第一章其ノ三 「私、霊媒師なんだよね」

 進級式からしばらく経って、新年度の生活にも少しずつ慣れてきた今日このごろ。

 私は、キコキコ言わせながら自転車で家まで帰っている途中である。

 学校からしばらく行ったところにある、神社のあたりまで来た。ここまで来れば、家はすぐそこだ。


「ん…?」


 私は、神社の周りを囲む森に人影を見た。私が今通っている表の通りはまだしも、もう神主さんなどがいなくなったこの神社の周りの森の中に人は基本的にはいないはずだ。体型からして、私と同い年ぐらいの女の子だと思う。


 なんとなく気になって、私は自転車から降りると手で押しながら森の中に入った。


「…あっ!」

「…っ」


 木々の間、辛うじて通れる隙間を歩くと、その先には、思った通り私と同い年の女の子がいた。その手には、柄の長い刀…長刀なぎなたっていうんだっけ…が握られ、私と同じく咲嶋高校の制服を着て、背中では艶やかで黒い髪が揺れる。


「月山さんっ!」


 私の声に、女の子は振り向く。驚きを隠せない顔で。


 月山さんだった。


 ♢


「お、お邪魔しまーす…」

「今は父はいないから、大丈夫」


 あの後、私はなんだかんだの結果月山さんに案内されて月山家にお邪魔することになってしまった。自分でもどうしてこうなったのかよくわからない。


 私は、応接間に通される。


 周りを見ると、シンプルだけど上質だってすぐにわかる雰囲気の家具やら壁紙やらが視界に飛び込んでくる。しかも、広い。


 金持ちって、恐ろしいね!


「田中、お茶を持ってきて」

「かしこまりました、お嬢様」


 ふかふかの本革ソファにちんまりと座って萎縮してしまっている私と向かい合わせに月山さんはソファに座り、初老の執事さんにそう言った。


「お、お父さんはいないって言ってたけど…誰と住んでるの?」

「父さんなら東京の別邸だと思う。仕事で、そっちにばかり行くからね。

 この家は、私と田中…執事と私の従者しかいないの」


 月山さんはなんでもないことのようにそう言った。


「でも父さんはほとんど帰ってこないなんて、ひどいでしょ?月山さんはまだ未成年で…」

「別に、いなくてもいい。いてもいなくても結局は一緒よ。それに、私は一人でも生きていけるわ」


 月山さんの冷めた言葉に、私は眉根を寄せた。少し、驚いてしまったので。


「お嬢様、お茶でございます」

「ありがとう、田中。…これは?」

「それはアッサムのミルク・ティーでございます。お客様はお好みが分かりませんで、無難にアールグレイにいたしました」

「あ、ありがとうございます…」

「いえいえ、滅相もございません」


 私は、執事さん…えっと、そう、田中さんが淹れてくれたアールグレイに口をつける。口の中にふわっと香りが広がった。


「えっと…なんであの森にいたの?あの神社、もう神主さんも巫女さんもいない潰れた神社だよ?」

「神社に用は無かったの。たまたま、を追いかけていたらあの森を通った、ってだけだから」


 月山さんの言葉に私は首を傾げた。『対象』ってなんのことだろう?


「対象…ってなに?」

「うーん…どっから説明しようかな、って感じなんだけど…。まずね、私…」


 「ん〜」と唸りながら、月山さんは言いにくそうにこう言った。


「霊媒師、なんだよね」


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氷雪の霊媒師 黒谷月咲(くろたにつかさ) @kachan1102

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