想を認識し、像を結ぶ。また『スカイフィッシュ』は、池袋駅上空に出現した鯨を視認する事で大勢の人々が昏倒した例にあるように、そのサイズによって周囲に超常的に影響を与えるとされ、危険視された。
その危険性から豊島区内は立入禁止区域とされ、東京が、日本がその地図を新たにすることを迫られる。
豊島区は埼玉県西部への移管が決まり、街としての機能を失った。この十年で漸く主要幹線は旧豊島区を避ける形でつながり、住民の移住や企業・施設の移設も完全に終了し無人施設が残るのみとなった。
また旧豊島区を含め隣接する板橋区、船橋区を新たに御園市として創設し、首都機能を補佐する助成都市として生まれ変わりつつ有る。また同時に旧豊島区という負の遺産、立入禁止区域とその中心では幻想出現の根幹とも謂われる裂けた大穴の管理を成す二面を持ち合わせる事となった。
一方、科学によって否定されてきた文化圏は息を吹き返す。歴史の影へと追いやられた様々な奇跡を根源とする民話、はたまた思想や宗教に詐欺まがいの疑似科学までもが幻想を背景にして立ち上がった。新興宗教の乱立、廃れた奇祭の再演、オカルトの跋扈、UFO・UMAの観測に現代の奇術師魔術師の登場など胡散臭い奇跡の大判振る舞いであったが、稀な真実と偽物を下地に世界はヴェール向こうの奇跡に沸いた。
豊島区幻想を皮切りにして、アメリカ・中国・インド・ギリシャでも幻想拠点が確認される。
アメリカネバダ州の砂漠には毎年決まった数日間のみ観測される例もあるという。
基本的には幻想出現範囲5km2以上を幻想拠点と定義されるが観測されない小さな拠点は其処彼処にあっても可笑しくは無く、つまり幻想はどこにでも出現しうるということだ。
頭の可笑しくなるような出来事が日常茶飯事でこの上なく、まるでこの世は御伽話。
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