第2話 推しのあの子
彼女の名前は『花影朱璃』。
五年ほど前から活動している配信者兼Vtuberdeで、登録者は約十五万人。二年前までは配信アプリのみで活動していたため日の目を浴びにくく知名度も低かったが、大手動画投稿サイトに拠点を移した途端あれよあれよという間に人気が出始めた。
推しが人気になると遠く感じると嫌がる人もいるが、花蓮としてはずっと追いかけていた女の子が世間に知れ渡るのは誇らしいことであり、登録者十万人を突破した記念配信では普通に号泣した。
「本当に可愛い……」
スマホのホーム画面から花蓮を見つめる彼女をそっと指でなぞる。
夜空のような濃紺の髪と猫を思わせる金色の瞳、銀細工のアネモネの髪飾りがチャームポイントの立ち姿。五周年記念の衣装青である青と白のドレスに身を包む彼女はいつもよりお淑やかな印象を抱かせた。
落ち着いた声色から放たれる言葉はいつも尖っていて洗練されている。鋭すぎる皮肉やリスナーとの応酬では知性を感じさせ、軽快なトークが魅力的だ。
高飛車で、育ちの良さが垣間見えるキャラクター性は彼女だけのものだった。
彼女が『花影朱璃』だと気づいたのは、教育係として彼女の前に立った時だった。
「よろしくお願いします、桜城先輩」
陽射しを受けて金に輝く薄茶の瞳が花蓮を捉える。
その猫っぽく可愛らしい顔を凝視しながら、花蓮は雷に打たれたような衝撃を受けた。
ひんやりと硬質で、それでいてどこか甘さを含んだ特徴的な声は、毎日毎日飽きもせず聞き続けていた声だった。
その後は、いまいちよく覚えていない。回らない呂律で何とか返事をして、震える手で何とか差し出された彼女の手を握った、気がする。ぎょっとしてあの子が大きなお目目を見開いていたから、ぼろぼろ泣いていたか、ちょっと力を込めすぎていたかしてしまっていたかもしれない。
配信が本業ではないといつかの配信で言っていたから何らかの職に就いているのだろうと予想はしていたが、まさか今までは大学生だったとは。というか、話し方も大人びているし、話の引き出しも多いから少し年上だと思っていたのに、まさか年下だったとは。確かにホラーを怖がる素振りを見せたり、甘いものを好んだり洗濯機に返事をしたりと、幼女だなんだと言われることはあったが。
ともあれ、衝撃に打ち震えていた花蓮は誓ったのだ。
推しの彼女の平穏を守るため極力関わらず、迷惑をかけずに生きていくことを。
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