第6話

 光はやがておさまる。

 瞑っていた目を開いた。マティアスも青白い顔だが、困惑したように目だけで周囲を見回している。


「今のは……?」

「知らないわよ」


 あのよくわかんない光でシェリルだった頃に戻ったわけじゃないなら、別にどうでもいいわよ。目の前の風景は何一つ変わっていない。歌劇場の天井は元に戻っていないし、皆でザワザワしているだけ。


 マティアスの胸から気まずくて体を起こした。自分を蔑んでいた男の胸に緊急事態とはいえ縋りつくなんて。私はそんなに安い女ではない。

 私の動きに合わせるようにマティアスも起き上がった。


「寝てなさいよ。死ぬわよ」


 私の不機嫌さを一切気にせず、マティアスは自分の足の包帯を取り始めた。


「何やってんの!」

「さっきから痛みがない。あの光の後から」

「それって死ぬ前なんじゃないの」


 シェリルだった頃、死ぬ直前に痛みは感じなかった。寒かったけど痛くはなかった。

 マティアスは制止も聞かずに包帯を外し終わる。血はついているものの、ざっくり大きく切れていたはずの傷はどこにも見当たらない。


 二人して呆然としていると、側にいた歌劇場の関係者が声を震わせた。


「これは……聖女様の奇跡だ!」


 何言ってんの、こいつ頭おかしいんじゃないの。


「傷が! 傷が消えてる!」


 いや、まぁ確かにあったはずの傷が消えてるけど。


 ってか、聖女って建国の伝説に出てくるあの聖女でしょ。勇者と一緒に邪竜と戦って命を落としたっていう。それで勇者が国王になってこのヘーゼルダイン王国を建国したというのが言い伝えられている建国物語。シェリルがいくら勉強苦手でもそのくらいは知っている。竜や勇者や聖女なんているわけないじゃない。


 たかだか光ったからって。いやマティアスの傷は確かに消えてるけど。最初から傷がなかったなんてことはないだろうし……。


「王女様は! 本当は聖女様だったんだ!」

「は?」


 なんか、この人凄いこと言い出した。

 聖女は治癒の力を使えたんだろうけど、私なわけないでしょ。他の人でしょ。

 キョロキョロと見回したが、マティアスと私の周囲に護衛騎士と歌劇場の関係者以外はいない。


「まずい。気絶したフリをしろ」

「は?」

「民衆が押しかけてくる。気絶して護衛騎士に運んでもらえ。一刻も早くここから移動するんだ」


 マティアスは出血多量だったせいか、青白い顔で焦っている。


「聖女様! あっちにも怪我人が!」

「こっちも治してください!」

「本当に聖女様なのか!?」

「げ」

「だから、こうなるんだよ。おい! 殿下が気を失った! 誰か! 来てくれ!」


 他の怪我人も治してくれだの、本当に聖女様がいたのかなどと大きな騒ぎが起きている。マティアスは無理矢理私の体を抱きしめる、いやこれは拘束に近いが、大声で護衛騎士を呼んだ。


「大声出したら傷口開くわよ」

「その傷口は今のところ皆目見当たらないが……とりあえず気絶したフリを」


 気絶したフリなので、マティアスを押しのけられない。

 彼は走ってきた護衛騎士に事情を説明すると私を押し付けた。


「王女殿下が意識不明だ! 皆、道を開けるように!」


 さっきまであんた、母親を助けてしか言わなかったのに。何なの、この状況判断能力。切り替えの早さ。むかつく。

 私は仕方がなく気絶したフリで、力を抜いて目を閉じてから騎士に抱きかかえられる。


「殿下を早く!」


 蔑んでいた相手なのによくもまぁそんな演技ができるわね。目閉じているから、本気で私が意識失って心配している婚約者にしか聞こえないじゃないのよ。


 私は何もしていないはずなのに、マティアスの機転でその場で民衆にもみくちゃにされることなく何とか無事に城まで戻った。


 マティアスがあの後どうなったか知らないけど、私は帰ってからが大変だった。その日は何にもなかったわよ? 侍女のマーサにすごく心配されてさっさと眠った。


 でも、問題は翌朝からだった。

 神殿から神官やら神殿長やらがぞろぞろとやって来たのだ。私は信心深くないので神は全く信じていない。何なら毒殺されて神を恨んでいる。


「聖女様の奇跡が起きたので、王女殿下が聖女様かどうか確認をさせていただきます」


 聖女の確認方法があるって初耳なんだけど。


「違います」


 朝早いので私はいつもより数段機嫌が悪い。


「しかし……王女殿下が婚約者であるフリント伯爵令息に触れている時に光が発生したと」

「偶然です。他のどなたかではないですか」


 マーサは「もしかして……姫様の体に聖女様の力が入ったから記憶喪失になったのでは?」なんて明後日の解釈を始めている。


 ねぇ、勘弁してよ。

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