推しと職場が同じだった件について

綴音リコ

第一章 第1話 幻覚かもしれないあの子

「花宮さん、この資料お願いします」

「……はい、了解です」


 ちらっと視線を寄越した彼女は、花蓮の手から資料を受け取った後流れるようにキーボードを叩いて作業を続ける。美しい所作にぼう、と見惚れながらも、花蓮は俊敏な動きで自分の席に戻った。


「……ふぅ」


 パソコンの陰からこっそりと彼女を覗いて、変わらず黙々と仕事の没頭する姿を確認する。どうやら挙動不審だとは思われていないようだ。

 花蓮は頬杖をついて両手で頬を覆った。気を抜くとにやけそうになる表情筋を必死に抑える。


(やっばい、声聞けちゃった……! 声裏返ってなかったかな、顔ちゃんと原型留めてたかな、変なやつだと思われてたらどうしよう⁉)


 端正な顔立ちを不愉快そうに顰めて、ゴミでも見るような目で彼女が脳内で花蓮を見下している。あ、全然あり……ではなくて。

 花蓮はもう一度彼女を盗み見た。

 もう一年近くの付き合いになるはずなのに未だに敬語が抜けず、声が震えたりひっくり返ったりしている花蓮と、失礼にならない程度に砕けた敬語を使う、親しみを感じつつも一線を保って接してくれる彼女。どちらが先輩なのか、たまにわからなくなるほどの差である。

 しかし聞いてほしいのだ。

 声を大にして、―とてもそんなことできないが―花蓮は叫びたい。実のところ花蓮自身でさえ愛が行き過ぎた故の幻覚ではないかと疑ってはいるのだが。


 多分、もしかして、ひょっとしたら。

 ……間違いなく、同じ職場に、推しが働いている。

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