第9話 王賜

 クルセイド砦の戦い。

 一度は敗走したが、細い街道を抜けたところで迎撃に転じたのが成功して、敵軍に大損害を与えた。敵軍に奪われていた軍旗を取り戻した軍功で、王宮直々にマグナの称号とサーコートを貰った。

 だから、今は称号に因んでマグナオーンと名乗っている。



 地方領主の衛兵が『王賜おうしのサーコート』と覚悟があるか?

 5人の衛兵は面倒事を起こしたくないようで動かない。町の男衆は『王賜おうしのサーコート』を知らないはずだが、衛兵の様子を見守ってる。

 もし、誰か一人でも突っかかって来たら・・・衛兵5人とその他約30人、全員を斬り倒すことになったはず。幸いにも。

 わたしと衛兵が睨み合っている間に、教会の中を捜していたイリヤが戻って来れた。



 イリヤは、2枚の古代文字で書かれた書面を手にしていた。古代文字と言えば御大層に聞こえるが、言語の異なる国々で共通させる書き言葉だ。国や教会の公式な書類は、古代文字で記すのが習わし。

 傭兵の契約も古代文字で行うから、わたしは読み書きできる。


「お願いします」


 イリヤに手渡された文書を読んでみた。一枚は前司祭から新司祭への申し送りを記した文章。


「ええと・・・彼女は古代文字も読み書きができる聡明な人で、彼女には歓迎の辞を頼んでいるから、その際にわかって貰えるだろう・・・って書いてあるよ」


 彼女・・・とあるのは、魔女として火刑にかけられた女性のことだろう。もう一枚は、魔女の証拠とされた『悪魔との契約書』。


「・・・この町を代表して、新しき司祭様にお礼と祝福・・・って何これ?」


「彼女が書いた、新しい司祭を迎える『歓迎の辞』ですよ。古代文字を知らない町の住民に、これを悪魔との契約書だと偽ったんです」


 ああ、なるほど。新しい司祭を迎える『歓迎の辞』を練習していれば、それを知らない住民には呪文に聞こえてしまう。毒ヘビに驚いたサクヤの悲鳴すら、そう聞こえるんだから。


まじないで、畑に人骨を撒いた・・・と言ったのも、おそらく貝でしょう。畑に灰を撒く代わりに貝を砕いて撒く土地もあります」


 領主に派遣された衛兵と住民の前で、イリヤは神官助手の手口を暴露した。その説明で誰もが理解できたとは思わないが、騙されていたことには気付けたようだ。

 雰囲気がガラリと変わっている。

 とは言え・・・衛兵たちも古代文字を読めない。「悪魔の契約書が嘘だった」を判定できるのは、新しい司祭の到着を待つ或いは領主の判断を仰ぐしかない。

 その間に、魔女をデッチ上げた神官助手は逃げてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る