第8話 紋章

 イリヤは「薬草採取の許可が欲しい」と要望し、神官助手は「新しい司祭の到着を待て」としか言わない。

 戦争が終わり、仕事を失った傭兵崩れが野盗と化している。そのために比較的安全な大街道で、遠回りしてこの町へ向かっていると言う。


「先日、魔女の火刑がありましたね。それなら裁判が行われたはずですが、神官助手の貴男あなたが判定を下したんですか?」


 魔女の判定を下せるなら、薬草採取の許可くらいだせるだろう・・・と言う意味か?


「判定は、前司祭様が下されました。私はその処理を進めただけです」


「前司祭様は、彼女を敬虔な教徒だと褒めていた・・・と伺いました」


 一瞬、神官助手の顔色が曇る。そして明らかに豹変した。


「魔女と親しくしていた者たちの言葉に惑われないように」


 それだけ言い切ると、強引にわたしたちを教会から追い出した。



 追い出されてから、裏口を見張れる場所を探して身を潜める。神官助手は裏口から抜け出して町の方へ駈けていった。


「今なら誰もいません。魔女裁判の証拠を探してきます」


 イリヤは教会の構造に詳しいから家捜し役。何かあったら合図をすることにして、わたしとサクヤは外の見張り役。



 イリヤが教会に忍び込んでしばらくして。

 宿の女将さんが血相を変えて、こちらに走ってくるのに気付く。後ろには厩舎の若い馬丁ばていが、わたしの馬を引いてついてきてる。


「大変だよ。町の男衆が、あんたのトコの女の子を捜してるよ!」


 あの神官助手が、町の男衆を煽ったか?


「あんたの馬と荷物を運んで来たから、早く逃げな」


 遠くから大勢の人の気配を感じた。逆に女将さんと馬丁を逃げして、わたしは荷物を持って教会の正面入口に陣取ることにする。

 さすがに鎖帷子チェーンメイルを身につける時間はないので、皮鎧の上からサーコートだけを纏った。



 30人ほどの男衆が、わたしとサクヤを見つけると「魔女に死を!」と叫びながら駆け寄ってくる。

 その声に応じるように、わたしは剣を抜いて右肩に担いだ。

 男衆の後ろには、剣と鎖帷子チェーンメイルで武装した衛兵の姿が見えた。この町を管理する領主から派遣された兵士だろう。5人いる。


「それなら話が早いやね」


 わたしの殺気に気圧されたのか。さっきまで気勢上げていたはずの男衆は口を噤んでしまった。

 わたしが一歩踏み出すと、男衆は一歩下がる。

 更に一歩進むと、また一歩下がる。人だかりが左右に割れ、正面に領主から派遣された衛兵が見えた。

 わたしの纏うサーコートには『王家の紋章』が描かれている。それを見た衛兵は、5人とも目を丸くして直立不動の姿勢になってしまった。


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