第5話

※地震表現があります。苦手な方はご注意ください。


「マティアスと随分仲良くなったようだね」

「そんなことはありません」

「以前よりもよく喋っている」

「それは……まぁ。一緒にカリスト領にも行きましたから」

「アデルもだがマティアスもかなり活躍したようだね。ほら、もう囲まれている」


 兄が示す方向を見ると、私が放置したマティアスは移動した先で人に囲まれていた。


「魔物と戦った経験などないのに、まるで勇者のようだったと聞いているよ。宰相も鼻高々だな」


 続けて視線を動かすと、銀髪が目に入った。あれは違う、神殿騎士のカルヴァンだ。宰相は縁者と笑みをこぼしながら話している。


「それは大げさではないですか。カリスト領の前線で戦った者たちは全員勇者であるはずです」

「それはそうだ。だが、皆不安な時は分かりやすい象徴を欲しがる。建国の伝説にある聖女と勇者のような」

「そんなに情勢が悪いのですか」

「王都では小さいけれど地震が頻繁に起こっていてね。歌劇場の件もあって皆不安がっているんだよ」

「カリスト領では気づきませんでした」

「どうやら地震の頻発は王都だけのようだ。他の領地では魔物の発生。ひとまず歌劇場のような件が起こらないように点検と工事は進めさせている」


 曲が終わると、兄は疲れていないか聞いてきた。首を横に振ると、兄はレグルスの方に私を連れて行く。


「どうしたの?」

「母上とは話しているようだけれど、父上は忙しいからなかなか話す時間が取れないだろう?」


 まさか、レグルスと踊れってこと? やめてよ。シェリルだった頃に媚を売っていた相手だけど、今はアデルの父親なのよ? どんな顔して踊れって言うのよ。


「お兄様、大丈夫です。晩餐でも機会はありますし」


 遠回しに断っているのに、杖が要らなくなった兄はもうレグルスの側まで私を連れて行っていた。いや、だからどういう反応すればいいの、これ。


 しかしレグルスが私たちに気付く前に、そして兄が声をかける前になんと王弟がレグルスに挨拶のため声をかけたのだ。そして少し話してから私たちにも気付いた素振りを見せる。


「これはこれは、聖女様」


 私に対して王弟は慇懃無礼な態度だ。聖女様呼びだってわざとらしい。

 おえー、やっぱりこの人嫌いだわ。


「カリスト領でのご活躍は王都まで届いております」

「見てくれだけの王女でも役に立って良かったです。皆さまがたくさん支援をしてくださったおかげでもあります。王弟殿下もたくさん支援してくださったのでしょう?」


 伯爵家並みにしか支援してなかったけど、追加でたくさん出したんでしょうね? 王家に次ぐくらい支援したのよね? という意味を込めて聞いてみる。王弟の唇の端がピクリと動いた。


「聖女様がカリスト領まで行かれたなら当然でしょう。お力を使われても気絶などなさいませんでしたか」


 あら、これって探られているのかしら。


「前線で戦ってくださる方々は皆、勇者ですもの。国を守ってくださる方々のために私も気絶ばかりしているわけにはいきませんわ」


 これで誤魔化せたかしら。中々に良い答えだったと思うのよ。


「聖女様が王都に戻られたのですから、今度は聖女様のところに人が殺到しそうですな」


 こいつ、何が言いたいのかしら。


「まさか、カリスト領の勇者たちばかり癒して王都の民は癒さないなどとおっしゃることはないでしょう。他の地域も同様に癒すのでしょう?」


 うわぁ、王都には癒しの水に変えた噴水があるからいいけれど他はそうはいかないわよ。まさか私に地方行脚しろってことかしら。私が王都にいるとマズいことでもあるのかしらね。王都では魔物をけしかけるなんてできないものね?


「それについては次の会議で議題に上がるだろう。魔物の被害もこれからどうなるか分からないのにすぐに聖女様を動かすことはできない」

「そうですね、神殿にも動いてもらわないといけませんから」


 レグルスと兄も発言してくれたので、王弟はそれ以上何も言うことなく背を向けた。


「はぁ」

「彼の言うことは正しいよ。次はうちにも来て欲しいという地域はたくさんあるからね」


 すでにそういう声が届いているような口ぶりだ。


「力を込めた石を送るだけではいけないんですか」

「魔物の被害が多くなり始めているところでは、聖女であるアデルに来て欲しいという声がある」


 兄の口から出た話にまた私はため息をついた。


「それより、アデル。ダンスも上達していたようだから父上と踊ったら?」


 ちょっと! 本人の前で言うんじゃないわよ。断れないでしょ。断ったらこれ、アデル王女は反抗期なんて言われるんでしょ。しかも本人の目の前よ。


「いえ、お父様は忙しいでしょうから。それに恥ずかしながら上達していません」


 なに、この屈辱的な時間は。いや待って。シェリルにとっては屈辱なだけで、アデルにとってはこれまで取れなかった家族の時間なのでは? アデルって家族とほとんど過ごせていなかったのよね、毒殺とか襲撃とかいろいろ不安定だったから。じゃあ、私と一緒なわけね。


「貴重な娘からの誘いを断ることなどせんよ」


 記憶の中よりも数段年を取ったレグルスが手を差し出してくる。

 でも、私の中のシェリルだった部分がまだ少し嫌がっていた。確かにレグルスとパーティーで踊ることに憧れていたことはある。叶うことがないから余計に。でも、それが生まれ変わってから叶うのもなんだか嫌だ。


 そもそも私はアデルなのか、それともシェリルなのか。

 最初はアデルの肉体にシェリルの精神が入ったのかと思っていたけど、もしかしたら違うかもしれない。最初からシェリルの魂もあって眠っていただけとか。

どっちなのよ。なんでシェリルの記憶はあるのに、アデルとしての記憶はないのよ。これもマティアスが変なことを言うからだわ。


 ずっとレグルスに手を差し出させているわけにいかないので、仕方なく手を重ねようとする。これがシェリルとしてなのか、アデルとしてなのか、まだ分からない。

 すると肩に何かが当たった。何だろうと周囲を見回すとカーペットの上にキラキラした何かが落ちている。


 装飾品でも外れたかしら。

 またもキョロキョロしていると、少し地面が揺れている感覚がした。


「あぁ、小さいけれどまた地震のようですね」

「最近増えたな。早く原因を突き止めなければ」


 国王レグルスと兄は慌てるわけでもなく慣れた対応だ。本当に地震が多いのだろう。

 気を取り直して手を重ねようとして、またも何かが体に当たった。上から落ちてきた何かのようだ。今度は見上げた。


 見上げた先にあるのは、大きなシャンデリアだ。その一部が落ちてアデルの上に降ってきていた。


 え、落ちて? というかあのシャンデリア、傾いてない?


 その瞬間、先ほどよりもやや強めの揺れが全員を襲った。立っていても少しグラグラと揺れを感じた。先ほどの揺れはじっとしていたら感じる程度だったのに。


 私は思わず、近くにいた兄とレグルスを順に突き飛ばした。

 もちろん護衛騎士がレグルスの側にいたから、私の方を驚いたように見ながら、騎士たちはレグルスと兄を慌てて受け止めている。


 私はまた上を見た。気のせいであればいいと思った。

 でも、シャンデリアは大きく傾き、ガンという音がした。何かが切れたような音だった。


 なぜか足が床に吸い付いたように動かない。でも、顔だけは動かせた。

 レグルスを見た。兄も視界に入っていたが、それでもレグルスだけを見た。シェリルだった時に好きだった人。でも、今はこの体の父親である人。愛してはいないけど大切。毒殺されて今度こそ贅沢したいと考えている私が迷いなく突き飛ばすくらい、大切な人。でも、これが愛かと言われると違う。


「アデル!」


 騎士に阻まれたレグルスが私の名前のようで、私の名前ではない名前を焦ったように呼ぶ。


「シャンデリアが落ちる! アデルを守れ!」


 パラパラとシャンデリアの細かい部分が落ちてくる中、私は頑張って足を動かそうと試みながらもレグルスだけを見た。魔物に追いかけられた時はなんとか足が動いたのに、今回は動かない。


 足がまた冷たくなっている。這いあがってくる死の感覚とともに。

 てっきり上から衝撃が来ると思っていた。でも、衝撃を感じたのは横からだった。足元がおぼつかない中、見えたのはレグルスや兄ではなく臙脂色だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る