第一章其ノニ バンドマン

 私の地元・咲嶋町は、案外田舎だったりする。

 あるのは幼稚園から高校までと、八百屋さんと魚屋さんと、肉屋さんと弁当屋さんにガソリンスタンド、バスの停留所と自転車屋さんだけ。

 電車の駅は当然ないので、交通手段は徒歩・自転車・バス・車。


 そういうわけで、私は自宅から咲嶋高校まで自転車で通っている。所要時間約40分。始業時間に間に合うように起きるから、大体朝は5時半起き。どうにかして登校時間が短くならないかなぁ、と常に思っている。


 7時半に家を出発して、そこから自転車をキコキコ言わせながら長い道を通る。学校に着くと、大体8時10分。始業時間5分前だ。


 下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かう途中で、クラスメイトの土屋つちや琴乃ことのちゃんに会った。明るくて活発な感じの女の子だ。


「悠里ちゃん、おはよっ!」

「あ、琴乃ちゃん。おはよう」

「悠里ちゃんは、自転車?」

「うん。家遠いから、徒歩は無理なんだよね。琴乃ちゃんは、家すぐそこでしょ?」

「そうだよー。歩いても数分だから、ほんと楽ちん」


 そんな感じで駄弁りながら、2階の2-3の教室にたどり着く。琴乃ちゃんの席は前の方だから、席は離れてるんだよねぇ…。今の席、周りに喋れるような人が少ないのだ。


「月山さん、おはよう」

「…おはよう」


 もう席に座っていた月山さんにも挨拶すると、少しの間をおいて返事が返ってくる。無視しないだけ、マシだと思う。


「松野、おはよう」

「おはよう、笹山。バンドはどう?」


 月山さんの席とは反対側の隣の席から話しかけてきたのは笹山ささやまあきら。家が隣の幼馴染で、今はバンドを組んでいる。


「うーん、まぁまぁだな。デビューしないかって話もちらほら来てるから、それに関してはメンバーで話し合わないと…」

「お、ついにデビューのお誘い?よかったねぇ」


 私がニヤニヤしながらそういえば、笹山は嫌そうに顔を顰める。


「…お前、からかってるだろ…」

「まーね。こちとらあんたが前のバンドの時から見てんのよ。今のメンバーとは同じ目標があるみたいでよかった」


 前に組んでいたバンドの時も、笹山はメジャーデビューを目指していた。でも、他のバンドメンバーは、笹山のストイックな練習メニューについていけず、最終的に笹山は自分がバンドを抜けることでバンド崩壊を防いだ。

 笹山は、例え自分と目指す場所が違っても、メンバーが大好きだったから。自分が抜けてバンドを守れるならば、喜んで抜けると。

 あの時、私に言ったから。


 だから、私は笹山が高校でもう一度バンドを組んで、今度こそ本気でデビューを目指すと言った時、応援したのだ。


「…そーだな」

「そういえば、前のメンバーとは連絡取ってんの?向こうはどんな感じで活動してるの?」

「あいつらか?…連絡なら、たまに取ってる。数ヶ月に一回くらい会うし。俺が抜けた穴は埋めずに、4人でやってるよ」


 笹山が抜けたのは、バンドの崩壊を防ぐ為だった。あの時、彼が一番防ぎたかったのは仲間が傷つく事だっただろう。なら、笹山は目的を果たせたはずだ。


 と、その時。チャイムが響く。チャイムと同時に、担任が教室の中に入ってくる。


「もう授業始まりか」

「そうだね。じゃ、バンドになんか進展あったら教えてね。あと、ライブやる時も。見に行くから」


 私はそう言って、自分の席に戻る。笹山も戻り、ホームルームが始まった。


 チラリと横を見れば、気怠げに月山さんが頬杖をついて、窓から外を見つめている。

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